Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ハルバート・ウルフ  |  2022年01月02日

プーチンとバイデン: 誰が先に目をそらすか?

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 しきりに冷戦のレトリックを弄し軍事力を誇示した揚げ句、米国とロシアの大統領が会談し、ウクライナ問題について、また欧州の安全保障構造に関するより一般的な問題について話し合う。EUは直接的な影響を受けるが、取り残され思いを巡らすのみである。

 ここ数年の欧州の安全保障状況は見る人に冷戦時代を思い起こさせる。政治的氷河期、対立と相互不信がはびこっている。NATOは、中央ヨーロッパとバルト3国における軍事的 プレゼンスを強めており、近代的な新型兵器システムと武装兵力をロシア国境付近に配備している。ジョージアとウクライナはNATO加盟を目指している。一方、ロシアも核弾頭やミサイルを含め兵器の近代化を推し進めている。また、ここ数カ月はウクライナとの国境地帯で軍事的プレゼンスを増大させている。ウラジーミル・プーチン大統領は、ロシアが2014年に占領したクリミアの位置づけに一切の変更なしという立場を明確にしている。クリミア併合は国際法のもとで物議を醸しているが、ロシアにとっては非常に重要な事項である。ウクライナは主に安全保障問題である。発言、軍事力、制裁がエスカレートしていく様子は、まるで冷戦時代のようだ!

 とはいえ、軍事的ポテンシャルは不均衡である。西ヨーロッパの軍事支出はロシアのほぼ4倍に上る。NATOは世界の軍事支出の約55%を占めるが、ロシアは約3.5%である。しかし、西ヨーロッパは軍事力を海外展開する能力は低く、核をもつロシアは米国と互角である。NATOは、現在ロシアが西側国境に軍隊を配備しているのは、主にウクライナ国内にNATO軍が配備されるのを防ぎ、ウクライナの軍事同盟への加盟を阻止するためであると見ている。

 2022年1月10日、ウラジーミル・プーチンとジョー・バイデンがジュネーブで会談し、ウクライナをめぐる緊張について話し合う予定である。そのほか、より一般的に欧州の安全保障、それに今後の軍備管理も話題となるだろう。ついにプーチンは求めていたものを得る。すなわち、対等な立場で面と向かって対話することである。地政学的勢力争いにおいて、心理学を軽んじることはできない。両陣営とも、依然として軍事態勢を維持している。それも勢力争いの駆け引きのうちである。米国は空母を地中海に留まらせ、予定されていた中東への移動は行わないことを決定した。一方、西側の情報筋によるとロシアの軍事行動はウクライナ侵攻に狙いを定めている。誰が先に目をそらすか?  このような緊迫した状況では、外交への信頼が重要である。しかし、現状は具体的な軍備管理交渉や緊張の段階的緩和とはほど遠いものである。

 緊張緩和のシナリオを描くには、それぞれの利害関心事を明確にすることが理にかなっている。ロシア政府に共感をもって、その立場に立ってみると、二つの中心的な利益が不可欠であることが分かる。第1は経済発展である。そのためには欧州との緊密な経済協力と貿易が必要である。経済発展は、ロシア社会を安定させるための必須条件である。第2は安全保障政策の保証である。NATOは冷戦終結後、ロシアの国境近くまで迫ってきた。プーチン大統領は年末恒例の記者会見で、自国の安全保障上の利益を無視したNATOの「5波にわたる拡大」について不満を述べた。たとえNATOがお題目のようにその平和的意図を主張しようとも、ロシアは国家安全保障について懸念している。「NATOのさらなる東方拡大は受け入れられない。その点で何が不明だというのか?」と、プーチンは尋ねた。

 米国の利益は主に地政学的なものである。経済的には、米国はロシアにまったく興味がない。米中の競争のはざまで、ロシアとはリラックスした安定的な関係が望ましいといえる。またロシアは、中国を大量破壊兵器の軍備管理に引き込むために重要な役割を果たす可能性がある。

 欧州の利益は矛盾があり、単純ではない。欧州諸国はロシアのエネルギーが確実に供給されることに関心があるに違いない。また、欧州の産業界にとってロシアは興味深い市場でもある。ロシア経済が花開くのであれば魅力はいっそう大きくなる。問題は安全保障政策である。EU内には「共通外交・安全保障政策」という制度的基盤があるとはいえ、この政策分野は、いろいろなことがあっても、「共通」ということはない。EUには27の加盟国があるが、安全保障問題に関する合意はほとんどない。もっかの事例としては、ガスパイプライン「ノルドストリーム2」に関するEU内の争いがある。ほとんどのEU加盟国は、パイプラインの運用が開始された場合のロシアへの依存は受け入れられないと主張している。

 2021年6月、エマニュエル・マクロン仏大統領とドイツのアンゲラ・メルケル首相がEUとロシアの首脳会談を提案したが、主に東欧のEU加盟国の反対により合意に至らなかった。これらの国は、歴史的な経験からロシアとEUの対話よりもNATOに頼りたいと考えている。リトアニアのガブリエリウス・ランズベルギス外相は最近、挑発的な発言で大きな注目を浴びた。「われわれはロシアがウクライナに対する全面戦争の準備をしていると確信している。そしてこれは、恐らく第二次世界大戦以来の前例のない事態である」。対話の余地はあるだろうか?  このような不協和音は、マクロンが常に求めている強力な「欧州の主権」の表れとは言い難い。どうやら、欧州は自らの足で立つことを学んでいないようである。

 EUの外交トップ、ジョセップ・ボレルはドイツの日刊紙『ディ・ヴェルト」のインタビューで、「もしモスクワが発表したように、欧州の安全保障構造と1月からの安全の保証について話し合いたいと考えているなら、それは米国とロシアだけの問題ではない。これらの交渉にEUが関与する必要がある」と語った。しかしなぜEUは、いつもワシントンがイニシアチブを取るのを待っているのだろうか?  大西洋をまたぐ同盟に依存し続けることが、欧州の弱点なのである。EUはウクライナへの攻撃は高くつくことをプーチン大統領に示すため、2014年のクリミア併合後に対ロシア制裁で合意することができた。しかしクリミア併合への懲罰という以外、制裁に何の目的があるというのか?  その背景には、現在の対立を緩和し、ロシアの自己防衛的な姿勢を和らげるような未来志向の戦略はない。EUは分裂しており、ロシアとの関係について概念も戦略も持っていない。

 民主主義の解体、反対派の弾圧、表現の自由の廃止、政敵に対する投獄、労働収容所、または殺人による処罰、市民社会の困難、ベラルーシの独裁者ルカシェンコへの支援など、ロシア情勢に懸念を抱く理由はたくさんある。こういった憂慮すべき動きにも関わらず、欧州の安全保障についてロシアと話し合うことが必要である。欧州は、通常兵器または核兵器による戦争も冷戦も行う余裕はない。必要なのはデタント(緊張緩和)政策である。1990年代に東西対立が終焉したことによる主な受益者は欧州であったことを思い出すべきである。恐らくジュネーブでの会談は、EUを含む永続的な安全保障政策対話をもたらすだろう。それは、理想的には軍備管理さらには新たなデタント政策に関する交渉につながるかもしれない。相互不信を軽減し、面目を失うことなく敵対的な行動を克服するためには、信頼醸成措置という古くからの古典的な概念から徐々に始めることも可能だろう。NATOはロシアを悪者扱いするのをやめ、ポーランドとバルト3国におけるプレゼンスを縮小し、さらなる東方拡大の可能性を排除することである。ロシアも、西側国境付近に駐留する軍隊を削減し、ウクライナ東部の反政府勢力への支援をやめる必要があるだろう。こういったことが、安全保障分野における漸進的かつ交渉に基づく緊張緩和、より幅広い経済協力、気候変動を食い止める共同行動の出発点となるだろう。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。