Peace and Security in Northeast Asia 文正仁(ムン・ジョンイン)  |  2023年03月03日

韓国にとって核武装は「ルーズ・ルーズ・ルーズ」

 この記事は、2023年2月27日に「 ハンギョレ 」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

 2023年1月、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が韓国の独自核兵器開発の可能性を口にした後、その可能性に関する議論が勢いを増している。

 1月30日に崔鍾賢(チェ・ジョンヒョン)学術院が発表した世論調査によると、回答者1,000人のうち76.6%が韓国独自の核開発の必要性に同意した。さらに2月15日、崔在亨(チェ・ジェヒョン)国会議員室と北東アジア外交安全保障フォーラムが、韓国の核武装と韓米同盟の強化に関する公開討論を共同開催した。

 これは、1970年代以降守られてきた韓国の核兵器に関するタブーが崩れつつあることを示している。

 核兵器獲得を訴える最大の論拠は、国家安全保障である。国家安全保障の目的とは、国家の存続、国家の繁栄、国家の威信を確保することである。

 しかし、核兵器獲得を目指す道は逆説的な結果をもたらしかねない。韓国の存続を危うくし、その繁栄を危機にさらすだけでなく、国際社会における威信も著しく損なう恐れがあるからだ。これらの見込みをひとつひとつ検討しよう。

 核武装賛成論は、米国の拡大抑止が信頼できるものではなく、韓国は北朝鮮の核兵器に対して自前の核兵器で応戦するべきだという主張に基づいている。しかし、そのような選択によって得るものよりも失うもののほうが大きい。

 韓国の核武装は、それに対して北朝鮮が核軍備を拡張すれば朝鮮半島の核軍拡競争の引き金となるだけでなく、誤解、誤算、過誤によって核戦争が勃発する可能性を高める。

 また、中国とロシア極東部における核軍備増強やその他の対抗措置、朝鮮半島における軍事的緊張のさらなる高まりを招く。日本が韓国に対抗するために核兵器を獲得する独自の動きを見せれば、朝鮮半島は北東アジアにおける核ドミノ現象の中心となるだろう。

 韓国の核計画がもたらす最大のリスクは、韓国と米国の同盟関係を決裂させる恐れがあることだ。韓国の核武装の提唱者らは、中国に対抗する効果があるから米国はそのような計画に強く反対しないだろうと主張する。しかし、それは重大な誤解である。

 ワシントンでは、核不拡散の提唱者のほうが韓米同盟の支持者よりはるかに大きな影響力を持っている。そして、核武装した韓国がこれまで通り米国の言いなりになると考える人は極めて少ない。

 従って、韓国の核武装が米国との同盟関係を強化するというナイーブな期待は、本質的に空想である。核武装は韓米同盟に亀裂をもたらし、北東アジアの安全保障環境を悪化させ、われわれにとって悪夢のような安全保障シナリオに終わるだろう。

 核武装論の提唱者らは、よくインドとパキスタンの例を引き合いに出し、韓国は核兵器獲得に動いた後に課されるかもしれない国際社会の制裁や他の形の圧力に耐えることができると主張する。しかし、それは著しく視野の狭い主張である。

 国際原子力機関(IAEA)の査察官が韓国による核物質の濃縮または再処理を発見した場合、IAEAはただちに国連安全保障理事会に問題を付託し、韓国に対する制裁の可能性を議論するよう求めるだろう。

 韓国では、不品行な核科学者グループによる少量のウラン(0.2グラム)濃縮実験が2004年に発覚したことによるしっぺ返しがいかに大きかったかは、今も記憶に新しい。当時批判の急先鋒に立ったのは米国や英国といった友好国と同盟国だった。

 米国、日本、EUによる独自制裁、特に米国による金融制裁は、韓国の輸出志向型経済をたちどころに荒廃させる恐れがある。その影響は、長年にわたって輸入代替戦略を追求してきたインドとパキスタンが被ったものよりはるかに大きいだろう。

 確実な結果の一つは、韓国の原子力産業が壊滅的な打撃を受けることだ。インドやパキスタンと違い、韓国の原子力産業は全面的に米国に依存している。

 米国の1954年原子力法第123条により、韓国は、米国から提供された核物質、関連資機材、または技術を核兵器開発などの軍事用途に利用することが禁じられている。韓国がこれらの規則やIAEAの査察規定に違反した場合、ただちにこれらの物質や資機材を全て米国に返却しなければならない。

 さらに、原子力供給国グループが韓国への原料供給を停止するだろう。秘密裏に核兵器を開発すれば、韓国の原子力産業を麻痺させるだけでなく、原子力の平和的利用を目的とする原子炉の輸出も妨げることになる。

 韓国の核武装は核兵器不拡散条約(NPT)からの脱退も伴うため、韓国の国際的イメージは著しく低下する恐れがある。韓国がNPTから脱退する最初の民主主義国家となれば、1992年に「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」を行って以来、韓国が国際的に認められてきた北朝鮮に対する道徳的優位性を失うことになり、また、国際的な不拡散体制をむしばむ「ならず者国家」の烙印を押される可能性もある。

 多くの核武装論者は、われわれが独自核武装を選択しない限り、残された道は無力な服従のみであるかのようにいうが、その選択は、韓国の存続、繁栄、威信に致命的な影響を及ぼす。

 ワシントンは、かつてないほど大きな戦略的価値を東アジアに置いているのではないか? 韓国に拡大抑止を提供すると繰り返し確約しているのではないか?

 韓米の統合軍戦力構造は健在であり、対話と交渉による外交的解決への道は今もなお存在する。

 このような状況で、なぜこれほど多くの人が核武装という自滅的アプローチにこだわるのか、筆者は理解に苦しむ。

文正仁(ムン・ジョンイン)は、韓国・延世大学名誉教授。文在寅前大統領の統一・外交・国家安全保障問題特別顧問を務めた(2017~2021年)。 核不拡散・軍縮のためのアジア太平洋リーダーシップネットワーク(APLN)副会長、英文季刊誌「グローバル・アジア」編集長も務める。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。