Climate Change and Conflict カレン・マクベイ  |  2023年02月07日

言葉の消滅: 海面上昇がもたらす「壊滅的な」言語喪失への懸念

Image: Vanuatu is rich with languages but its communities face the prospect of upheaval caused by climate crisis.
Kevin Hellon/Shutterstock

 この記事は、2023年1月16日に「ガーディアン」紙に掲載されたものです。当研究所は、転載を許可してくださった「ガーディアン」紙に感謝いたします。

 気候危機は、現存する全ての言語の半数にとって「棺に打たれる最後の釘」になる恐れがある。なぜなら沿岸コミュニティーが移住を余儀なくされているからだと、言語学者らは言う。

 40日に一つのペースで言語が消滅している。言語学者によれば、この「壊滅的な」喪失に気候危機が拍車をかけている。何も手を打たなければ、現在話されている7,000の言語全てのうち、控えめに見積もっても半数が今世紀末までに消滅すると考えられる。

 少数言語の話者が迫害を受ける歴史は長く、その結果、オーストラリア、米国、南アフリカ、アルゼンチンでは、1920年代までに全ての先住民言語の半数が消滅した。そして今、気候危機は、多くの先住民言語とそれらが象徴する知識にとって「棺に打たれる最後の釘」になると見なされている。

 「ただでさえ言語は脆弱で、危機に瀕しています」と、オンタリオ州キングストンのクイーンズ大学ストラシー言語ユニット長を務めるアナスタシア・リールは言う。リールによれば、その大きな要因はグローバリゼーションと移住であり、コミュニティーが、彼らの言語が話されていない、あるいは尊重されていない地域に移転するためである。

 世界の言語のほとんどは人がますます住みにくくなっている地域に存在するということは、「とりわけ残酷なことに思えます」とリールは言う。

 南太平洋の島嶼国バヌアツは、面積12,189平方キロメートルで、110の言語が存在する。111平方キロメートル当たり1言語と、言語密度は世界で最も高い。また、海面上昇のリスクに最もさらされている国の一つでもあると、彼女は言う。

 「多くの小規模な言語コミュニティーが、ハリケーンや海面上昇の影響を受けやすい島嶼部や沿岸部にあります」。内陸部のコミュニティーも、気温上昇が伝統的な農法や漁法を脅かし、移住を誘発している。

 リールは「気候変動の影響が出ると、コミュニティーはいっそう混乱します。それは乗数効果をもたらし、棺に打たれる最後の釘になるのです」と述べている。

 地球温暖化が言語にもたらす影響は十分に研究されていないが、これまでに熱波、干ばつ、洪水、海面上昇の発生数の増加をもたらしている。そのため、すでに数百万人の人々が食料不安や水不足に直面し、家からの退避を余儀なくされている。災害(大部分は気象関連)による国内避難民は2021年に2,370万人に上り、2018年の1,880万人から増加した。過去10年間、アジアと太平洋は世界で最も移住による被害を受けており、太平洋島嶼国は人口規模に比して最悪の被害を受けている。

 しかし、多くの先住民言語が繁栄を遂げてきたのも、まさにこれらの場所である。ニュージーランド・マオリ語委員会によれば、世界の言語の5分の1は太平洋地域に存在する。

 オーストリアのグラーツ大学で英語言語学准教授を務めるアヌーシュカ・フォルツは、「フィリピン、インド、インドネシアを含む太平洋地域には、豊かな言語的多様性があります。話者が数百人しかいない言語もあります」と述べている。

 「海面上昇や他の気候影響に見舞われれば、彼らは退避を余儀なくされ、コミュニティーは、彼らの言語が尊重されない場所に散らばります」

 深刻な消滅の危機に瀕した世界の577言語の分布地図を見ると、アフリカ赤道域、太平洋地域、インド洋地域にクラスターがあることが分かる。

 この危機に対し、国連は2022年12月に「先住民言語の国際10年」を発足させた。先住民コミュニティーの言語を保護することは「彼らにとって重要であるだけでなく、全ての人類にとって重要である」と、クールシ・チャバ国連総会議長は述べ、先住民言語による教育を受けられるようにするよう各国に促した。

 「先住民言語が消滅する都度、それが表す思想、文化、伝統、知識も消滅します」とクールシは述べ、米国の言語学者で活動家であり、言語の喪失を「ルーブルに爆弾を落とすようなもの」と例えた故ケン・ヘイルの心情への共鳴を示した。

 グレゴリー・アンダーソン博士は、消滅の危機に瀕している言語を記録し、保管する米国の非営利団体 Living Tongues Institute for Endangered Languages のディレクターである。

 「われわれは、これから22世紀にかけて、言語と文化の壊滅的な喪失に向かっています」

 アンダーソンは、最後の流暢な話者が死亡し、一つの言語が死に絶える事態は、先住民コミュニティーに対する「ある種の暴行」の結果であることが多いと述べている。それは、1900年代に米国、カナダ、オーストラリア、北欧諸国で先住民の子どもが寄宿学校に強制的に入学させられ、ネイティブ言語を話すことを禁止された事例のように、公然と行われる場合もあれば、訛りの強い人が雇用から疎外されるなど隠然と行わる場合もある。

 先住民言語の抑圧はメンタルヘルス上の問題を伴うが、その逆もまた真実であり得ることが研究により示されている。バングラデシュにおけるある研究では、ネイティブ言語を話すことができる先住民の若者は、危険な量のアルコールや違法薬物を摂取する可能性が低く、暴力にさらされることも少ないことが示された。

 明るい材料もあり、例えばニュージーランドとハワイでは、先住民言語が復活している。

 1970年代、ハワイ語のネイティブスピーカーは2,000人しか残っておらず、ほとんどの人の年齢は70代だった。しかし、保護活動家らは、子どもたちがハワイ語で教育を受ける「イマージョンスクール」を設立した。今日、ハワイ語の話者は18,700人を超える。ニュージーランドでは、マオリの若者のうちマオリ語を話せるのは1970年代にわずか5%だった。しかし、主にマオリの人々の努力により、また政府の支援もあって、現在マオリ語を話す若者は25%を超える。

 「先住民言語の国際10年 2022-2032」のためのグローバルタスクフォースのメンバーであり、ニュージーランド・マオリ語委員会会長を務めるラウィニア・ヒギンズ教授は、次のように述べている。「先住民言語は過去をつなぎとめる錨であり、同時に、未来へと向かう羅針盤です。35年前、人々はマオリ語を守るために当時の政府と果敢に闘い、法に守られた公用語にしました。かつては禁止され、多くの人から無価値と見なされた言語を、いまや10人中8人がニュージーランド人としてのアイデンティティーの一部と考えているのです」

 ニュージーランドのニュースアナウンサー、ジャーナリスト、そしてマオリ語通訳者であるオリーニ・カイパラは、祖父母から、また、マオリ語だけが話される幼児教育施設「コハンガ・レオ(kōhanga reo・言語の巣)」でマオリ語を教わった。

 下あごにマオリのタトゥー「モコ・カウアエ(moko kauae)」を施したゴールデンタイムのニュースアナウンサーとして、マオリ文化のアンバサダーとなったカイパラは、「私の世代は十分幸運なことに、完全なイマージョン教育を受けて育ちました。それでも、言語喪失は私たちにとって今なお大きな脅威です。ネイティブスピーカーだった世代は、親から受け継いだ慣習、理解、先住民の知識を持っていました。そして、それらは失われてしまいました」と述べている。

 マオリには環境とつながりを持つ「独自の方法」があり、それは彼らの言語によってのみ理解しうるものだとカイパラは言う。「マテマテアオネ(matemateāone)」という言葉は、英訳がほぼ不可能だが、地球への「深い、感情的、精神的、身体的な」切望を表現しているという。「それは本質的に、『私は属している』という意味です。私の言語は、私の世界へのゲートウェイなのです」

カレン・マクベイ(Karen McVeigh)は、2006年12月より「ガーディアン」紙のシニアニュースレポーターを務めている。それ以前は、「スコッツマン」紙ロンドン特派員を5年務めた後、フリーランスとして「タイムズ」紙の仕事を行った。