Cooperative Security, Arms Control and Disarmament 南秀一 | 2022年06月20日
核兵器禁止条約第1回締約国会議に寄せて 戸田平和研究所上級研究員ラメッシュ・タクール氏
Image: Novikov Aleksey/Shutterstock
このインタビューは、2022年6月19日に聖教新聞に掲載されたものを、許可を得て再掲載しています。
核兵器禁止条約の第1回締約国会議が、6月21日からオーストリアのウィーンで行われる。会議に合わせ、戸田記念国際平和研究所では、同条約に関するワークショップを開催する。同研究所の上級研究員でオーストラリア国立大学核不拡散・軍縮センター長のラメッシュ・タクール氏に、条約の意義と核兵器を巡る現状を聞いた(聞き手=南秀一)。
――核禁条約が国連で採択されてから来月で5年を迎えます。まず同条約の意義をどう評価していますか。
多国間の枠組みによる軍備管理の成果としては、1970年に発効したNPT(核拡散防止条約)以来、この半世紀で最も大きなものと言えるでしょう。
NPTが50年にわたって世界の核体制の安定を支え、十分ではないにせよ、核の拡散に歯止めをかけてきたことは間違いありません。しかし、核軍縮については、失敗していると言っていい。これまで削減が実現したのは、基本的に米露の2国間または各国独自の決定によるものです。
また、NPTの第6条では「軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束」していますが、いまだ実現には至っていません。
核兵器禁止条約は、こうしたNPTが抱える課題を補う役割を果たしています。
――核禁条約は、批准していない国には効力を持ちません。そのため、“核兵器を持つ国が批准していないのだから意味がない”という批判があります。
確かに批准していない国に対する効力はありませんが、一方で、国連で議論され採択された条約が「何の力も持たない」とは言えないでしょう。122カ国の賛成で成立した倫理的、法的規範であり、核兵器の所有や核抑止の根拠を揺るがす力になります。
もう一つ、この条約には重要な意義があります。国際政治においても国連の仕組みとしても、地政学的な中心は米英仏中露の5カ国が常任理事国を務める安全保障理事会にあります。しかし核禁条約は、安保理ではなく、全加盟国からなる総会で採択されました。
国際安全保障政策における重要な民主的変化であり、核兵器に対する規範の確立という点からも特筆すべき進歩と言えるでしょう。
――ウクライナを巡る緊迫もあり、核兵器の役割を見直す議論も起きています。
ウクライナ情勢は、核兵器に関する、さまざまな議論を呼んでいます。その一つが、“ソ連から独立する際にウクライナが核兵器を手放したのは正しかったのか”というものです。
私はこの議論は誤りだと思います。というのも、ソ連崩壊後に残された核兵器は、決してウクライナの支配下にあるものではなかったからです。例えば、米国が海外に配備した兵器は米国の支配下にあるのと同様です。
まして、もしウクライナが核兵器を放棄せず、NPT体制を外れて独立しようとしていたなら、米国やNATO(北大西洋条約機構)が独立を支持することはなかったでしょう。
何より憂慮すべきは、軍事的緊張の高まりによって今、核戦争の危険性が現実味を帯びていることです。核戦争が絶対に起きないとは誰も言い切れないでしょう。状況は複雑ですが、だからこそ大切なのは「もし核兵器がなければ危険性は高まるのか、低くなるのか」という根源的な問いではないでしょうか。
核禁条約がこれほどの成功を収めた大きな要因は、核兵器を人道上の問題であるとし、三つの論点に集約したからです。
すなわち、①どの国も国際的な仕組みも、核兵器が使用された場合の人道上の結末は手に負えない②いかなる状況でも核兵器を使用させないことが人類の存続につながる③核兵器の不使用を保障する唯一の方法は保持しないこと、つまり廃絶しかない――これが今、私たちが確認すべきことではないでしょうか。
――目下の課題と締約国会議に期待することは何でしょうか。
まず、核兵器の高度警戒態勢を解除することです。偶発的、人為的ミスによる核兵器使用の危険性を高める行為であり、この状態を一刻も早く脱する必要があります。
もう一つは、先制不使用の宣言です。2020年に中国とインドの間で緊張が高まった際、核戦争の危険性を訴える人はいませんでした。大きな理由の一つは、両国が核兵器の先制不使用を宣言していたからです。
この点、私は締約国会議が特にアジアにとって重要な場であると思います。アジアで核兵器を保有している、中国、北朝鮮、インド、パキスタンのうち、NPT加盟国は中国のみです(北朝鮮は2003年に脱退を宣言)。つまり、現時点でアジアの核問題をNPTの枠で解決することは難しい。どうすれば3カ国を交渉のテーブルにつかせられるか、締約国会議へのオブザーバー参加の道も含めて積極的に議論すべきでしょう。
同時に忘れてはならないのは、核禁条約の締約国は基本的にNPTの締約国であるということです。二つの条約は決して切り離されたものではありません。目指す内容も大半が共通しています。立場を超えて、具体的な議論が進んでいくことを期待しています。
――市民社会は、どのような役割を果たせるでしょうか。
どの国の政府も世論の影響を受けますし、市民社会が核兵器を喫緊の課題だと訴えれば政府は動きます。
しかし、ただ“条約に参加しないのは道徳的に間違っている”と抗議するだけでは、状況を変える力にはなり得ません。国の安全を保障するために必要だと判断すれば政府は動きます。その意味で、核兵器を持たなくとも安全が保障できる筋道を考え、皆で訴えていくことです。そのために、市民社会が皆の意識を喚起し、政府に注意を向けさせていく努力は重要でしょう。
戸田記念国際平和研究所としても、引き続き、“核兵器のない世界”実現に向けた研究に注力していきたいと思います。
南秀一(みなみ しゅういち)は、聖教新聞社の記者。