Contemporary Peace Research and Practice ハルバート・ウルフ | 2021年10月10日
EUは脇に追いやられたのか?
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バイデン政権による最近の外交・安全保障政策上の孤独な決定は、EUにとって何を意味するのか? パリでは当惑と苛立ち。ブリュッセルは狼狽し、ベルリンでは、山積みの疑問があり答えがない。
バイデン政権が数週間の間に一方的に下した外交・安全保障政策上の二つの決定に、欧州諸国は途方に暮れている。ドナルド・トランプが米大統領の座から退いて以来、欧米関係のトーンのみが変化し、「アメリカ・ファースト」政策の本質は変わっていないのだろうか?
バイデン米大統領は、突然のアフガニスタンからの米軍撤退に際し連合同盟国、特にNATOに対して既成事実を示した。「戦争を終わらせるべき時だった」と述べるのみで、ジョー・バイデンは同盟国と協議もせず、トランプとタリバンの取り決めを実行したのである。カブールに駐留していたフランス、英国、ドイツ、および他の多くの国は、この劇的かつ無計画な本国送還作戦によって、選択の余地なく急いで準備を行い、自国の兵士やその他の人員、数千人のアフガニスタン人従業員を本国に送ったが、決して全員というわけにはいかなかった。ポケットの中でこぶしを握りしめながら、欧州諸国は米国の政策を受け入れ、それに従うしかなかった。
2021年9月半ば、次の孤独な決定が下された。米国は、太平洋地域におけるオーストラリアおよび英国との新たな同盟(AUKUS、3カ国の名称の頭文字)を発表し、同時に、原子力潜水艦8隻をオーストラリアに輸出することも発表した。この大規模な武器輸出取引が、どれほどの驚きと怒りを引き起こしたことか。すでに5年前、フランスはディーゼル式の潜水艦12隻をオーストラリアに供給する契約上の合意を結んでいた。660億米ドルの確かな契約に基づいてすでに開始されていた生産プロセスは、いまや水泡に帰した。このAUKUS締結と武器の提供は、世界的な武器移転をめぐる激しい競争の表れであり、同時に中国に対し、インド太平洋地域で好き勝手にはさせないという明確なシグナルである。しかし、恐らく近いうちに中国の反応は見られるだろう。
フランスは、米国とオーストラリアの行動を「同盟国やパートナーの間では受け入れられない」と非難した。米国の決定に抗議して、フランス政府は協議のためワシントンとキャンベラから大使をパリに召還した。1778年から続く米国とフランスの同盟関係の歴史において、大使の召還は初めてのことであった。通常の外交慣行を無視し、パリは、米国の決定は「野蛮」であり、オーストラリアの行動は「背後から刺すようなもの」だと評した。フランスの大手日刊紙『ル・モンド』は、社説で「この点について、バイデン政権がトランプ政権と何ら変わらないことをまだ疑っている人へ。戦略であれ、経済であれ、財政であれ、衛生分野であれ、米国が最優先なのだ。『アメリカ・ファースト』が、ホワイトハウスの外交政策のガイドラインなのである」と論じた。
ブリュッセルでも警報ベルが鳴っている。EUのジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表は、フランスの苛立ちに理解を示し、「他国と同様に、われわれも自国の存続を重視しなければならない」と述べた。潜水艦の取り引きも、アフガニスタンからの急な撤退も、エマニュエル・マクロン仏大統領の米国への不信感という物語を増幅させている。マクロンは長年、欧州の戦略的自律を訴えているのだ。
事前にAUKUSについて知らされていなかったEUは、9月16日、米国がフランスとEUを冒涜したのとほぼ同時に、「インド太平洋戦略」を発表した。このEUの戦略は、太平洋地域の国々に対して、EUがこの地域における経済的および政治的利益を重要視していることを示すものである。また、中国と米国に対しては、EUは米国のような強硬な反中路線に追随するものではないが、かといって等距離路線を取りたいわけでもないということを示している。欧米関係は、依然として優先事項である。安全保障と防衛は、太平洋地域におけるEUの7つの優先事項の一つである。
EUとその加盟国は、米国の一方的な決定を受けて、また、欧州諸国の意見や利益をワシントンが明確に軽視するのを受けて、どのように対応するべきだろうか?
選択肢は三つある。第1は、フランスの立場である。欧州は「ハードパワー」への投資を強化し、軍事的にも安全保障政策においても自分の足で立つべきである。それには、多額の財務資源が必要になる。現行の防衛予算の水準でも、NATOの目標であるGDPの2%の防衛費でも、米国、ロシア、中国に対して欧州が戦略的自律を実際に達成するには不十分である。全ての欧州諸国の政府が防衛費を大幅に引き上げる用意があるかについては疑問がある。さらに、政治的にも多くのハードルを乗り越えなければならない。全てのEU加盟国、特に東欧諸国が欧州の戦略的自律を確信しているわけではない。彼らは依然として、米国が中心にいるNATOが何よりも自国の安全保障を守っていると考えている。
第2の選択肢は、過去と同じやり方を続けていく現状維持の道である。それは、フランスの論調を大幅にトーンダウンしたものといえる。何十年も前から、欧州軍によって安全保障を欧州化する必要性が叫ばれてきた。しかし、これまでのところ、個別の軍備計画や大袈裟な政治声明といった極めてわずかな進捗しか見られていない。また、それは不十分でもある。アフガニスタンでの大失態の後、EUの外交責任者ジョセップ・ボレルは、EUの即応部隊の設立を訴えた。これは、いわゆる「戦闘群」という形でかなり前からあることはあるが、EU内に政治的コンセンサスがないため、展開されたことはない。今後も恐らく、意思決定はこれまでの長々とした妥協のプロセスに沿ったものとなるだろう。つまり、フランスによる圧力やそれに呼応するEU委員会の野心にもかかわらず、一進一退を繰り返しながら軍事政策強化を目指す、骨の折れる道筋ということである。
第3の選択肢は、平和プロジェクトとしてのEUへの回帰である。2012年、EUは、欧州の平和維持における重要な要素であるという理由で、ノーベル平和賞を授与された。EUは、世界の他の紛争地域に対する啓発的な手本になろうとした。この気概は、今日もはや感じられない。むしろ、EUは地政学の復興、特に米中の競争に何とかついていこうとしているが、これまでのところうまくいっていない。例えば、近頃の事例として、ドイツのフリゲート艦をインド太平洋地域に派遣することに何の意味があるだろうか? 中国に対する武力の誇示として、旗の掲揚は完全に的外れである。中国政府は、確かに、それを友好の証とも協調の意志とも考えないだろう。
EUは、「ハードパワー」による軍事中心の地政学的競争を断念し、代わりに、その文民的特性、「ソフトパワー」を頼みとするほうが理にかなっているだろう。平和的な紛争解決を明確に志向した政策によって、EUは、冷戦を思い起こさせる現在の再軍備計画に代わる存在になり得るだろう。
ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRIの科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。