Contemporary Peace Research and Practice ハルバート・ウルフ  |  2022年06月22日

到底無理な話

Image: Tomasz Makowski/Shutterstock

 ロシアのウクライナ侵攻直後、全てのEU諸国および欧州NATO加盟国の政府が反応を示した。ウクライナを支援するだけでなく、自国の軍事費増額も発表したのである。しかし、実際には全ての費用を賄えるわけではないことを示すいくつかの兆候がある。

 ベルギー政府は装備費を10億ユーロにしたいと考え、クロアチアは今後3年間で41%の増額を望み、デンマークは軍事費を国内総生産(GDP)の2%にすることを目指し、フィンランドは一気に70%の増額、フランスは2025年までに27%の増額、ドイツは1,000億ユーロの特別基金を決定し、英国は2024年までに支出を13%増額するなどなど。幅広い分野の軍事費増額が予想される。少なくとも計画ではそういうことだ! さまざまな国が掲げるこれらの野心的プロジェクトは、うまくいくのか? あるいは、これらの約束は、ロシアの侵略行為に対する最初の反応として十分理解できるものの、実際にはまず実行不可能なものだろうか?

 短中期的に見れば、特に戦争の終わりがだいぶ先と思われることを考えると、欧州における軍備増強努力は強化されるだろう。西側同盟とEUはロシアの所業にひどく衝撃を受けているため、しばらくは平常体制に戻れないだろう。冷戦時代に経験したように、欧州が再軍拡のスパイラルに陥る可能性はなきにしもあらずである。パワーの主な根源をエネルギー貯蔵量と軍隊とするロシアが、西側の再軍拡の動きに反応することは間違いない。

 しかし、発表された軍備増強計画の実行可能性については、安全保障、経済、財政上の少なくとも五つの理由から疑問符がつく。

 第1に、欧州は景気後退に直面している。全ての経済研究機関、ほとんどの政府、そして国際通貨基金が、持続的な景気後退を予測している。インフレ、特にエネルギーコストの上昇が、そしてグローバルサプライチェーンの諸問題が、多くの産業部門において警鐘を鳴らしている。すでに生産制限が実施され、あるいは発表されている。これらの予測が現実になった場合(それはほぼ間違いない)、それはすぐに大幅な税収減につながる。欧州諸国の多くが、2008/2009年金融危機の後遺症で多額の債務を抱えており、EU内で十分な埋め合わせができているとは到底いえない。つまり、現在発表されているような防衛予算の増額は、国家の債務削減という長年喧伝されてきたドグマを放り捨てない限り、財政的実行可能性の留保の対象とならざるを得ない。

 第2に、コロナ禍の代償がある。現在の不安定な経済状況は、コロナ危機との因果関係もある。ロックダウンをはじめとするコロナ対策(国民生活の制限、多くの産業における生産削減など)が及ぼした影響は、医療部門だけにとどまらない。コロナ禍は、政府による異例の財政措置ももたらした。不動と思われた欧州財政政策の基盤が、署名ひとつで棚上げされている。

 EUの1993年マーストリヒト条約は、以下の三つの基準を定めている。

    • 政府の財政赤字の対GDP比が3%を超えないこと
    • 政府債務残高の対GDP比が60%を超えないこと
    • いずれのEU諸国のインフレ率も、加盟国中最もインフレ率の低い3カ国との差が1.5ポイントを超えないこと

 これら三つの基準のいずれも現時点で満たされておらず、EUは、これがコロナ禍による規則の例外であり、可能な限り早く解消すると主張している。それは非現実的に思われるし、マーストリヒト基準への回帰も、繰り返し引き合いに出されるとはいえ、具体的な計画はない。

 第3に、気候変動対策に伴う費用がある。ウクライナにおける戦争で、化石燃料依存の迅速な低減といった気候変動対策の多くの目標が陰に追いやられた。石炭使用量削減など、合意された気候プログラムの一部は規模を縮小されつつある。しかし、先延ばしにしたからといって、問題が解決されたというわけではない。それどころか、気候変動対策を先延ばしにすればするほど、後でかかる費用は大きくなる。

 第4に、ウクライナへの軍事支援および復興支援プログラムがある。多くの国はすでに、ウクライナへの武器供与だけでなく、近い将来に向けた財政・経済支援の提供を約束している。それは、現時点ではウクライナ難民の支援や戦時下での経済活動の維持であるが、今後は破壊された都市や寸断されたインフラの復興支援ということになる。これらの負担がいくらになるか、信頼できる推定はない。とはいえ、第二次世界大戦終結後のマーシャルプランの規模に準じる支援策が必要であることは間違いない。

 第5に、ロシアとの経済関係がある。冷戦終結前後のデタント時代に戻るのは、全くもって不可能である。失われた政治的信頼はあまりにも大きい。経済関係の相互依存によって関係を構築しようという試みは、ロシアに対しては失敗した。長期的に見れば、西側は、プーチン政権から自国を軍事的に守らなければならないだけでなく、政治的関係、そして何よりも経済的関係をこれまでとは違った形で構築していかなければならない。とはいえ、ウクライナ、その他の欧州諸国、そして米国は、どのような政治的枠組みの中であれ、戦争を終わらせるためにはロシア政府と交渉しなければならない。欧州は、当面の間ロシアのエネルギー供給なしにやっていくことはまずできないだろう。それは、EUがロシア産石油の輸入を停止するか否かに関する難しい議論が示している。エネルギー価格の高騰は、将来何が起こり得るかをすでに示唆している。EU諸国は、エネルギー消費を制限する必要があり、さらなるコスト上昇に耐えねばならず、非常に長期にわたって完全にロシアのエネルギー供給なしにやっていくことはできないだろう。

 要するに、今後発生するさまざまな財政負担の全てに対応するのはまず無理だということである。景気低迷により社会福祉費が増加すれば、問題はさらに悪化するだろう。これらの財政課題を管理するのは、到底無理な話である。恐らく全ての分野で妥協が必要であり、公的債務も増加する可能性が高い。防衛力を強化するために現時点で発表され、計画されている全ての支出を実現させるなど、決してできるものではない。ウクライナにおける戦争の終わりが見えない現在、長期的な影響を検討し、今後浮上する障害や必要な制限に対して国民の準備を整えることが適切だろう。

ハルバート・ウルフ は、国際関係学教授でボン国際紛争研究センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。