Climate Change and Conflict ロバート・ミゾ  |  2024年05月15日

クアッド、海洋安全保障と気候変動

Image: sameer madhukar chogale/shutterstock.com

 日米豪印戦略対話、通称クアッドは、10年近い中断を経て2017年に再発足した。この非公式なミニラテラルの参加国であるオーストラリア、日本、インド、米国は、中国の「一帯一路」構想と「海のシルクロード」の拡大・深化、東・南シナ海や中印国境における北京の好戦的な振る舞いから明らかなように、目に見えて中国が台頭していることに対し、共通の憂慮を抱いていた。クアッドは、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)と地域における包摂的で「ルールに基づく秩序」を確保するという目的の背後にある「対中国」中心の視点を明言することは決してないが、既存の文献や安全保障専門家・実務家らがインタビューで語った見解はそれを裏付けている。しかし、このような反中的な姿勢やメッセージ発信のせいで、地域のいくつかの利害関係国から見れば、クアッドは受け入れ難く、妥当性を欠くものになっている。クアッドは、特に気候変動など従来とは異なる課題も含めて、地域の多様な関心事に取り組むことによって、より大きな、より永続性のあるプラットフォームへと自己改革するチャンス(そして必要性)がある。

 日本の故安倍晋三元首相が2007年にインド議会で行った「二つの海の交わり」と題する高く評価された演説において構想されたように、アジア太平洋という地政学的境界に取って代わるものとなったインド太平洋は、アフリカ東岸から米国西岸まで、世界の海域の大部分に及ぶ。その範囲には、インド洋と太平洋に所在する多くの国々、主要な海路、マラッカ海峡のようないくつかの海上交通の要衝、南シナ海と東シナ海、両シナ海で戦略的争点となっている場所が含まれる。想定される戦略地域は極めて広大であり、クアッドが取り組むべき課題や関心事は、中国ファクターだけに限らず有り余るほど存在する。その一つは、インド太平洋地域の海上安全保障を気候変動という文脈で再評価し、脆弱な国々とそれらの国同士の連携に対し、協力と関与を進める方法を見いだすことである。

 気候変動が海の物理的特性に及ぼす影響は十分に理解されている。海面温度海面水位の上昇は、自然の気象システムに破壊的な影響を及ぼすだろう。環インド太平洋の内部や周縁にある国々や島々は、台風やサイクロンといった頻繁かつ激しい気象関連の極端な現象を経験するだろう。洪水、海水侵入、土地浸水は、食料、健康、経済安全保障に直接的な影響を及ぼし、ひいては政治的安定にも波及することによって、人々の福祉と生存にかつてないほどの困難をもたらすだろう。海洋安全保障は、気候変動による脅威に直面している。漁業資源やその他の海洋資源が減少するにつれ、海上犯罪や海上紛争が増加すると予想されるからだ。伝統的漁民や海洋生態系に依存するコミュニティーが生計手段を失うなか、「アフリカの角」地域で目撃されているように、彼らが海賊行為や密輸のような犯罪活動に手を染める可能性は非常に高い。それに加え、海面上昇は既存の海洋境界に影響を及ぼす。境界画定の基礎となっている特徴が水没または流失する可能性があるからだ。これにより、南シナ海や東シナ海に見られるような国家間の既存の海洋紛争がさらに複雑化することは間違いない。気候変動が海に及ぼす影響は、大量移住の引き金ともなる。低地や沿岸部の住民が、より安全な居住地を求めて移動を余儀なくされるからだ。これは必ずや(消極的な)受け入れ国において少なくとも治安問題をもたらし、減少する資源をめぐって激しい紛争を引き起こす恐れもある。

 この数年間、クアッドは、安全保障の拡大概念に即した問題にいっそう多くの注意を払うようになっている。このことは、さまざまな新プログラムによっても明らかである。2022年の「海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ」(IPMDA)イニシアティブは、革新技術を活用し、違法・無報告・無規制漁業、気候事象、人道危機といった海洋活動に関するリアルタイムの情報を地域のパートナーに提供することにより、地域の重要な海路に関する透明性を高めることを目的としている。2022年、グループは、災害救援活動の対応規模、能力、調整を強化するため、インド太平洋における日米豪印の人道支援・災害救援パートナーシップを発足させた。2023年5月に日本の広島で開催されたクアッド首脳会議後のビジョン・ステートメントでは、「健康安全保障、急速に変化する技術、気候変動の重大な脅威、そしてこの地域が直面する戦略的課題といったインド太平洋地域の重要な課題」に取り組む意思をさらに強調した。

 特に気候変動については、グループは2022年、気候変動に取り組み、「ネットゼロの経済と社会への現実的移行とレジリエンス強化のための支援をインド太平洋パートナーに」を提供するという目的を掲げて、「日米豪印 気候変動適応・緩和パッケージ」(QCHAMP)を策定した。QCHAMPには、地域における緩和・適応とレジリエンスニーズの両方に取り組む施策が盛り込まれている。筆者が話を聞いた専門家らは、クアッドが対中国中心の姿勢から脱して地域が直面する存亡の危機に取り組む方向へと進む具体的な一歩として、このイニシアティブを称賛している。しかし、QCHAMPは、計画を実施するための共同財政メカニズムがなく、さまざまなプログラムのための調整窓口を制度化していない。

 危機の切迫性とクアッドが守ろうとしている地域の脆弱性を考えれば、クアッドのアジェンダにおいて気候変動の優先度を高めることは不可欠である。クアッドが自由で開かれたインド太平洋の確保において成功を収めるためには、他の既存のASEANのような地域グループと努力の相乗効果を図るとともに、当然ながら他のパートナー国による支持と受容を得ることが必要である。韓国、フィリピン、ベトナムのような主要国は、中国とは安全保障上の厳然たる相違があるものの経済的結び付きが深く、当然ながら、もっぱら北京に対する防壁とされているクアッドを支持することに消極的である。それどころか、中国は2009年以降、ASEANにとって最大の貿易相手国となっている。同様に、太平洋の小島嶼開発途上国のような地域内のより小国のパートナーは、特に気候による影響を受けやすい。彼らにとって最も深刻な安全保障上の脅威は、気候変動関連の災害、浸水、それに伴う資源紛争に起因している。同時に、クアッドにとって彼らによる支持は、とりわけ海洋に関連して、開かれた、平和な、ルールに基づく国際秩序を確保するという理想を実現するために不可欠である。従って、クアッドは、彼らが気候変動に対するレジリエンスと適応力を強化するために必要とする支援に注意を払う必要がある。それと引き換えに、彼らは、クアッドのより広範な戦略目標に対する忠誠と支持を示すことに前向きになるかもしれない。

 クアッドの元来の動機は依然として、台頭する中国に対する戦略的バランスを維持し、それとともにFOIPおよび包摂的でルールに基づく国際秩序を確保することであるが、これらの目標を脅かすものは、中国の目に見える台頭だけではない。気候変動による海への影響は、地域における海路、海上交通の要衝、海洋安全保障全般の平和かつ安全な運用を損なう恐れがある。それはまさに、各国による戦力投射の余地ともなる。また、クアッドが目標を実現する現実的な可能性を持つためには、東アジア・東南アジア諸国や島嶼国など、地域の他のパートナーから受容と共感を得なければならない。クアッドによるメッセージ発信とより深い意図が中国の抑止に終始するなら、クアッドとそのプロジェクトに対するこれらの国々の関与は今後も限定的なものにとどまるだろう。クアッドの参加国である日本とインド自身、グループが彼らの隣国に直接対抗するものと位置付けられることに不快感を示している。クアッドは、そのアジェンダにおいて従来とは異なる安全保障上の懸念、特に気候変動の優先度を高めることによって、地域におけるより深い関わり合いのプラットフォームとなり得るチャンスがある。

ロバート・ミゾは、デリー大学政治学部の政治学・国際関係学助教授である。気候政策研究で博士号を取得した。研究関心分野は、気候変動と安全保障、気候政治学、国際環境政治学などである。上記テーマについて、国内外の論壇で出版および発表を行っている。ミゾ博士は、国際交流基金(Japan Foundation)のインド太平洋パートナーシップ・プログラム(JFIPP)リサーチフェローとして戸田記念国際平和研究所に滞在し研究を行った。