Climate Change and Conflict ティム・ウェストバリー | 2022年07月08日
太平洋諸島における気候関連の移動と人間の安全保障を方向づける
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太平洋諸島の安全保障をめぐる言説は、多くの場合、地域外の意見や関心に支配されている。近頃行われたシャングリラ対話では、太平洋地域における地政学的な戦略的競争をめぐる喧噪の中で、フィジーのイニア・セルイラトゥ防衛相が「われわれの存在そのものに対する唯一最大の脅威は[……]人間が引き起こす壊滅的な気候変動である」と述べた。太平洋島嶼各国の政府は、ずっと以前より安全保障の概念を拡大して人間の安全保障の観点を含める必要があることを認識してきた。直近では、2018年のボエ宣言で、気候変動を「太平洋の人々の生活、安全、福祉にとって唯一最大の脅威」と指摘している。2019年に採択されたボエ宣言行動計画は、人間の安全保障や紛争との相互関係など、気候変動が太平洋地域の安全保障に及ぼす影響をよりよく予測し、理解し、状況に沿った把握をする必要があるという認識を示している。これは、太平洋地域で人々が直面している、単独で扱うことはできない安全保障課題に取り組むためには、伝統的な安全保障のアプローチでは不十分であるという認識を反映している。気候変動は、生計手段、淡水供給、食料安全保障を脅かし、健康に悪影響を及ぼし、貧困と不平等に拍車をかけている。また、太平洋地域の気候安全保障に関する一部の報告では、人口移動や資源競争によって国内紛争や不安定性が引き起こされ、地域安全保障に影響が及ぶリスクが指摘されている。
気候変動が人間の移動に及ぼす影響は、太平洋地域コミュニティーの人間の安全保障を脅かすリスクの例として広く取り上げられ、地域における気候安全保障のリスク経路として認識されている。個人、世帯、地域社会、そしておそらく環礁の島々や国の住民にとって、移動は気候変動への対応としてますます現実味を帯びている。気候変動は、地域における多様な移動パターンに深刻な影響を及ぼすと予想される。しかし、気候移住が人間の安全保障にもたらす影響は、それをどのように捉え、管理するかに大きく依存する。例えば、伝統的な安全保障のアプローチは、国境の警備を促進し、また、移民を安全保障上の脅威と見なすことができる。法律上も概念上も不正確であるにもかかわらず、「気候難民」という表現は、太平洋地域の気候安全保障課題に関する世界の言説に依然として広く行き渡っている。しかし、このような特徴付けは、気候変動の被害を受けている人々を非人間的に扱いその力を奪うリスクがあり、太平洋地域では広く拒絶されている。それはまた、生計手段の多様化や環境リスクマネジメントの方法として長い歴史を持つ、太平洋地域における人間の移動の複雑性を考慮に入れていない。また、都市化や災害からの避難など、現代的な移動課題にもこの地域は直面している。移動の決定には複数の原因があり、貧困、社会的排除、土地や資金やサービスへのアクセスの不平等といった問題の影響を受ける。知識へのアクセスといった経済的・社会的要因も、移動がどの程度強制的か自発的か、そもそも実際に人々が移住するか否か(しばしば「不動性」と呼ばれる)にも影響する。
太平洋地域の全ての国が、計画外の移動による悪影響を防ぎ、移動できない、または移動を望まない人々を支援するための策を講じる必要があることは明らかである。移動は、選択によってなされ、人間の安全保障のアプローチ(国連総会決議66/290を参照)を通じて促進される自由と呼応する太平洋の人々のさまざまな希望や能力に見合ったものでなければならない。人間の安全保障は、気候変動と安全保障の関係を理解し、移動による対応を導く人間中心の視点を提供する。しかし、それは万能薬ではなく、人間の安全保障に対する幅広いアプローチへの批判があることも認めなければならない。このような状況で、気候移動に対する人間の安全保障のアプローチの価値を示し、それが、安全保障、レジリエンス、気候変動への適応、持続可能な開発に重点を置いた既存の政策領域をいかに補足するかを明確にすることが重要である。太平洋諸国の政府は概して小規模であり、競合する政策ニーズへの対応やサービス提供において、すでに課題に直面している。政策の調整と一貫性が肝要である。人間の安全保障は、太平洋コミュニティーが直面する「日常的」な不安の複雑性と、脆弱性を低減するために移動が果たす役割に注意を向けている。また、太平洋諸島の豊かな文化的、政治的、歴史的、経済的な多様性にも注意を払っている。気候関連の人の移動に対する人間の安全保障のアプローチは、地域に合わせた調整、予防、保護、エンパワーメントの重要性を強調するべきである。
人間の安全保障は、国家計画プロセスに分析的な支援を提供し、人間の移動のガバナンスに関する規範を導くことができる。また、重要な点は、安全保障と開発を結びつける枠組みを提供し、さまざまな規模にわたって、幅広い関係者の能力を集結させる統合的行動を支援することである。とはいえ、明らかに国や地方レベルで真のインパクトをもたらすためには、人間の安全保障を実用化することが鍵である。人間の安全保障のアプローチは、現地の移動に関する課題に合わせて対処能力を構築することの重要性を認識しなければならない。また、人間の安全保障を実用化するためには実用的な定義も必要であり、国家レベルの重要課題を反映し、政府全体の賛同を確保しなければならない。また、インパクトと有効性を測定するためにモニタリングを行うべきである(太平洋人間の安全保障枠組み2012-2015<Pacific Human Security Framework 2012-2015>の総括報告書に指摘されるように)。人間の安全保障のアプローチに関する概念を明確にし、文脈に沿ったものにすることが重要となる。
人間の安全保障の視点は、移動する人々やその出身地および目的地のコミュニティーにとって、移動がいかに不安への対処や人権の実現に寄与するかを理解するために役立つ。人間の安全保障のアプローチを実用化し、実施に必要な資源を分配するなど、このアプローチを採用することの価値を評価するのは、明らかに国家政府の役割である。人間の安全保障の価値は、両立可能な目標を掲げ、脆弱性の原因となる絡み合う問題を解決し、レジリエンスを構築する政策的アプローチを促進する形で実用化されるとき、明白になる。気候移動に対する人間の安全保障のアプローチが太平洋地域全体のプロセスとして統合され、強化されるようにすることが重要である。このような「入り口」としては、提案されている太平洋人間の安全保障枠組みの「刷新」、気候関連の人間の移動に関する地域的議論、ボエ宣言行動計画に基づく国家安全保障戦略の策定などがある。太平洋地域の人々が日常的に直面する安全保障課題の脅威への対処を助けるため、太平洋島嶼民の実体験と移動に伴う彼らの希望や能力に基づいて、人間の安全保障を理解し、地域の状況に応じて把握しなければならない。
ティム・ウェストバリーは、気候安全保障、人間の移動、地域主義、持続可能な開発に関心を持つ国際開発実務者である。太平洋地域における国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)持続可能な開発担当シニアオフィサーなど、20年以上にわたりアジアおよび太平洋地域において国連システムの業務に従事してきた。シドニー大学より環境法修士号を取得し、現在はクィーンズランド大学の博士課程で太平洋地域の気候安全保障と人の移動に重点を置いて研究に取り組んでいる。本稿は、太平洋気候変動移住と人間の安全保障(PCCMHS)プログラムの元で発表した政策提言‘Navigating human security and climate mobility in the Pacific Sea of Islands’に基づく。