Cooperative Security, Arms Control and Disarmament シャーム・サラン | 2023年07月11日
ウクライナ戦争の政治的解決を探る
ウクライナ戦争は、ロシアとウクライナとの間ではなく、ロシアと米国率いるNATOとの間の戦争である。ロシアが表明した「特別軍事作戦」の目的は、今後NATOがこれ以上ロシア国境に向かって拡大するのを防ぐことである。また、この軍事作戦を通して欧州安全保障構造の改変を余儀なくさせ、自国にとって不可欠な安全保障上の利益を受け入れさせることも望んでいる。これは、ウクライナ侵攻の直前にロシアが米国に提示し、米国が拒絶した一連の要求からも十分明確に見て取れる。
この見解が正しいとするなら、これまでのところ、この戦争でロシアはその目的を一つも達成していないという結論に至らざるを得ない。ロシアが今後数週間、数カ月の間に成し遂げ得る戦果がまだあろうとも、このことに変わりはない。NATOを国境から遠ざけるどころか、すでにフィンランドが中立の立場を捨ててNATOの完全な加盟国になるという状況に陥っている。スウェーデンもNATO加盟を申請し、200年以上にわたる中立政策を手放そうとしている。加盟はトルコの反対により棚上げされているが、一時的である可能性が高い。
ウクライナ自身も、今後NATO加盟に近づいていくと思われる。さらに、ロシアが新たな欧州安全保障秩序に自国の居場所を見いだす見込みは、当面の間、非現実的と思われる。
近頃エフゲニー・プリゴジンと彼のワグネル・グループがウラジーミル・プーチン大統領の政権に対して起こした反乱を受けて、状況はロシアにとって一層複雑かつ困難なものになっているかもしれない。
このような状況を背景に、ウクライナの平和を回復する戦略は、ロシアにとって名誉ある退路、あるいは救出戦略を見いだせるかどうかにかかっている。敵対行為をやめることは双方にとって有益であろう。
- 第1に、この武力戦争に巻き込まれた、罪のない男性、女性、子どもたちに降りかかっている計り知れない損失と損害を止めること。人道的要求を考慮してはいけないだろうか?
- 第2に、アフリカや世界各地で最も脆弱な立場に置かれる人々を苦しめている、エネルギーと食料のサプライチェーンのさらなる破壊を防ぐこと。
- 第3に、米国や欧州のウクライナ支援者や庇護者の間で「支援疲れ」が顕在化しつつある。ウクライナは、際限のない永続的な支援に頼ることはできない。
最終的かつ包括的な解決は現時点ではあり得ず、恐らく今後長期にわたってもあり得ないであろうことは事実である。領土保全と主権の問題は、微妙かつ複雑である。しかし、いくつかの妥協要素を模索することはできるかもしれない。
第1は、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年2月24日時点の原状を回復することである。その場合、クリミアとドネツク州の一部がロシアの占領下に残されるが、この最初の一歩はそれぞれの領土権の主張を損なうものとはならないだろう。そのうえでロシアとウクライナが対話を行い、領土問題に関する交渉の地ならしをすれば良い。ミンスク3が目標となり得る。
第2は、ロシアを敗戦国として扱い、新たな欧州安全保障構造から排除しようとするのは短絡的であり、自滅行為であると認識することである。ロシアは、核能力を含む大きな軍事力を保持しており、今後も重要な主要国としての地位にとどまるだろう。最終的にロシアを包含することなく、欧州に恒久的な平和と安定をもたらすことは不可能である。
第3は、緊張が高まり対立が深まっているときでも、関与を維持する必要がある。フランスのエマニュエル・マクロン大統領とドイツのオラフ・ショルツ首相がプーチン大統領とある程度の接触を保っていたことは重要だったが、現在はそれも途絶えている。中国は、仲介案を提示して踏み込んでいるが、それもまだ結果を出していない。アフリカ諸国のグループも当事国に働きかけ、ブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領はトルコとともに役割を果たすことについて言及している。
外交成果をもたらそうとする全ての努力は歓迎である。G20も、グループとして役割を果たせる可能性があるが、この問題については深刻な分裂がある。
ほとんどの討論の場が閉じられている現在、この戦争を止めるための欧州の話し合いは、どこで行うことができるのだろうか?
欧州安全保障協力機構(OSCE)には、ロシアとウクライナを含む全ての関係国が参加している。欧州における安全保障と協力に関する新たな会議を設置して、冷戦時代にデタントの盛り上がりを示した歴史的な1975年ヘルシンキ宣言の新たな取り決めを策定することも考えられる。そのような会議では、ロシアの中核的利益を守ると同時に、ウクライナの復興と再建の道を切り開く新たな欧州安全保障秩序を策定することも可能であろう。ロシアとウクライナの間に残る領土問題を解決するプロセスを開始することもできるだろう。
核兵器使用の脅威は、ウクライナ戦争のダイナミクスを構成する要素として突出した重要性を帯びるようになっているが、これを減じることが重要である。これは、現在進行中の、あるいは今後開始されるさまざまな仲裁努力において、重要課題とするべきである。核の魔物が再び現れ、全世界に壊滅的な結果をもたらしかねない状況を許すことは、誰の利益にもならない。その意味で、ザポリージャ原子力発電所の安全を確保する早期の合意が不可欠である。
「物事は、行動が結果を生む時点まで熟さなければならない」という中国のことわざがある。今がその時点であると、筆者は信じる。
シャーム・サランは元インド外務次官であり、政策研究センターのシニアフェローを務めている。本稿は、2023年7月2~3日に北京で開催された世界平和フォーラムでの発表に基づいている。