Climate Change and Conflict ロバート・ミゾ  |  2024年08月07日

インドの気候災害

Image: Ahamedhjewadh, CC0, via Wikimedia Commons

 気候変動とその影響に関する文献では、起こり得る潜在的または将来的な災害を指して「差し迫った影響」という言葉が使われる傾向がある。しかし、近年の自然災害の発生率、それらが発生する際の頻度と強度を見ると、それらの影響はまだ「差し迫って」いるだけなのだろうかと考えずにいられない。この数カ月間インドが直面している破壊的な災害は、気候変動がすでに姿を現しており、人々の生活をズタズタにしないまでも変えてしまっていることを如実に示していると思われる。

 2024年の初夏の時期、インドで観測史上最も暑い熱波が発生し、北部の州では気温が49℃を超えた。公式発表によれば、熱波関連の症状による死者数は110人である。しかし、保健専門家らは、これが実際の数字を大きく下回っていると主張する。医師が死亡診断書に死因として熱中症を記載することはあまりないからだ。保健専門家らは、2024年の熱中症による死者数は数千人に上ると考えている。

 熱波が北インド地方で猛威を振るう一方、北東部のアッサム州とマニプール州は豪雨とそれがもたらした壊滅的な洪水に見舞われていた。継続する民族紛争によってすでに傷ついているマニプール州は、1988年、2015年に続いて、2024年には3度目の最悪の洪水に直面した。5月最後の週にサイクロン「レマル」が前例のない豪雨をもたらし、ナンブル川とインパール川の堤防が決壊した。インパール渓谷の洪水により、一夜にして3人が死亡し、数千人が家を失った。マニプール州とアッサム州を結ぶ国道37号線沿いで土砂崩れが報告された。両州の洪水状態は本記事を書いている時点でも続いており、死者の合計は48人に達し、100万人以上が家を失って避難キャンプに身を寄せている。軍、国家災害救援隊(NDRF)、州の救援隊は、災害対応とインフラ復旧のためにギリギリの努力を続けている。これらの災害の経済的損失は、納税者による税金で負担されなければならず、その額は膨大である。これらの惨禍が開発アジェンダを妨げ、地域を何年も後退させて貧困に押し戻し、インフラや経済の衰退をもたらすのは明白である。

 最近では、2024年7月30日に南インドのケララ州ワイナード地域で雨が降り続いた後に大規模な土砂崩れが発生した。美しい風景が広がり、普段は大勢の観光客や旅行者が訪れる地域で、ムンダッカイ、チョーラルマラ、アッタマラ、ヌールプザの各村が二度にわたる大規模な土砂崩れに押し流されたことにより、住民の生活は一変した。この破滅的災害による死者数は本記事を書いている時点で308人に上り、数千人が負傷し、その多くは重症である。そして、救援活動はなおも継続中である。災害により1万人近くが避難を余儀なくされ、州内91カ所の仮設避難キャンプに身を寄せている。陸軍、海軍、NDRF、地元ボランティアが力を合わせて精力的に救援活動を行っているが、長引く悪天候のために厳しい負担と遅れが生じている。

 極端な天候に関連する災害の事例は、もう一つある。8月3日にインド北部のウッタラカンド州とヒマーチャル・プラデーシュ州では、豪雨により合わせて少なくとも23人が死亡し、多数が行方不明となっている。ヒマーチャル州サメージ村のアニタ・デービーは、胸がつぶれるような苦しみと喪失を語る中で、自分の家だけを除いて村中が豪雨に押し流された様子を物語った。「うちの家だけが破壊を免れたが、それ以外の全てのものが目の前で押し流されていった。もう誰のところに身を寄せたらいいか分からない」と、デービーは報道陣に語った。同じ村の年配の住人バクシ・ラムは、その破滅的な夜、村を離れていた。親族の「15人ぐらいが、洪水で流されてしまった」と、彼は記者らに語った。ここでも、軍、中央警察予備隊、NDRF、州の救援隊、ホーム・ガードなどを中心とする救援活動が、生存者発見を願って継続中である。道路、橋、衛生設備などのインフラの再建にしばらく時間がかかることは間違いなく、その一方で何百人もの人々の生活は永遠に変わってしまった。

 首都ニューデリーとその衛星都市グルグラムとノイダも、豪雨に対する備えが極めて脆弱であることが露呈している。7月30日、デリー首都圏(NCR)では1時間ほどの間に100 mmの降雨があった。これにより複数の地区で浸水が発生したことを受けて、気象当局者は非常警報を発した。大規模な渋滞や通行止めが発生し、ラッシュアワー時の通勤者は大変な不便をこうむった。デリー首都圏の豪雨関連の事故により、10人が死亡したと報じられた。豪雨による浸水に関連したもう一つの異様な事件として、予備校で権威あるインド公務員試験の受験勉強をしていた3人の学生が浸水した地下図書室から脱出できず、早すぎる死を迎えたというものがある。

 2024年前半だけでもインドでこれだけ発生した極端な気象現象は、気候変動が大地とそこに住む人々にいかにその影響を及ぼしているかを示しており、それと同時に、いかにこの国がこれらの災害に対応する準備ができていないかを露呈している。このような気象現象の破壊的影響は、より良い準備、調整、計画によって最小限に抑えられることを示唆する報告もある。また、インフラ開発プロジェクトが環境脆弱性を十分考慮することなく設計され、実施されてきたことに問題を見いだす人々もいる。ケララ州の事例では、耳に入っていたはずの警告が聞き入れられなかったことに関して、政治的な責任のなすり合いが後から起こった。残念な事実は、上記の主張の全てに一定の真実があるということだ。

 甚大な損害と取り返しのつかない人命の損失が誰の責任かに関わらず、インドが気候変動の課題に対応するには準備不足であるという厳しい現実に変わりはない。今後インド亜大陸で頻繁かつ強烈な天候関連災害が起こるという科学的裏付けの信頼性は、ますます高まっている。これらが人々の生活、インフラ、経済に及ぼす影響は、十分に対処する能力を備えた地域と比べて数倍も大きいものになるだろう。気候変動は、人々、ひいては国家の安全保障全体に対する脅威であると考える必要がある。気候変動の世界的影響を抑制するための残り時間は急速になくなりつつあり、インドは、特に多くの脆弱な生態系や地域において適応と回復メカニズムを強化するために総力を挙げて取り組まなければならない。気候変動を政治の表舞台に取り上げ、政治的課題の対象としなければならない。2024年総選挙においてもそうであったが、この論点ははなはだしく欠如している。このままでは、この国の未来は非常に危うい。この数カ月に起こった災害は、深刻な予兆である。

ロバート・ミゾは、デリー大学政治学部の政治学・国際関係学助教授である。気候政策研究で博士号を取得した。研究関心分野は、気候変動と安全保障、気候政治学、国際環境政治学などである。上記テーマについて、国内外の論壇で出版および発表を行っている。ミゾ博士は、国際交流基金(Japan Foundation)のインド太平洋パートナーシップ・プログラム(JFIPP)リサーチフェローとして戸田記念国際平和研究所に滞在し研究を行った。