Global Challenges to Democracy ハルバート・ウルフ | 2021年01月23日
攻撃を受ける「法の支配」
ワシントンの連邦議事堂襲撃は、制御不能な大統領がもたらした結果というだけではない。武力行使の合法的な国家独占は、米国では十分に認められてこなかった。
「このようなことは予測できなかったと言えたらいいが」と、議事堂襲撃事件の後、バイデン次期大統領は言った。「本当はそうではない。予測はできた」。さらにオバマ元大統領が、事件をまったくの驚きのように扱うのは自己欺瞞だと言い加えた。1月6日の議事堂襲撃をめぐるワシントンでの劇的な展開は、必ずしもその日でないにしても、予測されていたことである。元大統領も新大統領も、それぞれの判断に基づき、暴徒による反乱と議会の一時占拠や議員たちの逃亡は、トランプが繰り返し暴力を煽り、それを重要視しなかった過去4年間の状況が頂点に達したものだと述べた。ドナルド・トランプは、暴力的な民兵たちを「特別な人々」と呼んだ。さらに「われわれは君たちを愛している」と言い、みずから暴力を煽りさえした。
民主政府の長によるこのような前代未聞の無責任な言動は、襲撃事件の一つの原因に過ぎない。トランプの言動は許し難い。とはいえ、説明可能ではある。自分の過ちをいつも人のせいにする自己愛の強い大統領は、選挙での敗北を認めることができなかった。しかし、大統領としてみっともない彼の言動と少なくとも同じぐらい重要な要因は、武力行使の合法的な国家独占が米国では十分に認められてこなかったという事実である。
法と秩序の執行、そして4世紀近く前の欧州における三十年戦争終結以来の武力行使の合法的な国家独占は、文明の重要な功績である。簡単に言えば、国家当局、法執行機関、特に警察、軍、司法制度が国民を守るということである。誰人も、法の力に依らずに制裁を下し、自己正義を行うべきではない。武力行使の合法的な国家独占が認められて、暴力の私物化が廃止されたのである。この概念が純粋な形で完全に実施されたことはないが、原則的には、国際法によって認められ、受け入れられている。国内レベルでは、警察や必要であれば司法機関が依拠し、執行することができる明確な規則や法律がある。
理屈ではそういう話になる。しかし、この何世紀も昔からの原則を、世界で最も力を持つ人物である米国大統領が無視したら、何が起こるだろうか? ドナルド・トランプは、狂信的な支持者たちに議事堂を襲撃するよう呼びかけることによって民主主義制度に損害を及ぼしただけではない。彼はその言動、絶え間ない嘘、扇動、暴力の呼びかけによって、法の支配と武力行使の国家独占を転覆させた。国民の安全に責任を負う行政府の長が、法と秩序をもたらすのではなく、支持者に暴力をけしかけたのである。
治安部隊、つまり議会警察は、十分な準備ができておらず、人員も不十分だった。そのため州兵が要請されたが、配備はあまりにも遅く、あまりにも及び腰だった。しかし、この騒動と暴力は思いがけず起こったわけではない。トランプの言動は、暴君や独裁者の例から知られるとおり、議事堂を襲撃した暴徒に、民主主義的選挙を覆し、物理的にも精神的基盤においても議会の両院に損害を及ぼす正当性を与えた。幸いなことに、トランプ支持者の暴動は速やかに鎮圧され、かくして不成功に終わった。というのも、議会(行政ではなく)の回復力が示されたからである。民主主義は、困難に耐えた。
しかし、この騒動とカオスに責任があるのは、トランプだけではない。米国では、武力行使の国家独占に対する認識に、非常に根本的な問題がある。有名な修正第2条は、米国民が武器を保有する権利を認めている。同条は文字通り、「規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、 侵してはならない」と述べている。米国の多くの人が、憲法のこの条項を、法執行機関を待つことなく自ら制裁を下すことへの勧誘と解釈している。
米国では、ピストルやリボルバーから自動小銃、その他の戦争用武器まで、推定4億個の銃器を一般の個人が保有している。つまり、子どもを含む住民1人あたり1個以上の銃があるということである。多くの州で、銃を公然と携帯することが認められている。イデオロギー的に頑固で誤った考えを抱き、また、トランプ陣営を強く支持した全米ライフル協会に限らず、銃の所有者たちは、再三再四、銃の携帯は米国民の憲法上の権利だと主張している。
国家は、国民の保護を保証できると信頼されていない。人々は、自身の防衛を自ら組織することを望み、自身の安全に責任があると感じている。そうする中で、彼らは修正第2条により正当化されていると感じている。広く行き渡った国家不信がある。政府は常に良いことよりも害を多くなしているという保守派のドグマは、広く受け入れられている。また、近頃は警察の違法行為に対する厳しい批判や、警察予算の削減を求める声さえあり、偏った警察の行為や言動に対する不信感と不満を表している。いわゆる「ディープステート」が陰謀論者によって邪悪と呼ばれているだけではない。米国では一般的に、国家の制度と規制に対する反感がある。
大量に出回っている武器を減らそうとする試みは、ほとんどが政治家襲撃事件や学校での大量殺害事件を受けたものであるが、これまでのところそのすべてが失敗している。下院と上院は、これらのイニシアチブを過半数で否決しており、特に共和党は修正第2条の改正を阻止している。彼らは、欧州諸国の大部分や他の多くの国々で疑う余地のない原則となっている、武力の合法的な国家独占の原則を、事実上拒絶しているのである。
2021年1月6日が暗黒の日として米国史に刻まれるのは当然のことと考えられる。ジョー・バイデン次期大統領は、広く強調されているように、分断した国家を結束させるというきわめて困難な仕事に直面する。しかしそれは、必要なアジェンダのほんの一部に過ぎない。武力行使の国家独占の原則が認められない限り、大衆迎合主義者や扇動政治家は、権力を握るため、暴力を行使するよう信奉者たちを煽る誘惑に駆られるだろう。
ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。