Climate Change and Conflict フォルカー・ベーゲ  |  2022年03月05日

太平洋の小環礁島の大潮渦にIPCCが大きな波紋投げかける

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 2022年2月25日、パプアニューギニア(PNG)のブーゲンビル自治州政府は、同州の環礁行政区に非常事態を宣言した。2月28日には気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、最新の気候科学報告書を発表した。ブーゲンビルの非常事態は世界からはほとんど注目されなかったが、IPCCの報告書は幅広い国際的な注目を集めた(ウクライナの戦争の陰に隠れたため、ふさわしい注目とは言えなかったが)。この二つの事柄は密接に関連している。非常事態は、IPCC報告書が科学的に取り組んでいることの現実的表現であり、IPCC報告書はブーゲンビル環礁で起こっていることの説明になっているのである。

 ブーゲンビル自治州政府(ABG)が非常事態宣言を余儀なくされたのは、人々が「環礁行政区に散らばる低地の離島すべてを襲った大潮の影響に現在苦しんでいる」からである。環礁島であるニッサン、モートロック、フィード、ヌクマヌ(タスマン)、ヌグリア、カーテレットに住む人々は、「深刻な被害を受けており、家、畑、財産が現在水没している」。非常事態が始まったのは昨年12月で、大潮の第一波が環礁、ブーゲンビル本島の低地地帯、近接するブカ島を襲い、湿地のタロイモ畑に海水が流れ込み、カーテレット環礁のイアンガイン(Iangain)島では家屋も数軒奪っていった。国連は12月に、「大潮による浸水のために7,000人もの住民が住居を移転しなければならなかった」と発表した。事実、ブーゲンビル環礁は、「太平洋の中でも最も気候変動と海面上昇に脅かされている地域と見なされている」。それと同時に、「食料を作る畑が強風と大潮で破壊され、人々は飢餓に陥りつつある」。これらの畑は、環礁社会の自給自足経済の基盤である。人々の食料安全保障は深刻な脅威に直面しており、彼らは外部からの食糧支援に依存している。ABGとPNG政府は、これらの環礁島に救援物資を送ることを約束した

 しかし、これまでの経験から、政府の緊急対応は時間がかかり、不十分であることが分かっている。長期計画も同様である。目下の災害の状況を踏まえ、PNGのジェームズ・マラペ首相は、救援物資の提供に加え、政府は同時に「恒久的解決を模索しており、それはブーゲンビル本島への島民移住になる可能性がある」と表明した。カーテレット諸島の住民を移住させる政府の計画は2007年10月までさかのぼる。当時、PNG政府は「カーテレット諸島移転プログラム」に200万キナ(80万米ドル)の予算を配分した。その後、さらなる計画やプログラムが策定されたが、実際に移転は行われていない。そのため、カーテレット諸島のコミュニティーリーダーたちは自分たちで問題に取り組むことにし、ブーゲンビル本島への島民の移住を手配するNGO「トゥレレ・ペイサ(Tulele Peisa=現地の言葉で“自ら波をかき分けて進む”という意味)」を設立した。トゥレレ・ペイサの活動は国際社会の注目を大いに集め、募金団体やブーゲンビルのカトリック教会から支援を得た。教会は、移住のために土地を提供した。トゥレレ・ペイサは、2009年より島民世帯の新天地への移転を成功させてきた。しかし、「カーテレット諸島統合移転プログラム」は、多くの障害に直面した。資金不足、国家機関との関係における問題、十分な移住用地の確保をめぐる困難、受入れコミュニティーとの摩擦などである。そのため、これまで移住できた住民は少数である。カーテレット諸島民のほとんどは、現在もなお環礁島に留まっており、破壊的な大潮や他の気候変動の影響にさらされている。

 2月25日のABGによる非常事態宣言は、カーテレット諸島民の移住を取り上げ、環礁島の人々は「海面上昇による世界初の環境難民であり、彼らが直面しているジレンマはもはやローカルな問題ではなくグローバルな問題である」と断じた。事実、海外メディアはカーテレット諸島民を世界初の環境難民として取り上げていた。最近では「環境難民」という言葉に異論が唱えられているとはいえ、人々が故郷の島を去り、別の場所に移住することを余儀なくされているというのは事実であり、現にそれがグローバルな問題となっているのである。

 最新のIPCC報告書も、気候変動の影響、気候変動への適応、気候変動に対する脆弱性を重点的に論じ、この問題を裏付けている。3,600ページを超える報告書は、気候変動がすでに引き起こしている破壊と近い将来引き起こす破壊、それが世界各地の社会と環境にとって何を意味するかを取り上げている。そして、適応の選択肢と、気候政策や気候ガバナンスに必要な変化について論じている。報告書は、地球上のあらゆる場所で状況が悪化していることを明確にする一方で、ブーゲンビル地方の環礁のような低地の島嶼国や島が、不可避の海面上昇と極端な気象により最も甚大な被害を受けることになり、まさしく存亡にかかわる困難に直面するであろうことも強調している。そのような場所の住民は最も脆弱な人々に含まれ、その場所で適応する選択肢は限られている。そのため、退去を強いられる危険や移転の必要が生じるのである。環礁の一部は、遅くとも2050年までに完全に居住不可能になると予測されている。

 3月3日にオーストラリア気候評議会が開催したウェビナーで、IPCC報告書の統括執筆責任者であるグリフィス大学ブリスベン校のブレンダン・マッケイ(Brendan Mackey)教授は、ブーゲンビル環礁の大潮やオーストラリア東岸で現在発生している大雨と洪水のような極端な気象が、近い将来、より頻繁に、より苛酷に、より長期間にわたって発生し、島嶼国、沿岸部、集住地区に存続の脅威をもたらすと説明した。極端な気象は、そのカスケード効果、複合効果、集約効果により、過去のIPCC評価報告書が示唆したよりはるかに大きな打撃をもたらすだろう。このような状況を背景に、マッケイは、「段階的変化」による適応を求めた。実際、気候正義を実現するためには、ブーゲンビル環礁住民のような最も影響を受ける人々への支援を強化することが不可欠である。

 追記: この記事を書いている間も、私の地元であるオーストラリアのブリスベンは、何日間も続いた豪雨(「雨爆弾」)のために町の大部分が浸水しており、雨と雷嵐はいまなおクイーンズランドとニューサウスウェールズを襲い続けている。IPCC報告書は、そのような気象がもはや「百年に一度」(「母なる自然」のせいにして、政治家たちがよく言うように)の事象ではなく、ますます頻繁に起こるようになるということを明らかにしている。ブーゲンビル環礁の苦境は、世界の他の多くの地域と人々に起こり得ることを示唆している。

フォルカー・ベーゲは、戸田記念国際平和研究所の「気候変動と紛争」プログラムを担当する上級研究員である。ベーゲ博士は太平洋地域の平和構築とレジリエンス(回復力)について幅広く研究を行ってきた。彼の研究は、紛争後の平和構築、混成的な政治秩序と国家の形成、非西洋型の紛争転換に向けたアプローチ、オセアニア地域における環境劣化と紛争に焦点を当てている。