Contemporary Peace Research and Practice サミナ・ヤスミーン  |  2021年10月01日

パキスタン: 未来に戻るのか?

Image:  Pakistan's Prime Minister Imran Khan (Irfan Awan, Shutterstock)

 20年間にわたる米国とNATOによる占領の後、タリバンがカブールを制圧した。それは、パキスタンの支援を受けた政権が権力を握る9・11以前のアフガニスタンに戻ったかのように見えるかもしれない。しかし、20年経った今、根本的な違いがこの地域のすべての勢力に大きな困難をもたらしている。

 2021年8月15日、米国が予定したアフガニスタン撤退の2週間前に、タリバンが電光石火で戻ってきたことをパキスタンの多くの人々が熱狂的に歓迎した。ジャミアット・ウル・イスラム(JUI)に加盟するいくつかのグループは、アフガニスタンとの国境の町バルチスタン州チャマンで菓子を配った。ジャマート・エ・イスラミ(JI)の指導者シラージ・ウル・ハクは、アフガニスタンの人々がタリバン軍を歓迎し、門戸を開いたことを称賛した。パキスタン・メディアのコメンテーターは、ハミード・グル元ISI(軍統合情報局)長官の予言を視聴者に思い出させた。「わがISIは、アフガニスタンで米国の助けを借りてロシア軍を打ち負かしたが、今度は米国の助けを借りて米軍を打ち負かそうとしている」というものだ。2021年9月半ばのギャラップ調査では、パキスタン人の回答者の55%がタリバン復権を肯定的に見ていることが分かった。

 パキスタン政府も同じように、タリバンの勝利と、西の隣国の米国による占領が終結したことに歓喜した。イムラン・カーン首相は、タリバンがカブールを制圧した日、彼らが精神的奴隷の手かせ足かせを取り除くことに成功したと述べた。3日後、議会でタリバンの勝利について話をした際、首相は議員たちに対し、「ラー・イラーハ・イッラッラー」(アッラーのほかに神はなし)への傾倒が個人や国家に「ガイラット」(自尊心と熱意)を吹き込み、それが、大帝国を打ち負かすといった成功をもたらすのだと再認識させた。一方、ラウーフ・ハサン首相特別補佐官は、「米国がアフガニスタンのためにつなぎ合わせて作った仕掛け……いわゆる砂上の楼閣のようなもの」が崩壊したことを喜んだ。シリーン・マザリ人権大臣は、ベトナムのサイゴンとアフガニスタンのカブールからの米国撤退の写真をツイートした。

 米国が撤退を完了し、いくつかの西側諸国が自国民をアフガニスタンから退避させ始めた際、パキスタン政府は、これらの活動を積極的に支援した。パキスタン経由で出国することを望む人々にビザを発行し、タリバンによる制圧から最初の数日間にPIA(パキスタン国際航空)の便で彼らを出国させた。サウジアラビアやトルコといった地域諸国は、新たな戦略シナリオへの影響について話し合うため、至急イスラマバードに使者を送った。こういった状況展開から、パキスタンのシャー・マヘムード・クレーシ外務大臣は、世界がパキスタンを「責任ある国」として認めつつあると主張できるようになった。

 このように良き国際市民であることを主張する背景には、パキスタンを極めて重要な位置づけとする新たに浮上しつつある安全保障複合体の分析がある。確かにロシアは重要であるが、パキスタンのアナリストや政策立案者は、米国撤退後にタリバンのアフガニスタンを支援する能力と意欲が最も大きい国は中国であると認識している。彼らは、中国が地政学を重視しており、2021年3月にイランと今後25年間にわたる総額4,000億米ドルの包括的戦略パートナーシップを締結したことを指摘する。また、中国は、経済的な弱点と脆弱性によってアフガニスタンがテロリストの拠点とならないようにすることにも関心を持っている。しかし、最も重要なのは中国が事業規模620億米ドル(2020年)の中国・パキスタン経済回廊(CPEC)を、新たに浮上しつつある安全保障複合体の重要な構成要素と見なしていることである。イムラン・カーン首相の特別補佐官ラウーフ・ハサンは、この考え方への賛同を示し、次のように語った

 「これが実現したら、その可能性はきわめて高いが、その場合には、中国とパキスタン、アフガニスタン、イランを結び、さらには中央アジア、ロシア、その先まで延びる経済回廊に地域全体がつながることになる。それによって、この連鎖につながるすべての国に無数の機会が開かれるだろう。それは、地域の経済的、戦略的ダイナミクスを変化させ、この地域を世界の新たな立役者へと生まれ変わらせる可能性がある」

 新たな地域戦略シナリオのこのような描写において、暗に、そして時にはあからさまに、インドは米国撤退後のアフガニスタンにおける敗者として描かれる。たとえば、シラージ・ウル・ハクは、タリバンの復権は米国の敗北を意味するだけでなく、インドも敗北したことを意味していると主張した。過去20年間、パキスタンでは多くの者が、歴代のアフガニスタン政府は自発的にインドに加担して、パキスタン西部の国境沿いに安全保障上の脅威をもたらしていると考えていた。彼らは、ニューデリーがアフガニスタンをスパイ活動の経路として、また、バルチスタン州などでの戦闘活動に支援を提供するために利用していると主張している。タリバン復権は、パキスタンを弱体化させるためにインドが追求するこの二面戦略に終止符を打ったと見なされている。

 新たに浮上しつつある安全保障複合体に対するこのような肯定的な見方にもかかわらず、パキスタン政府の対応は、タリバンに対する警戒と支持が入り交じったものだ。この姿勢は、1990年代とは異なるものだ。当時パキスタンは、1996年のタリバン政権樹立を早急に承認した。今回はそうではなく、パキスタン政府はタリバン政権の承認に関する国際的な合意を形成するという特権を行使し、女性やマイノリティーを含めて人権を尊重し、領土をテロ攻撃に使わせないことを約束する包摂的な政権という考え方に結びつけている。イムラン・カーンはまた、1990年代と異なり、インドに対する戦略的深化のプリズムを通してアフガニスタンを見ているわけではないと言明している。同時に彼は、国際社会に対し、地域と世界の不安定化リスクを伴う国家の破綻を防ぐため、アフガニスタンに人道支援を行うよう促している。

 このような慎重姿勢は、パキスタンが責任ある国家、良い国際市民としてのアイデンティティーを主張していることと部分的に関係している。しかし、それはまた、戦略的な計算に裏打ちされたものでもある。パキスタンは、彼らが「スケープゴート化」と呼ぶものと、米国や一部欧州諸国の感謝のなさに反発している。タリバン暫定政権はアフガニスタンに対するイスラマバードの影響力とその二枚舌の証拠であるという前提でパキスタンへの報復が正当化されるのを避けるため、イスラマバードはアフガニスタンの政治・社会政策に包摂性を求める地域や世界の声に同調しているのである。米国とインドの関係強化やインド加盟によるクアッドの活性化により、インドの地位が重要性を増しており、パキスタン政府は懸念をもってこれを見ている。インドがパキスタンをテロや人権侵害の支持に熱心な国として描く可能性を潰そうと、パキスタンは躍起になっている。

 認識した脅威に見合う利益を得られるよう努力しているにもかかわらず、タリバン政権は今後もパキスタンの安全保障に脅威をもたらし続けるだろう。国連安全保障理事会の報告書によると、アフガニスタンを拠点とする武装勢力は約6,000〜6,500人いる。これらのグループのうち最大規模のパキスタン・タリバン運動(TTP)によるパキスタン国内でのテロ事件は減少していない。約2,000人のメンバーがいるイスラム国ホラサン州(IS-K)も、アフガニスタンからパキスタンへの脅威となっている。

 同様に懸念の種となっているのが、パキスタン自体にタリバン支持派が存在し、増長している点である。タリバンがカブールを制圧して以来、これらのグループはソーシャルメディアを使い、「真のイスラム聖戦」によって地域を再編成するために尽力することの価値を強調している。その一部はすでに、パキスタン社会のタリバン化を再び訴えるためにソーシャルメディアを活用しつつある。タリバン復権から1週間も経たないうちに、悪名高いラール・マスジッド(赤いモスク)に付属する神学校、イスラマバードのジャミア・ハフサで学生たちがタリバンの旗を掲げた。法執行機関に要請されて旗は取り外されたものの、この出来事は、アフガニスタンにおけるタリバン復権後のパキスタン国内の安定性にとって良い兆候とは言えない。

 パキスタンは、アフガニスタンが混乱と無秩序に陥らないよう即時かつ寛大な人道支援を訴えつつ、国内勢力の利益と責任ある国際市民と見なされる必要性とのバランスを取る慎重な政策を模索しているようである。

サミナ・ヤスミーンは、西オーストラリア大学社会科学部で教育と研究に従事している。ヤスミーン教授は、同大学のムスリム国家・社会センター(Centre for Muslim States and Societies)の所長であり創設者である。