Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ハルバート・ウルフ  |  2023年06月28日

ビジネスとしての兵力:ワグネル部隊の祭りは中止された

 エフゲニー・プリゴジン率いる傭兵組織ワグネルのモスクワ侵攻は24時間も経たずに終了した。短命に終わったクーデターは革命というよりオペレッタに近かった。この攻撃がウラジーミル・プーチンの権威と権力を恒久的に弱体化させたかはまだ分からない。しかし、ワグネルの傭兵たちが撤退したからといって、民間軍事会社のネットワークが将来的に役立たずになるわけではない。

 プリゴジンと、総勢5万人と推定されるその部隊は、残忍な武力行使により、ウクライナ戦争以外でも注目を集めている。この部隊は数年にわたり、クレムリンの外交政策ツールとして利用されてきた。傭兵たちは、ロシアが政治的および/または経済的利益を追求する一部の紛争地帯に派遣されている。

 ワグネル戦闘員とロシア正規兵の約5,000名が、アラブの春を鎮圧するバッシャール・アル・アサド政権を支援するためにシリアで戦い、国内の「イスラム国」や独立を求めるクルド人を相手にしてきた。報酬として、プリゴジンと利害関係があるエブロ・ポリス社は潤沢な石油利権を受け取った。

 国連はマリ軍による拷問、略奪、強姦などの犯罪を非難している。2021年のクーデター以来、マリ軍はワグネル傭兵部隊とロシアからの武器輸送によって権力を維持している。マリ政府は、フランスやドイツを含む各国の国連平和維持軍に対し、もはや彼らの活動は必要ないことを明白にした。マリ政府は、ワグネル部隊の方が快適だと感じているのだ。

 2017年からワグネル社はスーダン軍の訓練を行っており、ダルフール地域の鉱物資源の採掘を管理している。ロシアへの金輸出は重要な収入源だ。

 中央アフリカ共和国(CAR)では、2018年以来、反政府勢力から政府を守るために約1,000名から2,000名近くのワグネル戦闘員が配備されてきたといわれている。同国でも、ワグネル社には伐採権、金鉱山やダイヤモンド鉱山の採掘権が与えられている。「ニューヨーク・タイムズ」紙は昨年末、中央アフリカ共和国の鉱山経済学者アブドゥル・アジズ・サリの発言を引用し、「ロシア人が全てを支配している」と述べている。

 ワグネルのモザンビークへの関与は、イスラム国が占領したカボ・デルガド地域での暴動鎮圧に失敗した後、すぐに終わった。

 最後に、リビア東部を統治するハリファ・ハフタル氏の、在トリポリの政府との戦いを支援するため、ワグネル傭兵部隊は、約10年にわたりリビアに派遣されている。

 米国財務省はワグネル・グループを多国籍犯罪組織に分類し、経済制裁を課した。 しかし、プリゴジンは単に「軍事力の商業化」という米国企業のビジネスアイデアを真似しただけである。 1990年代半ばには、米国の怪しげなブラックウォーター社や CACIシステムズ、ケロッグ・ブラウン・アンド・ルートだけでなく、英国のサンドライン・インターナショナルやアーマー・グループなど、幾多の企業が次々と台頭した。これらの企業は、戦闘および紛争後の作戦、軍事演習、兵器システムや戦闘車両の修理とメンテナンス、諜報活動、捕虜の尋問、資産保護、作戦領域における軍隊や警察職員の支援など、あらゆる軍事および軍事に類似したサービスを提供していた。時には残忍な活動があったため、彼らに対する犯罪捜査が行われた。暴力の商業化と戦況への残忍なアプローチの両方において、ワグネルのビジネスモデルと明らかな類似点がある。

 イラクとアフガニスタンにおける米国主導による軍事連合の戦争努力の最盛期には、両国に配置される米兵よりも多くの傭兵が派遣されることもあった。ウクライナの一部の戦域においても、ワグネル部隊の兵力がロシア正規軍を上回っていた。イラク戦争直後およびアフガニスタン紛争中に、米国議会の「イラクとアフガニスタンにおける戦時契約に関する委員会」の報告書は、この秘密部隊の規模を明らかにした。同委員会は、国防総省と契約した民間軍事会社および警備会社の人員数が、2009年にアジアで約25万人に達したことを報告した。

 このような民間軍事会社の隆盛にはさまざまな要因があった。市場の自由化、規制緩和の概念、新保守主義的な経済計画は、商品やサービスの自由な移動をもたらしたが、同時に世界的に組織化された戦争の民営化ももたらした。もう一つの理由は、兵士の募集におけるボトルネックの存在である。さらに、一部の政府は、傭兵の死亡に対する批判よりも、戦死した兵士の増加に対する国民の批判の方が問題になるため、自国の軍隊ではなく民間組織に頼ることを好む。何よりも軍事企業での仕事は魅力的だ。請負業者は兵士よりもはるかに良い給料をもらっている。ワグネルの場合、刑務所服役者の多くが、ウクライナ戦争での任務についた後に自由を取り戻すことを望んでいる。

 1990年代末には、まさにゴールドラッシュのような雰囲気があり、ロシアでもそれを模倣する者が現れた。国家を合理化し、任務を縮小・民営化するという規範的には肯定的な民営化政策、新自由主義の概念、無駄のない国家との考え方は、水道やエネルギー供給、鉄道、その他の公共サービスの民営化にはとどまらなかった。「兵士のレンタル」ももはや夢物語ではなくなった。軍と警察も民営化の中に含まれていた。

 戦争の遂行と武力紛争への参加は、社会全体にとってマイナスの結果をもたらすにもかかわらず、一部の戦争参加者にとっては魅力的で有益なビジネスとなった。理想的な形では、国家は国内外の両方で自国民の安全を保証する。これが伝統的に国家による武力独占と呼ばれるものの中核をなしている。しかし、軍事と治安の大部分を民営化することは、国家による武力独占を民間主体に委託するため、この独占を揺るがせ、弱体化させることになる。従って、今回のワグネルの反乱のように、国家主体と非国家主体との間に紛争が勃発することは驚くべきことではない。

 興味深い「文化的」余談は、ワグネル・グループの名前の由来である。なぜワグネル(Wagner)なのか? ワグネル傭兵部隊を率いる暴君エフゲニー・プリゴジンとドイツの著名な作曲家リヒャルト・ワーグナー(Wagner)の間に、どのような関係があるのか? 傭兵組織ワグネルの名称は、ワグネル社の共同創設者である元ロシア軍人、ドミトリー・ウトキンに遡る。ウトキンはアドルフ・ヒトラーの崇拝者であり、よく知られているように、ヒトラーのお気に入りの作曲家はリヒャルト・ワーグナーであった。ウトキンは自身をワーグナー(Wagner)と名乗り、プリゴジンと共同設立した自身の傭兵部隊もワグネル(Wagner)と呼んだ。リヒャルト・ワーグナーと彼の音楽が愛好されたことは偶然ではない。ワーグナーのオペラ作品の多くは、戦争、殺人、闘争、軍事化された日常を扱っており、戦争を思わせるファンファーレの音色で表現されている。ワーグナーの最も有名なオペラ「ニーベルングの指環」、そして「さまよえるオランダ人」や「ローエングリン」、「パルジファル」などは軍隊が舞台であり、「南ドイツ新聞」が6月末に述べたように「聖杯騎士団の精鋭部隊の領域でさえも」舞台となっている。ヒトラーだけでなくワグネル・グループの指導者たちがリヒャルト・ワーグナーの崇拝者であっても何の不思議もない。今回のワグネルの祭りは終了したが、軍事力の商業化が終わったわけではない。

 「ワーグナーの音楽は実際よりも良く聞こえる」という皮肉な名言が役に立つかもしれない。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。Internationalizing and Privatizing War and Peace (Basingstoke: Palgrave Macmilan, Basingstoke, 2005) の著者。