Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ラメッシュ・タクール | 2022年03月23日
イラン航空IR655便とマレーシア航空MH17便、2つの航空会社の物語とダブルスタンダード
Image: Crash site of Flight MH17, Rozsypne, Donetsk region, Ukraine
Alexander Chizhenok/Shutterstock
この記事は、2022年3月21日に「Pearls and Irritations」に初出掲載されたものです。
1988年7月3日、イラン領海内に停泊中の米海軍艦「ヴィンセンス」が2発の地対空ミサイルを発射して、イランの旅客機を撃墜、290人の乗客乗員全員が死亡した。ヴィンセンスの艦長と乗組員は、後に勲章を授与された。ジョージ・H・W・ブッシュ副大統領は、「アメリカを代表して謝罪することはない。事実がどうであれ構わない」と言い張った。
3月14日、ロシアがマレーシア航空MH17便撃墜に関与したとして、国際民間航空機関(ICAO)において、オーストラリアとオランダが法的措置に着手した。航空安全を担当する国連専門機関であるICAOは、国際法に違反した国に制裁を科し、犠牲者遺族への賠償金を支払うよう要求することができる。このタイミングは、当然ながらあえて狙ったものであり、それゆえに残念である。なぜならそれは、国際的な法的措置を地政学的思惑で汚すものだからである。その意味では、真実と正義の公正無私な追求というより、NATO対ロシアの長年にわたる紛争の延長戦といえる。そこには、その時々の強大国や同盟国によって国際機関が武器として使われることにより、公平な仲裁人、調停者、審判者としての信頼性が損なわれるというリスクがある。
2014年7月21日、国連安全保障理事会は、同年7月17日にウクライナのドネツク付近でMH17便が撃墜され、乗客乗員298人全員が死亡した事件を厳しく非難する、オーストラリアが提出した決議案を全会一致で採択した。決議第2166号は、事件に対する「完全かつ詳細な、独立した国際捜査」を呼びかけ、関与した者の責任を問うこと、全ての国が全面的に協力して責任を立証することを求めた。オーストラリアがこの厳しい決議を主導したのは、死亡者298人にオーストラリア国民28人、居住者9人が含まれていたからである。強い表現が用いられた決議は、非常に迅速に採択された。なぜなら、何百万人という一般旅行者も容易に共感できるこの悲劇に対して、悲しみと怒りで世界が団結したからである。われわれには、承認された航空路を飛行する民間航空機が撃墜されないことを期待する権利がある。
しかし、このような事件はこれが初めてではなく、従って、対応は1件の事件に関する1件の決議に留まらず、そのような悲劇が将来繰り返された場合に適応される一式の手順や合意へと発展させるべきであった。そのような悲劇に対し、同盟国、友好国、敵対国、敵国といったレンズを通して反応するのは、自由で開かれた空を支える、ルールに基づいた秩序を構築し強化することにはならない。
1983年9月1日、当時のソビエト連邦がサハリン付近で大韓航空007便を撃墜し、269人を死亡させた。米軍のスパイ機が警告信号を無視して軍事機密性の高いソ連領空に侵入したと誤認したためである。米国のロナルド・レーガン大統領は、これを「虐殺」と呼んだ。2001年10月4日、イスラエルからロシアに向けて黒海上空を飛行していたロシアの旅客機をウクライナ軍が撃墜し、78人を死亡させた。1980年代には、ソ連占領軍と戦うムジャヒディンが米国から供与されたミサイルで民間機を撃墜する事件も複数発生した。
米軍に直接非がある(撃墜した抵抗勢力にロシア軍が殺傷兵器を供与し、間接的に加担したとされるMH17便の事件とは異なり)同様の悲劇として最もよく知られているのは、テヘランからドバイに向かう毎日の定期航路を飛行中のイラン航空IR655便を撃墜した事件である。1988年7月3日、イラン領海内に停泊中の米海軍艦「ヴィンセンス」が2発の地対空ミサイルを発射して、イランの旅客機を撃墜、290人の乗客乗員全員が死亡した。ヴィンセンスの艦長と乗組員は、後に勲章を授与された。1996年に国際司法裁判所で和解に達した際、米国は「事件によって失われた人命に対する深い遺憾の意」を表明し、6,200万米ドル近い賠償金を支払うことに同意した。ワシントンは公式な謝罪を行うことを拒否し、法的責任を受け入れることはなかった。ジョージ・H・W・ブッシュ副大統領は、「アメリカを代表して謝罪することはない。事実がどうであれ構わない」と言い張った。
これら全ての事件は、正真正銘の事故である。民間機と分かったうえで撃墜した故意の行為であることを示す証拠があった事例は1件もない。したがって、感情の吐露はさておき、それらをテロ行為であるとか、はては殺人である(それには意図がなければならない)とか言うのは間違っているし、何の役にも立たない。1985年6月23日にカナダ在住の「カリスタン」のテロリストが仕掛けた爆弾によってアイルランド上空で墜落したエア・インディア182便や、1988年12月21日にロッカビー上空でテロリストの爆弾によって墜落したパンアメリカン航空103便を考えれば、その違いは容易に理解できるはずだ。民間人を殺害する意図がなくても、それは犯罪であり、故殺であり、責任のある者は罪に問われなければならない。
これら早期の悲惨な事件については、独立した国際捜査が行われなかった。責任のある者が罪を問われたという話を聞くことはない。フレッド・カプランは、当時「ボストン・グローブ」紙の防衛担当記者としてIR655便を取り上げた。MH17便の悲劇が起こった後、彼は、「いくつかの点で二つの災難は類似している」と書いた。例えば、曖昧にし、ごまかし、隠そうとする傾向である。「先週の事件の後、ロシア当局者はさまざまな嘘をついて自分たちの責任をごまかそうとし、ウクライナ政府を非難した。1988年の事件の後、米国当局者は様々な嘘をつき、イラン人パイロットを非難した。」
イランは国連安全保障理事会に米国を非難するよう求めたが、却下された。しかし、2015年、安全保障理事会が「民間機を撃墜した者を罪に問うことから逃げる」とは「ありえない」とオーストラリアのジュリー・ビショップ外相は述べた。西側諸国によるものも含め、そのような全ての行為の犯罪責任を調査する独立した制度を設置することなく、決議案の提出者は何を根拠に、ロシアが自国や同盟国の犯罪行為になるかもしれない事案を審議する特別法廷に協力すると期待したのか理解に苦しむ。また、これに関連して、アムネスティ・インターナショナルがイスラエルに対する英国の武器売却をやめるよう求めたことも注目に値する。それらの武器は、MH17便の悲劇と同時期にガザ地区のパレスチナ人への攻撃に用いられたものである。国際人道法が求める均衡性と戦闘員・文民の区別は、普遍的に適用される。それは、親西側政府か反西側政府かにかかわらない。
(コロナ禍の制約を受ける前は)頻繁に空の旅をしていた者として、私の第1の重要事項は撃墜されないこと、第2は私が乗る民間機が撃墜された場合、願わくは関与した者が法的責任を問われることである。公表されている証拠の重みに応じて判断すると、MH17便を撃墜した人々は、交戦地帯において軍用機を攻撃していると信じていた。ウクライナ軍がロシア軍機と間違えて撃墜したという可能性もあることはあるが、最も可能性が高い説明はやはり、反政府勢力がウクライナ軍機と間違えてロシア製ミサイルで撃ったということになる。
また、その場所が既知の交戦地帯であった点に留意することも重要である。MH17便の悲劇が起こる前にも、高高度軍用機がミサイルにより撃墜されている。ウクライナ当局とマレーシア航空の監督者は、その空域に一切の民間機が入らないようにする注意義務を民間人の乗客に対して負っていた。実際、QANTASなど多くの航空会社は、ウクライナ東部上空を飛行して乗客の安全をリスクにさらすより、コストが高くつく迂回ルートを受け入れていた。その数カ月前に消息を絶ったMH370便の不可解な悲劇(機体はまだ発見されていない)からまだ完全に立ち直っていない時期だけに、マレーシア航空は、回避できるリスクは回避するためにことさら熱心であるべきだった。したがって、真に公平で、独立した、信頼できる国際捜査であれば、攻撃者とミサイル提供者だけでなく、マレーシア航空などの民間航空会社とウクライナ当局にも責任があったと判断するだろう。
最後に一言述べたい。全ての法と規範は、二つの中核的機能を果たす。許可と締め付けである。冷戦の勝利後の覇権の年月で米国が取ってきた行動の歴史は、グローバルな規範を他国に強制するために締め付けを実行する一方で、自身については既存の規範が許可する範囲を一方的に拡大し、どこであろうとお構いなしに介入することを正当化してきた歴史である。オーストラリアや他のアジア太平洋諸国は中国に対し、その覇権国家としての振る舞いについて同じことを気兼ねなく指摘できるだろうか? われわれのうちの無神論者であろうと、パワー移行の停止と反転を祈ったほうが身のためである。
ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を務め、現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長を務める。近著に「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」 (ルートレッジ社、2022年)がある。