Peace and Security in Northeast Asia ハルバート・ウルフ  |  2023年05月11日

38度線に立ち込める核の雲

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 北朝鮮は、核兵器プログラムを推進し続け、2022年初めから100発を超えるミサイルを発射しており、その一部は大陸間ミサイルである。そのため、韓国では北からの攻撃への動揺や懸念が生じている。政府も国民の大多数も、米国による保護の信頼性について確信を持てずにいる。世論調査によれば、韓国国民の70%以上が自国の核武装に賛成している。

 重武装されたいわゆる「非武装地帯」であり、北朝鮮と韓国の国境線である38度線を挟んで、近いうちに軍事的対決、もしかしたら核対決までもが起ころうとしているのだろうか? いずれにせよ、かつて「太陽政策」と呼ばれた時代、南北朝鮮の対話、あるいは2018年平昌オリンピックの南北合同チームの時代は、とうに過ぎ去った。北朝鮮に核兵器を放棄するよう説得する外交努力もしかりである。

 就任して1年以上になる韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、北朝鮮による核・ミサイル計画の急速な拡大と繰り返される敵対的な挑発に対し、デタント推進派で緊張緩和に努めた文在寅(ムン・ジェイン)前大統領とはまったく異なる対応を見せた。尹は、北朝鮮の再武装に対し、対決姿勢を明らかにした政策と軍備増強によって対抗している。タブーだった韓国の核武装というテーマが、いまや政治的主流になっている。大統領自身も近頃、デタント政策に関する議論の中でこの可能性について言及した。核武装した北朝鮮への懸念は高まっている。4月末、この荷物を抱えて尹大統領はワシントンを訪問し、そこでは韓国内の議論が大きな苛立ちをもって取り上げられた。

 70年にわたる韓国の歴史において過去に2度、核武装論が議題に上った。1970年代、韓国は秘密裏に核計画を進めていた。米国政府はこれを知ると、韓国に計画放棄を促す最後通告を突きつけた。朝鮮戦争(1950~53年)以降韓国と密接な同盟関係にあった米国政府は、韓国が核武装を追求し続けるなら全ての米軍を引き揚げると脅した。韓国政府は米国の最後通告を深刻に受け止め、当時ベトナムで米国が屈辱的な敗北を喫したばかりだったにもかかわらず、米国による軍事支援の継続を選択した。その結果、韓国は軍の核計画を放棄した。

 その後、1991年に(当時は韓国も北朝鮮も核不拡散条約の加盟国であった)、米国のジョージ・H・W・ブッシュ大統領が、韓国に配備した全ての戦術核兵器を撤去することを発表した。それを受けて、北朝鮮と韓国は朝鮮半島の非核化に合意した。少なくとも北朝鮮が第1回核実験を行った後の2006年以降、この合意が紙くず同然になったことは明らかであり、その後に続く北朝鮮の核武装に関する一連の交渉や合意もまた同様である。

 韓国では、米国が本当に韓国を守ってくれるつもりがあるのかという懸念が高まっている。平壌の近代的な核兵器は、今や米国の都市を破壊する能力がある。もし金正恩(キム・ジョンウン)の軍がソウルを攻撃したら、米国政府は、韓国を守ることによって自国の国民がこのようなリスクにさらされることを受け入れるだろうか? こういった疑問を、尹大統領は4月末にワシントンで投げかけた。

 バイデン政権は、韓国の核武装に断固として反対している。その理由はとりわけ、アジア、特に日本と台湾におけるドミノ効果を何としても阻止したいからである。ワシントンの信条によれば、核兵器を増やせば世界が安全になるわけではない。現行の国際秩序は、何よりも核兵器の不拡散に基づいている。この条約に従わない一部の国(イランや北朝鮮など)は、大きな代償を払わねばならない。韓国もこの運命に脅かされるのだろうか、あるいは、イスラエルやインドの例のように、米国は暗黙のうちに韓国を核保有国として認めるのだろうか? そして、北京はどのように反応するだろうか? 中国は韓国に制裁を課し、孤立させようとするだろうか?

 韓国における今日の議論には、いきさつがある。欧州のNATO加盟国の例のように、米国のドナルド・トランプ前大統領は韓国を安保ただ乗り国と呼び、米軍配備の費用を韓国に支払わせると脅した。ソウルの人々は、韓国を防衛するという米国の約束が今後、ひょっとしたら再びトランプ政権のもとで、どのようになるのかと懸念し、思案している。

 尹大統領訪米中の4月26日、米韓両政府はいわゆる「ワシントン宣言」を発表した。米国は韓国防衛の約束を再確認したのみならず、原子力潜水艦と核搭載爆撃機を定期的にこの地域に派遣することにも同意した。これは数十年ぶりのことである。それに加え、ソウルは核計画の策定に関与することになった。両政府は「拡大抑止を強化し、核および戦略計画について協議し、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)が不拡散体制にもたらす脅威を管理するための新たな核協議グループ(NCG)の設立」を発表した。

 両国とも、「核抑止の分野において、より深い、協調的な意思決定を行うこと」を約束した。それに対し韓国は、独自の核兵器計画を改めて放棄した。この宣言はいずれ、欧州と同様の核共有の概念に発展する可能性がある。そうなれば、韓国が独自の核兵器を目指す道筋は当面回避される。しかし、これらの計画は、重要な、新たな核シナリオによって朝鮮半島の紛争を拡大するものである。地域における反応は不可避であった。北京の外交部は、「意図的に緊張をあおり、対立を誘発し、脅威を誇張している」として、ワシントンとソウルを非難した。

 平壌の反応はさらに激しいものだった。独裁者金正恩の妹で、大きな影響力を持つ金与正(キム・ヨジョン)は、この合意が「最も敵対的で攻撃的な行動意志」を反映しており、「北東アジアと世界の平和と安全保障をいっそう深刻な危険にさらす結果を招くのみ」だと述べた。彼女は、国連が非難する北朝鮮の核開発には触れもせず、「敵が核戦争演習の実施にこだわればこだわるほど、また、彼らが朝鮮半島周辺に配備する核軍備が多ければ多いほど、それに正比例してわが国の自衛権行使は強大なものとなる」と述べた。

 明らかに、拡大軍事抑止、さらには軍事的対立の可能性を示唆する兆候が見られる。平壌とソウルの連絡経路は閉じられ、また、北朝鮮に関するワシントンと北京の連絡も断たれた。ワシントンも、今やいっそう強硬な姿勢を取りつつある。ジョー・バイデン大統領は、「北朝鮮による米国または同盟国やパートナー国への核攻撃は容認できず、そのような行動を取ればいかなる体制であれ終焉を迎える」と述べた。「体制変更」に関するこの発言が明かされると、平壌はこれを挑発と受け取った。朝鮮中央通信(KCNA)によれば、「このような状況下で、DPRKが現在および将来の憂慮すべき安全保障環境に対応して軍事抑止を強化するのは至極当然である」。

 38度線沿いには暗雲が立ち込めつつあり、欧州におけるウクライナ戦争と同様、一触即発の状況を緩和する要素は見当たらない。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際紛争研究センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。