Climate Change and Conflict コライア・ライセレ、エイダン・クレイニー  |  2025年09月09日

太平洋の気候共同戦線に深海鉱物資源めぐる分断の兆し

この記事は、2025年9月1日に「The Conversation」に初出掲載され、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下で再掲載されたものです。

 太平洋島嶼国は近年、気候行動の旗手として世界的な信頼を得てきた。太平洋のリーダーたちは、海面上昇を存亡の脅威と見なしている。

 しかし、この共同戦線が今、緊張下にある。一部の太平洋諸国が、物議をかもす新産業、深海鉱業に乗り出しているからだ。ナウル、クック諸島、キリバス、トンガは、新たな収入源に惹かれ、深海採掘の実現化に向けて最も先を進んでいる。しかし、フィジー、パラオ、バヌアツなどの国々は、公海における深海採掘の一時停止を求めている。

 環境への影響不明確であるものの重要になり得る産業について、経済的利益の可能性とリスクを天秤にかけて太平洋地域の世論が割れることはしばしばある。緊張が高まれば、太平洋地域の分断を招き、気候問題に関するこの地域の道徳的権威を損なう恐れがある。

 深海採掘がターゲットとする鉱物資源には三つのタイプがある。深海底平原に散らばる多金属団塊(マンガン団塊)、海山のコバルトリッチクラスト、熱水噴出孔周辺の鉱床である。

 これらを採掘するため、採掘企業は無人採掘機を使って鉱石を海面まで汲み上げ、排水を海に戻す。このため海底の堆積物による海の濁りが生じ、海洋生物を窒息させる恐れがある。陸上採掘による種への悪影響を最小限に抑える方法は、深海ではほぼ実行不可能である。

 深海生態系はほとんど解明されていないが、その回復に時間がかかることは分かっている。40年以上前に試験掘削を行ったエリアには今なお物理的損傷が残り、固着性のサンゴや海綿は依然としてまばらであることを、研究者らは明らかにしている

 深海採掘は、国際海底機構が採掘に関する規則をまだ最終決定していないことから、まだどこでも本格的には開始されていない。同機構は、領海を除いて、世界の海域の54%を管轄している

 しかし、それでもなお、そのような規則がなくとも、海底採掘事業の計画を提出し、検討することはできる。

 海底鉱物資源は30兆豪ドルという巨額の価値を有する可能性があると、アナリストらは推定している。最も豊かな鉱床の一部は、太平洋諸国から数千キロメートル離れたハワイとメキシコの間にある公海のクラリオン・クリッパートン海域に存在する。国際法に基づき、企業は公海で独自に採掘を行うことができない。国家政府が企業を公的に後援することが必要であり、国家はその操業に対して実効的な管理を維持しなければならない。

 深海採掘企業が太平洋諸国をこれほど有用なパートナーと見なす理由の一つは、これらの国々が開発途上国のために確保された国際海底の保留区域を利用でき、また、多くの島嶼国周囲の非常に広大な領海に眠る潜在的資源を利用できるからである。

 ナウルトンガクック諸島キリバスの支援者らは、マンガン、コバルト、銅、ニッケルの需要が拡大することで、大きな経済的利益がもたらされ、経済の多様化が実現する可能性があると主張する。

 ナウルには海鳥の排泄物の化石グアノが大量に堆積し、長い間肥料として需要があったため、かつては国が豊かであった。しかし、グアノはほとんど枯渇し、それ以外の資源はこの小国では限られている。

 ナウルは、海底採掘企業The Metals Companyの完全子会社であるNauru Ocean Resourcesのスポンサーとなっている。2011年、同社はナウルから8,000 km以上離れたクラリオン・クリッパートン海域における多金属団塊の探鉱を許可する契約を国際海底機構と結んだ。

 それ以降ナウルは、国際海底の団塊採掘に関する国際的な法的枠組みを策定するうえで「主導的な役割を誇らしく果たして」きた。

 2025年6月、ナウル政府は、Nauru Ocean Resourcesが開発ライセンスを申請する見込みであることを示唆した

 トンガ政府も同様に、クラリオン・クリッパートン海域における採掘探査のためにザ・メタルズ・カンパニーと提携して海底採掘を行うことを支持している。

 2025年8月、トンガは、ザ・メタルズ・カンパニーの子会社であるトンガ・オフショア・マイニング社との契約更新に署名した。この契約が最初に締結されたのは2021年、国民との協議がないことに対する大規模な批判のさなかであった。

 採掘企業は、経済的利益から、奨学金、コミュニティープログラムまで多岐にわたる新たな便益を約束している。それでもなお、改定された契約に対して、市民社会、若者、法律専門家から反対の声が上がっている。トンガの有力者らは納得しておらず、環境リスク、法的リスク、透明性のリスクを挙げている。

 このような状況の背後には経済的圧力がある。トンガは、中国輸出入銀行に推定1億8,000万豪ドルの負債がある。これは、トンガの年間GDPのおよそ4分の1に当たる。

 クック諸島を構成する15の島は広く散らばっており、そのため政府はほぼ200万平方キロメートルの海域に対する排他的権利を有している。政府は、排他的経済水域内の探査ライセンスを、Cook Islands ConsortiumCIIC Seabed Resources LimitedMoana Mineralsの3社に付与した。クック諸島政府は 国内の規制枠組みを確立しており、現在は研究能力の構築を行っている。

 キリバスの環礁や島は、それ以上に広く散らばっている。同国の排他的経済水域は約340万平方キロメートルに及ぶ。国有のMarawa Research and Exploration社は、海底機構と15年間の探査契約を結んでいる。キリバスは、協力の可能性を検討する目的で中国との協議を開始した

 収益は太平洋地域にとって大きなものになる可能性がある一方で、コスト、技術、環境に対する責任は極めて不確かである。

 パプアニューギニア(PNG)の経験は教訓となる。2019年、PNGの深海採掘ベンチャーSolwara-1が地域社会を受けて倒産した。その結果、政府は推定1億8,400万ドルの損害を被った。PNG政府は、領海内の深海採掘に対して現在は反対している

 深海採掘を今や明確に支持する人々がいる一方で、はるかに慎重な国々もある。

 2022年、パラオは公海での採掘の一時停止を求める同盟を発足させた。早期の署名国は、フィジーアメリカ領サモアミクロネシア連邦である。それ以降、ツバル、バヌアツ、マーシャル諸島のほか、数十カ国が加盟している。PNGはまだ加盟していない。

 これら太平洋諸国の反対は、知識が限られ悪影響が起こり得る状況では警戒を優先するべきであるという予防原則に基づいている。

 深海採掘に対する最も顕著な反対者の中に、太平洋の若者たちがいる。市民社会、信仰集団、女性組織、若者のネットワークをまとめる地域連合Pacific Blue Lineは、同地域における全面禁止を一貫して求めている。若者たちは公然と声を挙げており、例えばトンガでは若い活動家が協議不足を批判し、計画反対の声を結集しており、また、クック諸島では若者たちが透明性を要求している。

 太平洋のリーダーたちは、首尾一貫した気候外交で世界的な評判を築いてきた。彼らは1.5°C目標を擁護し、南太平洋大学の学生たちが提起した要請には、国際司法裁判所が気候変動に関する重要な勧告的意見を新たに発出した。

 太平洋のリーダーの一部が深海採掘に門戸を完全に開いた場合、それは環境問題に対する地域の共同戦線を弱体化させる危険を冒し、その信頼性を脅かすものだ。

 この状況がどのように展開するかは、今後世界が気候と海洋の問題に関する太平洋の声にどこまで耳を傾けるかを方向付けるだろう。

コライア・ライセレは、ラトローブ大学の人類学博士候補生である。

エイダン・クレイニーは、ラトローブ大学の人類学および開発学の研究員である。