Cooperative Security, Arms Control and Disarmament トビアス・イデ  |  2025年05月02日

トランプ政権とインド太平洋地域における気候安全保障

Image: Benjamin Doyle/shutterstock.com

 大統領2期目の最初の100日間で、ドナルド・トランプは相当の混乱を引き起こしている。連邦政府予算の大幅な削減、民主主義のガードレールに対する懸念すべき攻撃、巨額関税の導入(の可能性)、ロシアとウクライナの間の不安定な仲介は、米国の、さらには世界の現実が急速に変化していることを示している。これらの懸念の中でも、気候変動は21世紀最大の安全保障課題の一つであり続けている。

 本稿では、第2次トランプ政権の政策が気候安全保障にいかなる影響を及ぼしているかについて、特にインド太平洋地域に焦点を当てて概要を説明する。ただし、第2次トランプ政権は発足したばかりであるため、このようなリストはその性質上あくまでも暫定的なものとならざるを得ない。同様に、政権の政策が及ぼすと考えられる影響は広範囲にわたることから、考え得る全ての気候安全保障上の影響を論じることは本稿の簡潔な分析の範囲を超えるものとなろう。とはいえ、第2次トランプ政権は、インド太平洋地域における気候安全保障に明白かつ有害な影響を及ぼすだろう。

 まず、トランプ大統領は就任1日目に、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)とそれに関連するパリ協定から米国を離脱させた。UNFCCCとパリ協定は、完璧とはとても言えないものの、温室効果ガス排出削減を目指す協調的な国際努力の基礎である。世界第2位のCO2排出国である米国の離脱は、特に他の国々もこれを機に自国のコミットメントを削減する(または本気度が低下する)恐れがあることから、国際気候政策に深刻な打撃を与えるものだ。太平洋島嶼国はもちろん、バングラデシュ、カンボジア、パプアニューギニアなどの国も含め、インド太平洋地域の大部分はすでに気候変動の影響に対して非常に脆弱な状態にある。トランプ政権の気候政策崩壊により気温上昇がさらに進めば、小数点以下の温度であっても、これらの脆弱性に拍車をかけるだろう。

 さらに、気候変動への適応は経済的影響を伴う。計画または円滑化されたコミュニティー移転、干ばつに対して強靭な農業への投資、気候関連災害リスクの削減、医療インフラの改善など、気候変動がもたらす人間の安全保障上のコストを削減する対策には、高い費用がかかる。トランプの関税やそれがもたらす経済的混乱(たとえ関税が完全に実施されない場合でも)は、国家や家計が気候適応策の費用を支払う能力を制約する可能性がある。この問題に関する地域的関連性を把握するために、最も高い関税率のいくつかがインド太平洋地域に課せられる恐れがあることを念頭に置いて欲しい。スリランカ(44%)、ベトナム(46%)、ラオス(48%)、そしてもちろん中国(125%)である。

 対外援助の削減も、状況をさらに悪化させる。USAIDは2024年、南アジア、東アジア、中央アジア、オセアニアに対して約30億米ドルの支援を提供した。USAIDの全予算のうちかなりの部分が、人道的対応(99億米ドル)、医療(95億米ドル)、農業(11億米ドル)といった、気候ハザードへの対処や準備に不可欠な分野に充てられていた。例えばバングラデシュとネパールでは、USAIDの資金によるプログラムがサイクロン、干ばつ、洪水のリスクに対処するうえで主要な役割を果たしていた。USAIDが機関として解体される見込みであるため、これらのプログラムも廃止または大幅な縮小を余儀なくされ、インド太平洋地域は気候変動に対していっそう脆弱な状態に置かれるだろう。

 多くの気候変動対策が最先端の科学に基づいている。高精度気候モデル、災害予測システム、気候スマート農業を考えれば分かるだろう。トランプ政権は近頃、気候問題に関する研究助成金の多くを縮小している。また、環境問題に取り組む連邦政府機関の資金と人員も削減している。これによって、多くの気候研究者が利用している主要な気象データがもはや利用できなくなるかもしれない。災害対応や公衆衛生といった隣接分野への資金削減と併せ、これは気候変動対策に不可欠な知識基盤に深刻な打撃となる。

 トランプ政権によるこれらの影響は、人間の安全保障を損なう一方、気候変動に直面する国家安全保障にも重大な影響を及ぼす。米国平和研究所やウィルソン・センターの環境変動と安全保障プログラムのような研究機関は、気候変動が武力紛争、移住、軍隊にいかなる影響を及ぼすかに関する政策関連の(かつ公表された)知識を生み出す最前線に立っていた。現在、米国政権はその両方を解体しようとしている。トランプ政権によるこのような常軌を逸した振る舞いと国際規範の無視は、インド太平洋における国際安全保障協力にも問題をもたらす恐れがある。この地域におけるオーストラリアやフィリピンのような主要な米同盟国の軍隊は、災害件数の増加、気候変動が軍事インフラに及ぼす影響、そして(フィリピンの場合であるが、インドやインドネシアなども)環境ストレスに関連する国内不安に対処するために苦慮する可能性がある。

 要するに、第2次トランプ政権はすでに、インド太平洋地域などで気候安全保障分野における知識と能力の深刻な不足をもたらしている。このような状況による影響は、今後何年間も悪化していくと見込まれる。それゆえ、他の関係国は、少なくとも部分的にその不足を埋めるために取り組みを強化する必要があるだろう。幸いなことに、反発や懐疑的な見方があふれる中で、インド太平洋地域にはいくつかの明るい兆しが見られる。インドの軍部は、気候変動による安全保障上の影響を徐々に考慮するようになっている。オーストラリアの現政権は、気候変動への対策を講じることに対して従来の政権よりもはるかに意欲的である。日本は近頃、インド太平洋地域における気候安全保障に関する体系的かつ公開されたアセスメントの実施を支援している。そしてフィリピンは、災害救援活動を、特に国内の政治的に脆弱な地域において強化している。これらのイニシアチブは、いずれも単独では十分とは言えないが、正しい方向への一歩として重要性を高めつつある。

トビアス・イデは、マードック大学(オーストラリア・パース)の政治・国際関係学准教授。最近までブラウンシュバイク工科大学で国際関係学特任准教授を務めていた。環境、気候変動、平和、紛争、安全保障が交わる分野の幅広いテーマについて、Global Environmental Change、 International Affairs、 Journal of Peace Research、 Nature Climate Change、 World Developmentなどの学術誌に論文を発表している。また、Environmental Peacebuilding Associationの理事も務めている。