エリー・キニー | 2025年06月19日
世界の軍事費急増が気候変動対策の脅威に

この記事は、2025年5月30日に「Conflict and Environment Observatory (CEOBS)」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。
軍事費の増大は、われわれが今すぐ行動しない限り、世界の気候変動対策を弱体化させるだろう。
軍事費増大による気候変動コスト
今週、われわれは共同報告書 “How increasing global military expenditure threatens SDG 13 on Climate action”(世界の軍事費増大は気候変動対策に関するSDG13をいかに脅かすか)を発表した。これは、世界的な軍事費増大が持続可能な開発目標(SDGs)の達成に及ぼす影響について国連軍縮部が報告書を作成するよう呼びかけたことに応えて執筆されたものである。
「ガーディアン」紙は、この報告書に関する記事の中である重要なデータに着目した。NATOの軍事費増大による気候変動への影響として、排出量が最大で年間200万トン増加する可能性があるというものだ。ところがEU委員会は今週、2050年までにネットゼロを達成するための足掛かりとして、2030年に向けて温室効果ガス(GHG)排出量を少なくとも55%削減するという目標を達成する軌道に乗っていると発表した。これら二つの説明がどう両立し得るのかというのは、当然の疑問である。EUは、各国の「国家エネルギー気候計画」(NECPs)に基づいて進捗状況を分析しているが、これらには排出量に対する軍の寄与が通常含まれていない。われわれはいまだに、軍の寄与をきちんと計算に入れていないのだ。
NATO加盟国における軍事費が大幅に増大することによる直接的な排出量というコストに加え、経済や社会全体に対するより広範なコストに値段をつけることも考えられる。これは、大気中に排出されるCO2が1トン追加されるごとに生じる損害の金銭的指標である「炭素の社会的費用」(SCC)によって表すことができる。レナード・デ・クラークは共同報告書の中で、このような歯止めのきかない軍事関連排出量の増大により毎年2,640億ドルの気候被害が発生する可能性があると算定した。
NATOだけの話ではない
ニュース報道ではNATOの軍事費がもたらす直接的な排出量に焦点が当てられているが、これは、はるかに大きい全体像の一部に過ぎない。全体的に見れば、NATO加盟国は世界の温室効果ガス排出量の9%を占めるに過ぎないが、SDGsは持続可能な未来を創出する世界的努力を象徴するものである。われわれがNATOを選んだのは、世界の他地域の軍と比較して排出量データが比較的入手しやすかったためである。国連気候変動枠組条約(UNFCCC)への報告義務の免除により、インド、中国、サウジアラビアといった世界で最も大規模な軍事予算を持つ国々は自国の軍による排出量に関するデータを一切またはほとんど発表していない。しかし、軍事費は世界の全ての地域で増大している。このような軍拡競争が現在のペースで続けば、世界の平均気温の上昇を2℃より十分低く抑えるというパリ協定の包括的目標の達成を阻むもう一つの障害となる。
途上国は指摘する-気候変動対策に資金を動員すべきと
重要なことに、共同報告書では、軍事費増大が気候変動対策に及ぼす影響は単なる排出量の増大にとどまらないことが明らかになった。SDG 13の目標の一つは、先進国がUNFCCCで約束した気候変動対策資金を、2020年までにまず1,000億ドル動員することである。締約国会議COP29で新たな目標設定が合意されたとき、途上国はためらうことなく、気候対策資金拠出と軍事費増額という野心の不均衡を指摘した。パナマは、1兆ドルという新規目標を主張した際にこのことを最も明確に突き付け、「世界の軍事費は年間約2.5兆ドルに達している。殺し合いのための2.5兆ドルは多過ぎではなく、命を救うための1兆ドルは法外ということか」と指摘した。 1兆ドルという目標は退けられ、代わりに締約国は3,000億ドルという残念な金額で合意し、多国間主義のしわ寄せが政策に表れる結果となった。その後、これらの政策決定は各国レベルで反映されており、先進国では援助予算が大幅に削減される一方で軍事費が増額されるという傾向が見られる。英国のキア・スターマー首相は援助予算の削減をそのまま防衛費の増額に充てると明言したが、他の欧州諸国の首脳はより慎重な姿勢を取っている。
未来へのビジョン
SDGsは、2030年までに全ての人にとって平和で公正で持続可能な未来を実現するというビジョンを掲げている。その点で安全保障が重要な役割を果たすことに疑いはないが、われわれは真の人間の安全保障への投資を必要としている。また、多くの人にとって気候危機はすでに、公正で持続可能で平和な未来への道筋を損ないつつある。
軍事関連排出量に対する取り組みは複雑であるが、共同報告書では、その対策のために国際社会が取り得る四つのステップを取り上げ、それらは軍事費の急増によりいっそう緊急性を増していることを示唆している。
- 各国政府は、軍事関連の温室効果ガス排出量について、固定排出源の排出量、移動排出源の排出量、サプライチェーンの排出量、さらに該当する場合には戦闘による排出量を含む全範囲の軍事活動を対象とした、信頼性の高い、比較可能で透明性ある報告を行うことを約束するべきである。
- 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、軍事関連の温室効果ガス排出量の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)への包括的報告を促すため、国別温室効果ガスインベントリ(排出・吸収目標)のガイドラインを改訂するべきである。
- 各国政府は、軍事関連の温室効果ガス排出量を削減するため、固定排出源の排出量、移動排出源の排出量、サプライチェーンの排出量、さらに該当する場合には戦闘による排出量を含む全範囲の軍事活動を対象とした、野心的かつ包括的な計画に取り組むべきである。
- 各国政府は、軍事費増額の決定がSDGsへの寄与、特に世界の平均気温の上昇を2℃より十分低く抑えるというパリ協定の包括的目標にどのような影響を及ぼすかを、国民に透明性をもって明確に伝えるべきである。共同報告書“How increasing global military expenditure threatens SDG 13 on Climate action”は、こちらで読むことができる。
エリー・キニーは、Conflict and Environment Observatory (CEOBS)の気候アドボカシー・コーディネーターである。そのほかの共同報告書執筆者は、Scientists for Global Responsibilityのスチュアート・パーキンソン博士、Initiative on the GHG Accounting of Warのレナード・デ・クラーク、マクマスター大学のグレゴリー・フックス教授、ニューカッスル大学のアーウェイ・シャン博士、欧州大学院研究所のマダラ・メルニカである。