Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ロバート・ミゾ  |  2025年07月12日

浮上するクアッド3.0: ハードな安全保障アジェンダを優先

 2025年7月1日、クアッド(Quad=日米豪印戦略対話)の本年2回目となる外相会合がワシントンDCで開催された。第1回会合はドナルド・トランプが第47代米国大統領に就任した数時間後に開かれ、米国の新政権にとってクアッドが重要であることを示唆した一方、第2回目の会合は、戦略的かつハードな安全保障に関するアジェンダに改めて重点を置き、非伝統的安全保障を重視する姿勢から離れようとしており、クアッドが新たな局面に入りつつあることを示した。2007年に立ち消えになった最初のクアッドは人道支援と災害援助(HADR)に重点を置き、2017年に再開されたクアッド2.0は次第に広範な公益的アジェンダを設定するようになったが、今回はこうしたこれまでのクアッドからの脱却を表している。

 2025年1月にワシントンで開かれたクアッド外相会合の後に発表された共同声明は、非常に限定的な内容だった。同グループは、「法の支配、民主的価値、主権および領土の一体性が堅持され擁護される自由で開かれたインド太平洋の強化に向けた共通のコミットメント」を再確認した。いつものことだが中国を名指しすることは避けながら、外相らは、インド太平洋地域における「現状を力や威圧により」変更しようとする「一方的な行動」に対する強い反対を表明した。中国はこの警告に反応し、外務省の毛寧(マオ・ニン)報道官が「関連海域における中国の活動は合法かつ適正で、完全に正当である」と述べた。

 7月1日の共同声明でクアッドの外相らは、地域における「現状を力や威圧により」変更しようとする一方的なあらゆる行動に対しては一致して反対すると表明した。声明で一度ならず用いている言葉遣いである。自由で開かれたインド太平洋へのコミットメントを再確認する一方、同グループは地域の「法の支配、主権および領土の一体性を擁護することへのコミットメント」を強調した。彼らは、海洋領域が地域の安全保障と繁栄をいかに支えているかを指摘し、クアッドが海洋領域における一方的な活動、特に中国の活動を厳しい警戒の目で見ていることを示唆した。

 7月の声明は、相変わらず中国を名指ししていないとはいえ、東シナ海・南シナ海の状況に対する「懸念」を強調した。地域に関するクアッドの懸念の一部は以下の通りである。

海洋資源開発への干渉、航行および上空飛行の自由の度重なる妨害、軍用機や海上保安機関および海上民兵の船舶による危険かつ挑発的な行動、特に南シナ海における放水銃の危険な使用および衝突・妨害行動……。われわれは、係争中の島嶼地形の軍事化を深刻に懸念している。

 クアッドは、これらの活動を「危険かつ挑発的」であり「地域の平和と安定」を脅かすと見なしている。実質的にクアッドの懸念の大部分を占めているのは、南シナ海と東シナ海における中国の好戦性と非道な行為と認識されるものである。

 さらに、外相らは、安定を損なう北朝鮮の弾道ミサイル発射、核兵器開発の継続、暗号資産窃取を含む悪意あるサイバー活動を非難した。外相らは全ての国連加盟国に対し、武器や関連物資の北朝鮮への移転を禁止するための北朝鮮に対する国連安全保障理事会(UNSC)の制裁を遵守し、履行することを求めた。もう一つの中国とロシアに関する間接的な言及では、「国際的な核不拡散体制を直接的に損なう北朝鮮との軍事協力を深化させている国々に対し、深い懸念」を表明した。

 クアッド外相会合は、海洋安全保障と地域安全保障を強化し、経済的繁栄と安全の促進、重要技術および新興技術、ならびにサプライチェーンに関する協力措置を再確認した。彼らは、重要鉱物のサプライチェーンの確保と多様化のためにクアッド重要鉱物イニシアチブを立ち上げた。これは、主に地域における中国の支配拡大に起因する「重要鉱物の主要なサプライチェーンの突然の縮小および将来の信頼性」に対する懸念の高まりに対応するものである。クアッドは、「単一国」による威圧や価格独占の可能性を回避するために、多様で信頼できるグローバル・サプライチェーンが不可欠であると主張している。これらの文言に対し、中国はまだ(本稿執筆時点で)公式な反応を示していないが、このような非難が地域における中国の軍事活動や「民間人」の活動に対して極めてわずかな抑制効果しか及ぼさないことは想像に難くない。

 さらにクアッドは、訓練、法的対話、海上保安機関間の協力を通じて、海洋法執行協力の強化に関する努力を継続していくことを表明した。これも、インド太平洋海域における中国の好戦性への対抗策と解釈するべきである。なぜなら、クアッドは、航行および上空飛行の自由、その他の適法な海洋利用を極めて重要と見なしているからである。彼らはまた、南シナ海において「歴史的権利」を有するという中国の主張を無効として退けた2016年の仲裁裁判所の裁定を「重要」であると再確認し、これを紛争の平和的解決ための基礎と位置づけた。

 これらのハードな安全保障と戦略目標に加えクアッド外相らは、インド太平洋地域における人道支援と緊急対応能力強化への熱意を重ねて表明した。彼らは、2025年3月にミャンマーで発生した地震の被災者に対する人道支援のために合わせて3,000万米ドル以上を拠出した。彼らは、「クアッド・インド太平洋ロジスティクス・ネットワーク」のもとで最初の実働訓練を実施することを発表するとともに、同年内に「クアッド・港湾の未来パートナーシップ」を立ち上げることを確認した。これは、クアッド諸国が引き続き公益問題をアジェンダに掲げていることを示している。

 しかし、クアッドの安全保障以外のアジェンダは大幅に縮小しつつある。明らかに省略されていたのは、気候関連のイニシアチブへの言及である。グループは2022年、気候変動に起因して地域に生じる課題を緩和し、これに対処するための重要な対策を盛り込んだ「クアッド・気候変動適応・緩和パッケージ」(Q-CHAMP)を策定した。パッケージのイニシアチブには、「気候・情報サービス・タスクフォース」、「気候のための農業イノベーション・ミッション」、「災害に強靭なインフラのための連合」(CDRI)、「クアッド・海運タスクフォース」がある。また、クアッドは、水素やアンモニアのようなクリーンな再生可能エネルギーの普及、メタンガス削減、二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)、カーボンリサイクルの促進に向けた知識共有を強調した。これらの対策は脆弱な島嶼国など地域のパートナーが、彼らの存続にかかわる最大の安全保障問題である気候危機の予測不可能性に対処できるよう支援することを目的とするものだった。これらのミッションが継続するのか、あるいはクアッドの気候変動ワーキンググループが機能し続けるかは、はっきりしないままである。

 第2次トランプ政権のもとで新たな姿に生まれ変わったクアッドが、ハードな安全保障問題を優先しようとしているのは明らかである。わずかに残った非伝統的安全保障努力も、戦略的計算によって動かされている。クアッドを注視する者の一部は、これを有望な展開と考えるかもしれない。しかし、クアッドは一枚岩とはいえず、地域の戦略的混乱、特に中国の横暴に起因する混乱を緩和するために集団的政治意志を集結することはできないかもしれないという点を、念頭に置くことが重要である。このような不確実性の主な原因となっているのは、中国との直接対決に消極的なインドの姿勢、日本とオーストラリアの中国に対する経済的依存、さらには極めて予測不能な現在の米国の外交政策である。

 クアッドは、自由で開かれた包摂的なインド太平洋を確保するという本来の目標を実現できなくなるほどまでに、安全保障に偏重してはならない。新たなレアルポリティーク的レトリックと、地域の最も脆弱な人々の差し迫ったニーズへの対応といった公益の配分とのバランスを見いだすために努力しなければならない。米国の新政権のもとでクアッドがどのように変わっていくかはまだ分からないが、それ以外の3カ国が、かつて擁護していた公益の追求を存続させることが(どのように)できるかが注目される。

ロバート・ミゾは、デリー大学政治学部の政治学・国際関係学助教授である。気候政策研究で博士号を取得した。研究関心分野は、気候変動と安全保障、気候政治学、国際環境政治学などである。上記テーマについて、国内外の論壇で出版および発表を行っている。ミゾ博士は、国際交流基金(Japan Foundation)のインド太平洋パートナーシップ・プログラム(JFIPP)リサーチフェローとして戸田記念国際平和研究所に滞在し研究を行った。