Contemporary Peace Research and Practice ハルバート・ウルフ  |  2021年07月30日

夢想物語(Pipe Dreams):ノルドストリーム2

Image: Shutterstock

 アメリカとドイツの両政府は、ロシアからドイツへ天然ガスを供給するために計画されたノルドストリーム2について、賛否両論があり長く議論されてきたが、ついに妥協に至った。ロシアによる天然ガス供給は今に始まったことではない。2011年からバルト海で稼働しているパイプライン(ノルドストリーム1)があり、また別の重要なパイプライン供給系統がウクライナを経由している。このプロジェクトをめぐる論争は、プロジェクトが決定された2012年に始まっており、十年来のものである。西ヨーロッパの大手エネルギー企業5社が、ロシアのエネルギー大手ガスプロム(Gazprom)の主導のもと、常にプロジェクトの経済的性格を強調してきたが(ウェブサイトでは「ヨーロッパのパイプライン」という表現を使っている)、このプロジェクトは、経済、政治、安全保障および環境に関する多くの懸念をもたらしている。

 このプロジェクトは常にドイツ政府の後押しを受けてきた。ゲアハルト・シュレーダー元首相は2005年からノルドストリーム社のためにロビー活動を行っており、2017年からはロシア最大の石油会社ロスネフチ(Rosneft)の会長となった。ヨーロッパのいくつかの国、すなわちパイプラインが迂回するポーランドとバルト三国、およびとりわけウクライナの政府はプロジェクトに批判的だ。安全保障およびエネルギーの専門家たちは、ドイツがロシアによるエネルギー供給に依存するようになることや、ロシアがウクライナ経由の供給を完全に停止して、代わりにノルドストリーム2を使用する可能性を懸念している。ウクライナの財政はガスの通過による収入に依存しており、このことが、ロシアが圧力を行使するテコとなっている。ロシアとウクライナの間では過去にガスの供給、価格および債務について複数回の紛争があったことから、ウクライナの恐怖は、十分な根拠があるもので、また、ロシアによるクリミアの併合およびウクライナ東部の武装勢力の支援によって深刻化している。

アメリカ政府はこれまで、ノルドストリーム2の中止を試み、2019年にはプロジェクトに関与する企業に対して制裁を科している。プロジェクトの反対者は常に、(ドイツだけでなく)ヨーロッパがロシアのエネルギー供給に依存するようになってしまうとの懸念を述べてきた。しかし、ドイツおよび欧州委員会は、この依存説に対して、ロシアの天然ガスは複数の供給元の一つに過ぎず、さまざまな供給源を組み合わせることが重要だと反論する。アメリカ政府は、ウクライナの行き詰まりを強調し、同国の安全保障状況が実際にノルドストリーム2にとっての赤信号となるだろうと付け加えた。この危険は(ロシアがEUとの供給契約をすべて遵守しているという事実にもかかわらず)否定することができないとはいえ、アメリカの立場は全面的に利他的というわけではなかった。トランプ政権は、プロジェクトに対する批判と、アメリカの液化天然ガス(LNG)の売り込み、そしてノルドストリーム2に関与する企業に対する制裁とを組み合わせようとした。実際、ドイツ政府は、プロジェクトの円滑な完成を希望して、アメリカ産LNGの輸入に同意した。しかし、ドイツ政府がプロジェクトの中止によってロシアとの関係を悪化させたくないと考えているあいだは、アメリカの政策立案者たちは、このパイプラインに対する反対をやめようとは思わないだろう。

 この難題からどう抜け出すか? ドイツ国内、EU内、ウクライナ、アメリカそれぞれからの批判をどう克服するか? ウクライナ大統領ヴォロディーミル・ゼレンスキーが7月にベルリンを訪問したが、これがプロジェクトに対するドイツ政府の考えを変えさせようとする最後の試みは失敗した。1週間後、アンゲラ・メルケルがホワイトハウスを訪ね、妥協への道を開いたが、これは多くの詳細な中身が欠落した、勝者と敗者が複数存在する曖昧な妥協である。バイデン大統領は、依然としてパイプラインには反対しており、これは誤りだとしているが、トリックと対立の扱い方を変化させた。彼は、パイプラインが95%完成していることから、制裁には意味がないと主張した。この妥協には、四つの中心的な合意と約束が含まれる。第1に、ドイツとアメリカは、ロシアがエネルギー供給を地政学的なテコとして利用しようとするなら、ウクライナを支持し、ロシアを制裁することに合意した。それが一体どのように実現するのか明らかではない。共同声明は次のように明確に述べている。「アメリカとドイツは、制裁およびその他の手段を通じて対価を課すことで、ロシアにその侵攻および有害な活動の責任を取らせる決意において一致している」。第2に、ドイツが、ロシアの輸出能力を制限するための措置を、自国および欧州の両方のレベルで講じることが合意された。これも、長年その試みがうまく行かなかったことを受けて、どのように実現するかの答えはない。第3に、共同声明において、アメリカとドイツは、現在の契約が終了する2024年以後も、ロシアのガス輸送を継続することが必要であると合意した。そのような狙いをどのように実現するのか? それは、ロシアの合意があってはじめて可能なことである。最後に、ドイツとアメリカは今後、ウクライナの再生可能エネルギー産業を育成する「グリーン・ファンド」に投資するという。これは、たしかに価値あるアプローチだが、長期的にしか実行できない。

 ドイツ国内の主な反応は安堵だった。とくに、このプロジェクトが大西洋を挟んだ両国の同盟における苛立ちの原因となってきたからだ。過去の介入に繋がったフランス、ポーランド、ウクライナのような国々の不満は、緩和されたわけではない。キーウの最初の反応は、EUとの合意にウクライナの加盟と経済統合についての条項を入れるため、ブリュッセルおよびベルリンとの公式会談を要求するものだった。ポーランドとウクライナは、この妥協を受け入れることはできないとした。ロシアは、合意の「敵意あるトーン」を嘆いたが、ウラジミール・プーチン大統領は、アンゲラ・メルケルとの電話会談の後、プロジェクトが継続できることに安堵した。

 この合意は、アメリカの連邦議会の与野党双方の議員らを憤慨させた。彼らは、ジョー・バイデンはロシアに対して弱腰だと感じていた。ドイツ・緑の党は、かねてからパイプラインを批判しており、プロジェクトの中止を望んでいる。ノルドストリーム2は再生可能エネルギーへの投資ではなく、時代遅れの化石燃料への投資であり、EUの気候政策の目標と矛盾していると考えている。最大の勝者は、もう一つの輸出オプションを得たロシア政府である。原材料の輸出に依存したロシア経済にとってこれは重要な刺激策となるからだ。次の勝者は、95億ユーロ(120億米ドル)を投資してきた企業だ。結局のところ、(ミルトン・フリードマンが主張したとおり)ビジネスの本分はビジネスだ!ということだ。彼らは、まもなく投資のリターンを手にするだろう。8月末までに、パイプラインは完成し、操業を開始する見通しだ。政治および安全保障の面での懸念が解決されないまま、アメリカとドイツの妥協は、議論の余地を残しつつ、迅速な実施への道筋を示してしまったようだ。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF: Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。Internationalizing and Privatizing War and Peace (Basingstoke: Palgrave Macmilan, Basingstoke, 2005) の著者。