Peace and Security in Northeast Asia 文正仁(ムン・ジョンイン)  |  2024年02月27日

安全保障は抑止のみにあらず

Image: Paul Froggatt/shutterstock.com

 この記事は、2024年2月20日「ハンギョレ」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

 朝鮮半島の戦略的安定性を模索するために、われわれは安全保障のジレンマの果てしないサイクルを最小限に抑えることができる抑止手法を編み出す必要がある。

 米国では、朝鮮半島危機の可能性が大いに取り沙汰されている。ラジオ・フリー・アジアの朝鮮語版によれば、1月に米国で最も多く検索された北朝鮮関連の言葉は、「北朝鮮はわれわれと戦争しようとしているか?」と「北朝鮮は戦争の準備をしているか?」だった。

 ウクライナとガザの後に続く紛争地として名指しされている場所は、台湾ではなく朝鮮半島である。それは「コリア・リスク」がいかに深刻化しているかを示すものであり、それに応じて韓国の株式市場は下落を続けている。

 韓国政府の姿勢は揺るぎない。韓米同盟と韓米日軍事協力は北朝鮮に対する十分な抑止力となっており、また、北朝鮮の核兵器とミサイルの脅威に対する協調的対応として韓国と米国は拡大抑止をいっそう強化しているのだから、恐れる理由はないというのがソウルの考えである。

 米国政府関係者や専門家は、韓国と北朝鮮の小規模な軍事衝突の可能性は排除できないものの、大規模な戦争の勃発を防ぎ、朝鮮半島の現状を維持するために、韓米の現行の抑止体制は十分であると考えている。

 しかし、相当数の人が、これと反対の意見を持っている。先頃、金正恩(キム・ジョンウン)が戦争の道筋を決断したと提起して耳目を集めたロバート・カーリンとジークフリード・ヘッカーは、韓国と米国が「抑止力に酔いしれて」おり、抑止だけにとどまらない新たな計画を打ち出す必要があると述べた。

 実際、「抑止(deterrence)」という言葉は、文字通り「恐怖から離れる」という意味のラテン語“deterrere”に由来する。しかし、韓米の強力な抑止力にもかかわらず、朝鮮半島をめぐる安全保障上の不安と恐怖は膨らむ一方のようだ。要するに、抑止が機能を果たしていないことが明らかになりつつある。なぜそのようなことになるのか?

 その主な原因は、北朝鮮に対する抑止戦略の根本的な変化にある。韓米の伝統的な抑止戦略は「エスカレーション管理」を基本としてきた。それは、韓国に対して軍事行動を起こせば、得るものよりも失うもののほうがはるかに大きいことを、北朝鮮に分からせるのを目的としている。

 しかし、尹錫悦(ユン・ソンニョル)が韓国の大統領に就任して以降強調されている抑止戦略は、「エスカレーション優位」である。これは、北朝鮮が挑発すれば、韓国はそれに対してたとえ戦争拡大のリスクを冒すことになろうとも、はるかに大きな被害を与えることができると誇示することからなる。好戦的あるいは攻撃的な抑止手段の代表的な例が、先制攻撃、大規模報復、斬首作戦である。北朝鮮に対する核抑止にも同じことがいえる。韓国と米国は、拡大抑止に関する話し合いを制度化する一方で、核抑止力を増強してきた。

 重要なのは、韓国と米国は軍事的抑止に留まらず、同時に「強要」と呼ばれる戦略を追求していることである。これは、外交や軍事的手段を通して北朝鮮の政策を変更させる戦略である。これには、完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)を平壌に受け入れさせようとする圧力などがある。

 このような攻撃的な抑止と強要に対し、北朝鮮は、核兵器・ミサイル計画を強化することによって対抗している。その結果もたらされた膠着状態においては、軍拡競争が激化し、戦略的不安定性が増大するのは極めて当然のことだ。

 抑止と安心供与の間の矛盾も、北朝鮮に対する抑止の機能不全をもたらしているもう一つの要因である。抑止に対する考え方は国によって大きく異なるため、北朝鮮に対してどの程度の抑止力が合理的に適正であるのかを客観的に判断することは不可能である。

 米国の国防当局者らは概して、北朝鮮に対しては通常兵器および核兵器による抑止が適正であると考えている。驚くべきことに、北朝鮮も同じ見方をしているようだ。北朝鮮の指導者らは、自分たちが少しでも脆弱性を見せれば、米国は平壌に攻撃を仕掛ける能力、意図、意志があると考えている。

 だからこそ北朝鮮は、米国が韓国との合同軍事演習の拡大や朝鮮半島における戦略核配備など北朝鮮に対する軍事態勢を少しでも強化すれば、極端な過剰反応を示すのである。北朝鮮が核兵器・ミサイル計画の増強にいそしみ続けるのも、恐らくは同じ理由だろう。

 しかし、韓国では、北朝鮮に対する抑止と安全保障という米国の約束については、絶えず懐疑論がある。そのような懐疑論を反映して、ソウルはさらなる拡大抑止を常に要請している。このような事態を悪化させている一つの要因は、米国の国内政治の変わりやすい性質である。

 そこで、このような疑念と不満をなだめるために、米国はいっそう強力な安心供与策を提供し、それが北朝鮮のさらに強い反発をもたらす。結局、このような悪循環は朝鮮半島における戦略的不安定性をいっそう悪化させるだけである。

 韓国には明確な安全保障を約束し、同時に北朝鮮には米国が先制攻撃する意図がないことを分からせるという「二方面の保証」を提供するのは、米国にとって容易なことではない。

 以上のことを踏まえると、軍事的抑止力そのものの増強は、朝鮮半島における戦争を防ぎつつ平和と安全保障を保証できるような特効薬ではない。厳密に言えば、むしろ、安全保障上の恐怖を一時的に軽減するその場しのぎの解決である。

 朝鮮半島の戦略的安定性を模索するために、われわれは、安全保障のジレンマの果てしないサイクルを最小限に抑えることができる抑止手法を編み出す必要がある。

 それに加え、抑止と強要を超越することができる新たな視点がわれわれには必要である。持続的な安全保障と平和のためには抑止と交渉の両方が必要であるという、昔ながらの地政学的原理を思い起こすべき時だ。

文正仁(ムン・ジョンイン)は、韓国・延世大学名誉教授。文在寅前大統領の統一・外交・国家安全保障問題特別顧問を務めた(2017~2021年)。 核不拡散・軍縮のためのアジア太平洋リーダーシップネットワーク(APLN)副会長、英文季刊誌「グローバル・アジア」編集長も務める。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。