Peace and Security in Northeast Asia ハルバート・ウルフ  |  2022年01月19日

金王朝:揺るぎなき支配力

Image: Mansudae Grand Monument in Pyongyang (mundosemfim/Shutterstock)

 金正恩が2011年12月に北朝鮮の権力を握った時、多くの識者らが故金正日の息子で初代主席金日成の孫である、わずか28歳の政治未経験なこの人物が権力の座に長くとどまることは難しいだろうと予測した。共産主義の金王朝は間もなく終焉を迎えるだろうと見られていた。しかし、10年後の今日、独裁者は揺るぎない支配力を握っている。さて10年後の彼の経済や安全保障を巡る実績はどうなっているだろうか。

 北朝鮮はパンデミックを防ぐために以前にも増して孤立政策を強めているため、現地の具体的な経済発展の状況は外部からはほとんど知る余地がない。しかし、北朝鮮が深刻な経済的困難に直面しているのは確かなようだ。とりわけ、厳しい制裁と非効率な計画経済が主要な要因となっている。新型コロナは状況を好転させてはいない。

 金正恩は2021年12月末、朝鮮労働党中央委員会第8期第4回総会において二つの長い演説を行った。金総書記が特に強調したのは、「今年明らかになった欠陥と重要な教訓」で、国民の衣食住の問題が解決されねばならないと語った。国営「朝鮮中央通信」は、食料不足が生じているかのような印象を与える報道を繰り返している。しかし北朝鮮では1990年代中盤のような危機的な食糧不足が生じているわけでない。当時、水害による不作、川の塩分濃度の上昇、肥料不足、農業機械の低い技術レベルが相まって、既存の問題をさらに悪化させていた。壊滅的な飢餓の発生を受けて、当時の政府は海外からの援助を受け入れた。農業の発展に焦点をあてた最近の北朝鮮の指導者の演説から、今日の民衆のニーズを窺い知ることができる。1月5日、朝鮮中央通信は、「社会主義を政治とイデオロギー両面で著しく強化し、あらゆる不足と困難に打ち勝って、自主開発における国の潜在力をさらに固めること」を金総書記が呼びかけたと報じた。

 農業に関する金総書記の声明には二つの顕著な点があった。第1に、彼が権力を掌握した10年前にも、国民の生活を向上させるために同じような約束をしたということだ。供給の状況は明らかに厳しく、コロナ禍に対処するために国境を閉鎖していることで状況はさらに悪化している。特に国境付近での中国との貿易がかなり制限されているからだ。

 第2に、危機を打開するために政府がどのような道を進もうとしているのかが興味深い。つまり、経済計画の履行における規律と、経済の国家統制である。金正日政権下の2002年と、金正恩政権下の2012年に2段階に分けて政府は限定的な自由化政策を慎重に実行した。主食の固定価格は廃止され、農民が自ら産品を販売できるいわゆる「農民市場」が創設された。2012年、政府は中国型の土地改革と脱中央集権的で市場志向の意思決定プロセスを実験しようとした。しかし現在、政府は、計画経済を強調する古いモデルに回帰しつつある。農民は思想的な動機を与えられ、国家が再び強く介入するようになっている。農業生産を増やすために、個人的な(市場志向の)インセンティブにもはや頼ることはなく、国家統制の科学技術が用いられている。金総書記によればこうだ。「イデオロギー・技術・文化という三つの革命を農村地帯で強力に推し進めることは、社会主義的な農村という問題を解決する上で持ち上がってくる重要な任務だ」(朝鮮中央通信、2022年1月1日)。この概念は1970年代に端を発するもので、自給自足に依存する後ろ向きで伝統的な戦略であるが、実際には食料不足の解決にはつながってこなかったものである。

 政府は時計を40年巻き戻したいのだろうか。北朝鮮経済の未来、特に食料供給の未来は決して明るくない。根本的な政治変化が起こり北朝鮮の孤立状態が打開されない限り、今後も過去と同様に大きな問題を抱え続けるであろう。

 外交・安全保障政策におけるこうした根本的な変化は可能だろうか。あるいはそうしたことが期待できるだろうか。北朝鮮の政治体制は、同国の核・ミサイル開発を依然として「生命保険」のようなものとみなしている。また、核兵器を抑止力として、同時に、過去に何度も失敗してきた軍縮協議における交渉材料として使っている。金正恩の父・金正日は、1990年代後半から精力的に核開発を進め、2003年には核不拡散条約から脱退した。金正恩が権力の座に就いたとき、北朝鮮には推定4~6発の核兵器があった。今日、それは40~50発である。北朝鮮と米国やその他の政府(とりわけ中国・韓国)との間の数十年に及ぶ協議は紆余曲折を経て、大きく前進していない。オバマ政権は「戦略的忍耐」概念を対北関係に適用した。言い換えれば、この地域におけるパワーバランスに変更を加えないということである。一方、ドナルド・トランプの考え方は、大々的に宣伝されたサミット外交と対北圧力の組み合わせであった。トランプと金が2018年と2019年のサミットで成した合意は曖昧なもので、その後実質的な進展を見せていない。

 ジョー・バイデン米大統領は、外交の用意はできているとシグナルを送るが、それには非核化が必要だと条件を付けることを忘れていない。北朝鮮の体制は、交渉再開に向けて繰り返される米国からの誘いにまだ反応していない。金政権によると、今日の米国の政策は交渉の基礎とはならない。平壌の目からすると、それは、米国の敵対的政策であり、ダブル・スタンダードであり、両面政策である。「敵対的政策」とは、まず、米韓が毎年行っている合同軍事演習である。北朝鮮は「ビッグ・ディール」の締結を期待しているというよりも、相互主義的な漸進的措置を望んでいる。平壌は、制裁の緩和や安全保障といった漸進的なステップを望んでいる。金政権によると、「自衛」のための北朝鮮の核・ミサイル開発に対して国連が厳しい制裁を加える一方で、韓国や米国は非難されることなくそうした計画を続けることができるのは「ダブル・スタンダード」である。北朝鮮はまた、平和愛好的なイメージを打ち出す外交的対話を提案する一方で軍事的・経済的手段によって圧力をかけようとする米国の「二面戦略」を批判している。

 平壌は、「力には力を、親善には親善を」という、警告と譲歩の入り混じった反応を見せている。北朝鮮は、国力を強化することで米国の政策に対抗しようとしている。1年前に採択された5カ年計画は軍事力強化の姿勢が打ち出され、核・ミサイル技術の開発がさらに進むことだろう。2022年1月の前半に2発のミサイル発射実験があった。科学者・技術者はミサイル射程の延長に力を注いでいる。極超音速ミサイルや潜水艦発射ミサイルに加え、軍事偵察衛星も開発している。同時に、南北朝鮮の通常兵器の軍拡競争(韓国は兵器の近代化によって、北朝鮮は物量を増すことによって)も進んでいる。3月に韓国で大統領選が行われるまでは、新たな協議は持たれそうもない。「親善には親善を」という北朝鮮の戦略のもう一方は明らかに、今日の課題としてはあがっていない。

 金正恩は、経済面では成果を上げていないにも関わらず、しっかりと権力の手綱を掌握しているように見える。一つには、核・ミサイル開発が政権にとっての「生命保険」として機能しているからであろう。他方で、金正恩は近臣に支えられた紛れもない統治者である。権力の座についてから数年で、自らの立場を固めるためにしばしば冷酷な方法を用いて競争相手になりうる人物を排除した。自身の妹であり、党宣伝扇動部副部長である金与正が北朝鮮の意思決定の中枢に入り込んだ今、共産主義の金王朝が早期に終焉を迎えるという事態はありそうにない。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際紛争研究センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。