Contemporary Peace Research and Practice ジョセフ・カミレリ  |  2022年04月02日

最良の時代、最悪の時代

Image: Irpin, Ukraine    Kutsenko Volodymyr/Shutterstock

それは、最良の時代であり、最悪の時代でもあった…

それは光の季節でもあれば、暗闇の季節でもあったし

希望の春でもあれば、絶望の冬でもあった

――二都物語 1859年

 フランス革命の激動を背景にしたチャールズ・ディケンズの有名な歴史小説のこの冒頭の一節は、人類が現在置かれている窮状を見事に言い当てている。

 あらゆる側面から重大な問題が私たちに押し寄せている。ある日は新型コロナウィルス感染症、次の日はウクライナ危機、その翌日は気候変動の惨状、そして人種差別の様々な醜い顔...。数え上げればきりがない。

 これらは、単につながりのない苦悩なのか、それとももっと深刻な病の症状なのだろうか。私たちはどのようにこれらの状況を理解すれば良いのだろうか。政治的駆け引きやプロパガンダ、ありきたりの決まり文句を超えることはできるだろうか。このようなことについて、どのように他者とコミュニケーションをとればよいのだろうか。どのように対応すればよいのだろうか。

 この原稿を書いている間にも、私たちはロシアによるウクライナへの軍事侵攻と、その恐ろしい結末を目の当たりにしており、紛争解決への道はまだ見えてこない。このことは、私たちの時代の混迷ぶりを如実に物語っている。

 戦闘が始まってから4週間が経過した時点で、国連は民間人約1200人が死亡、2000人近くが負傷したと推定しているが、言うまでもなく、この中に両軍の兵士数千の被害は含まれていない。

 さらに、広範囲にわたるインフラの破壊、約650万人の国内避難民、約400万人の国外避難を余儀なくされた人々も、この恐るべき統計に加えなければならない。

 ロシアには確かに、米国が先導する軍事同盟をロシアの玄関先にまで近づけた一連の北大西洋条約機構(NATO)拡大に対して、正当な不満があるのは間違いない。隣国ウクライナでNATOへの加盟を目指す政権が誕生し、火に油を注ぐことになった。

 プーチンに限らず多くのロシア人は、自分たちは執拗な挑発と屈辱を受け、ウクライナの少数派ロシア人は脅迫と嫌がらせを受けてきたと感じている。しかし、だからといって武力の使用やウクライナの人々が受けている酷い苦しみが正当化されるわけでは決してない。

 また、戦争の犠牲となるのは、現在繰り広げられている人間の悲劇だけではない。

 米国と同盟国による厳しい制裁措置は、オリガルヒ(新興財閥)よりも一般のロシア人を苦しめる可能性が高い。ロシアの中央銀行や政府系ファンドの資産凍結、SWIFTからのロシアの排除、ガスパイプライン「ノルドストリーム2」事業の停止、拙速に進められたその他の措置は、別の国々や、既にして脆弱な世界の金融システムにマイナスの影響を与えることになろう。

 米国や、一部のより声高な同盟国がプーチンに対して投げつけている非難によって、交渉を通じた紛争解決が促進されることはないだろう。「戦争犯罪」との非難は、イラクやアフガンの民衆に対してなされた破壊行為に責任を持つ西側諸国の指導者に対しても同様に投げかけられたのであれば、より大きな道徳的権威をもてただろう。

 このような状況において、西側の主要メディアが役に立ってきているとは思えない。ウクライナの軍事・政治エリートが提供した「事実」なるものや解釈が見出しを飾っているが、他方で、政府から独立した立場を持つ学者を含めたロシアの人々の声はあまり聞かれることがない。(たいていは匿名である)米国の軍事・諜報筋や、シンクタンクでその侍従のようにふるまう者たちの声は大きくなり、彼らの見解はまるで福音のように受け取られている。

 一部のみ真実を含む情報や、偽情報、そして完全な欺瞞がもたらす政治的、文化的、心理的悪影響は、今後何年にもわたって続くだろう。

 しかし、間違いなく最も悲惨な犠牲は、全面的な冷戦へと回帰する可能性、蓋然性があるということだろう。飛行禁止区域設定についての無思慮な議論や、ウクライナへの軍事支援供与の拡大、原子炉に対してなされた無謀な攻撃、愚かな核兵器使用の威嚇は、第二次世界大戦以来最大の危機をもたらしている。

 どうすれば、この混乱から抜け出せるだろうか。端的に言えば、「非常に困難である」ということだ。この疑問に答えるために、私は6段階からなるプロセスを提案したい。それは、?まずは銃を置くことが決定的に重要だがそれでは不十分であること、?主要な問題は常に互いに連関があるから全体的なアプローチが必要であること、という二つの原則に則っている。

 ここでは、そのステップの概要を述べるにとどめる。

  1. 双方が何かを獲得し、何かを譲歩する時にのみ維持できるような即時停戦(理想的には国連が監視する停戦)。すなわち、モスクワは武力行使を止め、キーウはロシアの正当な不満についての実質的な協議入りに同意する。
  2. ウクライナへの殺傷能力のある武器供与を止め、人道危機に対処する大規模な国際的支援を実施する。
  3. ロシアの長年の懸案事項に関する交渉が実質的に進展すれば、ウクライナ領内からロシア軍を段階的に撤退させる。
  4. 第三者の活用:国連事務総長や、中国・フランス・トルコ・南アフリカ・インドなど、ロシア・ウクライナ双方に効果的に接触できる複数の国の政府を、協議プロセスの中でさまざまな形、さまざまな段階で利用できるようにしておくこと。
  5. ロシア軍撤退後、大規模な国連平和維持軍を創設すること。そうした平和維持活動は長期にわたって必要となるかもしれない(米・ロおよびその同盟国の軍はこれに関与すべきではない)。
  6. これらの取り決めは、ロシア、米国、また欧州におけるその同盟国の間で核軍縮協議を進め、非軍事化に向けた重要な措置をとることを目指した一連の長期的な協議への道を開くものでなければならない。これらの取り決めは、気候変動や他の重要な環境問題を包む共通で協力的、包括的な安全保障に関する欧州全体の新たな枠組みの一部を形成することになるであろう。

 これらのどれも一夜にして成るものではないし、人間の英知やエネルギーを世界的に呼び覚まさずに実行できるものでもない。しかし、再生への可能性はある。

 さまざまな領域で活動している世界中の知識人や芸術家、科学者、宗教指導者、小規模なメディア関係者、無数の活動家、積極的な市民が、現状に代わる刺激的な代替策を提供してくれている。

 同時に、他者と意思を通わせつながる能力は、個人的なネットワークを通じてだけではなく、国内外を問わず爆発的に加速している。

 しかし、こうした可能性はまだ単に萌芽の段階にすぎない。人間の現状を苦しませる多面的な病理に対する認識が高まりつつある。しかし、それだけでは不十分だ。

 もし、人々が対話によってこの課題に取り組み、より洞察力に富みエネルギッシュな関与を生み出そうとするのであれば、表面的な症状を越えて、病理の背後にあるものを追究しなければならない。

 また、そこにとどまることもできない。より健全な、より好ましい状態がどのようなものであるべきか、考えをめぐらすべきだ。

 もし実質的な変化(例えば、現在の安全保障政策の大幅な転換、効果的なメディア規制、気候に配慮したエネルギー政策など)を想定するなら、前途は多難であるということは明らかだ。

 多くの人は、近視眼的で無能な、あるいは腐敗した指導者を指弾することだけで満足している。そんな単純なことであればよいのだが。強力な利害関係はしばしば一般の人たちの目からは隠されている。深いところに根差した集団的な発想はなかなか変わらないものだ。私たちの現在の仕組みの中には、もはや目的に適ったものではなくなっているものもあるだろう。こうした障害をいかにして乗り越えることができるのか。

 これらの問題は、国内および国家間で、持続的かつ広範な対話を必要とする問題だ。そして、そうした熱心な探究は、少数の人々の知識や洞察だけに頼るわけにはいかない。

 私たちの時代が倫理的に必要とするものは、変化をもたらすための集団的な能力を高めることだ。

 近々、7週間にわたるシリーズ「最良の時代、最悪の時代:岐路に立つ人生をナビゲートする 」では、この記事で提起された疑問について、第一線の思想家や実務家の協力を得て、考察していく予定である。登録方法などの詳細は、https://crossroadsconversation.com.au/?page_id=1229 を参照。このシリーズは、4月26日からオンラインと会場にて開始する予定。

ジョセフ・カミレリは、ラ・トローブ大学名誉教授、オーストラリア社会科学アカデミー会員、「岐路の対話」の呼びかけ人。安全保障、対話、紛争解決、国際関係理論、現代世界における宗教・文化の役割、アジア太平洋地域の政治などに関する30冊以上の著作、120本以上の章・論文を著してきた。また、これまでに多くの国際的な対話や会議を呼びかけてきた実績があり、最近では「公正で環境的に持続可能な平和」を2019年に呼びかけている。