Climate Change and Conflict クリスティー・ペトロー、ジョン・コーネル | 2023年04月05日
太平洋における労働移動と気候変動
Image: Pacific Labour Mobility Program, Department of Foreign Affairs and Trade/Flickr
労働移住は、太平洋島嶼地域において長い歴史がある。19世紀末の「ブラックバーディング」時代には、島嶼民がクイーンズランド州のサトウキビ農場に来て労働した。今世紀には再び、島嶼民がオーストラリアやニュージーランドに来て、今度は果樹園や園芸農場で働いている。
認定季節雇用者(RSE)制度と季節労働者プログラム(SWP)(最近 太平洋・オーストラリア労働移動(PALM)制度に名称を変更)は、10年以上にわたり、それぞれニュージーランドとオーストラリアにおいて短期契約で労働する機会を太平洋島嶼民に提供してきた。これらの制度は当初こそ緩やかだったものの、やがて参加率は急速な拡大を見せ、今では何万人もの太平洋島嶼民が季節労働者制度を利用し、最長で年間9カ月にわたって働きに来るようになった。制度に参加する太平洋島嶼国(PICs)には、バヌアツやトンガなど自然災害リスクが高い国や、キリバスやツバルなど低地の環礁国がある。この記事では、太平洋労働移動制度、気候レジリエンス、気候リスクの関連性について検討する。
PALMとRSE制度に参加する主な動機は、PICsの国内雇用や農業生産で得られる額よりはるかに高い賃金が約束されていることである。これらの賃金は、現金および同等物による貯蓄や送金という形で太平洋地域に還流される。労働移動による収入が気候変動への耐性を促すために使用されていることについては、いくつかの根拠がある。例えばソロモン諸島では、労働者たちがより耐久性の高い住居や、井戸のようなコミュニティーインフラに投資をしている。同様にバヌアツのエマウ島では、帰島した労働者たちが、海岸浸食の影響を受けやすい地区から離れた場所に住居を移した。労働移動による収入は、自然災害後の再建と復興にも用いられる。2015年にサイクロン「パム」がバヌアツを襲った後、労働者らは自分の稼ぎを使って損害からの復旧を支援した。一方、一部の雇用者もコンテナに詰めた物資や建築資材を送り、バヌアツのコミュニティーの再建を支援した。2023年に双子の熱帯サイクロン「ジュディ」と「ケビン」の被害を受けた後も、バヌアツの季節労働者たちは再び復興努力を支援するよう求められた。気候変動によりこのような災害の頻度と強度が増すにつれ、労働移動による収入は、リスクの高い地区からの移転促進や復興プロセスの援助において重要な役割を果たす可能性がある。
その一方で、労働移動への参加は気候変動に対する回復力の低下とも関連付けられている。バヌアツのエピ島では出稼ぎ労働に行く人の率が特に高く、若い労働年齢の男性がいないために現地の労働力供給が減少した。キャッシュフローが増大し、契約と契約の間は一休み(休息)したいという気持ちもあり、多くの労働者たちは自家用の畑で作物を栽培するのではなく、輸入食料に依存するようになった。同様に、労働移動によって住居の建設や立地が変化し、かつて自家用の畑だった土地により多くの住居が建てられるようになった。すでに脆弱だったコミュニティーは、食料不安や気候変動のその他の影響でますます脆弱なまま取り残され、配偶者が海外で働いているため、しばしば女性たちが社会コストや増加した作業負荷を担っている。新たなキャッシュフローはチェーンソーのような工具の購入も可能にし、それが森林破壊を加速させている恐れがある。労働移動と気候変動の関係は、明快なものとは到底いえない。
重要なのは、気候変動の影響はPICsだけに限らないということである。オーストラリアやニュージーランドで働いているときに自然災害に遭う出稼ぎ労働者が増えている。2020年にオーストラリアで森林火災「ブラックサマー」が発生した際に消火活動を手伝い、2022年にニューサウスウェールズ州とクイーンズランド州が甚大な洪水被害を受けた後にコミュニティーの再建 に助力した太平洋出身の出稼ぎ労働者たちはヒーローとして称賛された。2023年初めにサイクロン「ガブリエル」がニュージーランドを襲った後も、同様のストーリーやシーンが見られた。皮肉なことに、太平洋の出稼ぎ労働者たちは母国で気候変動の影響に直面するだけでなく、オーストラリアやニュージーランドがそれぞれの気候非常事態と取り組むなかで、われわれを助けてくれ、それどころか命を救ってくれているのだ。
制度の中で移住を気候適応策として認定し、外国人労働者プログラムがいかに気候正義に寄与し得るかを考慮することを求める声がある。オーストラリアでは、北部オーストラリア労働者パイロットプログラム(Northern Australia Worker Pilot Programme: NAWPP)に気候への配慮が簡潔に盛り込まれ、その後、最近ではオーストラリアの労働移動制度が拡大され、中期的な非季節性の雇用の流れが生まれている。NAWPPは「マイクロステート・ビザ」とも呼ばれ、リスクに瀕した環礁国で経済の多様性を欠くキリバスとツバルに優先的に与えられた。しかし、新たな制度が制定されると、この重要な点はすぐに姿を消してしまった。太平洋は、文化的にも地理的にも極めて多様であり、全ての国が同じように気候変動の影響を受けているわけではない。残念ながら、雇用機会は実質的にオーストラリアの労働力需要によって決まるため、島が災害に見舞われたときに直ちに雇用によって救済できるようこれらの制度を改変することは不可能だった。気候変動の影響がますます無視できないものとなるにつれ、気候変動の主要な原因国としてのオーストラリアの地域的役割と、外国人労働者の移住を通して気候正義をいかに実現し得るかが、真に問われている。ニュージーランドも、同じ課題を抱えている。
太平洋労働移動制度はゆっくりスタートしたかもしれないが、時を経て参加者数は大幅な増加を見せている。2023年3月には、PALM制度を通して35,000人の労働者がオーストラリアで雇用された。PALM労働者の一部に家族の帯同を認める制度が2023年後半に導入される予定であるほか、オーストラリアは、同国への移住を希望する太平洋島嶼民の移住機会を広げるため、太平洋エンゲージメントビザ制度を導入するために尽力している。PICsからの移住は今後さらに増える見込みで、より長期的、より恒常的な動きになると考えられる。それが気候変動と開発にどのような影響を及ぼすかは、現時点では不明である。
これらの問題については、筆者らによる著書で詳しく論じている: 『Pacific Islands Guestworkers in Australia. The New Blackbirds?』クリスティー・ペトロー、ジョン・コーネル著、Palgrave Macmillan(シンガポール)出版、2022年
クリスティー・ペトローは、人文地理学者であり、グリフィス大学政策イノベーションのリサーチ・フェロー。太平洋地域における移住、都市化、開発を研究テーマとしている。
ジョン・コーネルはシドニー大学地球科学科の地理学教授。主に、太平洋地域における諸島の開発問題に取り組んでおり、移住と植民地化についての著作も複数。