Contemporary Peace Research and Practice ラメッシュ・タクール  |  2021年04月15日

ミャンマーの民主主義の支援には条件がある

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 この記事は、最初に2021年4月1日に「ジャパンタイムズ」紙に発表され、許可を得て掲載したものです。

 ミャンマーは、クーデターと長期にわたる軍政の歴史を持つ。今回の抗議運動の厚み、規模、持続性は、文民政権の復活が不可能ではないことを意味している。一方で、これまでの軍部の残虐性の遺産は、無期限の軍事政権もあり得ることを意味している。

 Tatmadawと呼ばれるミャンマー軍は、アウン・サン・スー・チーが2020年11月の圧倒的な再選勝利に乗じて彼女の政党の政治的地位を確固たるものにし、国政から軍の支配を駆逐することを恐れて、行動を起こそうとしたのかもしれない。そのタイミングは、他国がコロナ禍に気を取られている状況や、隣国タイで軍幹部がクーデター後に軍事支配の制度化に成功するなど、世界的に民主主義が後退していることも影響したのかもしれない。

 誰が、このリーダーシップの空白を埋めることができるのか? クーデターは、ジョー・バイデン米大統領にとって就任早々の外交政策危機となり、また激化する北京とワシントンの地政学的競争の中心にミャンマーを押し出すことになった。欧米諸国にとって、ミャンマーにおける民主主義と人権を支援することは、自国の美徳を示す低コストな方法でもある。

 北京のジレンマは、武力行使を辞さない軍幹部を後押しするのか、断固として反中的な抗議運動の側につくのかだ。ミャンマーにとって中国は歴史的な敵国である。中国のとめどない強大化は、欧米への懸念よりも中国への懸念の方が切迫した問題になったことを意味する。ミャンマーは中国に対し、経済的ニーズを満たす採掘可能な資源を提供し、商業的・戦略的目標を満たすインド洋への足掛かりを提供している。中国外務省は、「ミャンマーで起こっていることに注目しており、状況をさらに詳しく理解しようとしているところだ」と述べるにとどまった。

 2021年3月27日、日本の占領に抵抗するビルマ人の運動が1945年に始まったことを記念する国軍記念日に、多くのデモ参加者が兵士により殺害された。デモ隊と軍の衝突の中でも最も凄惨な1日となったこの日、死者の総数は500人を超えた。欧米および日本と韓国からなる12カ国の軍トップは、「職業軍隊は……自国民を傷つけるのではなく守る責任がある」とする異例の共同声明を発表し、ミャンマー国軍に対して暴力の停止を求めた。しかし、首都ネピドーで行われた盛大な軍事パレードには、中国、ロシア、インド、パキスタン、バングラデシュ、タイ、ベトナム、ラオスからの代表が出席し、国際社会の分断を目に見える形で示した。

 インドは、クーデターとデモ参加者への暴力に対する不自然な沈黙が国内外に動揺を掻き立てており、パレード出席がそれに拍車をかけた。インドは「深い懸念」を表明し、法の統治と民主的プロセスの進展を求め、ミャンマーの指導者らに意見の相違を平和的に解決するために協力するよう呼びかけた。インドは、ロヒンギャ虐殺に関して当初スー・チー氏が沈黙したことについても、また、軍事政権が彼女を権力の座から追放するクーデターを起こしたことについても、批判に加わらなかった。

 ミャンマーは、中国、インドと国境を接している。中国がミャンマーの側につく限り、インドがミャンマーにおける民主主義を支援するには条件がある。インドは地政学的に重要なこの国に対して、直接的で重要かつ具体的な利害関係を有するため外交政策の計算を欧米に外注するつもりはない。さらなる利害要因としては、ミャンマーを本拠地として活動する反インド武装勢力に対する越境攻撃の許可、イスラム・テロを抑止するためのミャンマー国軍との協力、ロヒンギャ難民に対処するためのミャンマーおよびバングラデシュとの協力などがある。

 日本はミャンマーに多額の投資を行っており、最大の援助国である。2月のクアッド(Quad)首脳オンライン会議の後、茂木敏充外務大臣はTatmadawに対し、「ミャンマーの民主的な政治体制の早期回復」を要求した。しかし、中国、日本、インドは歴史的に、原則性と慎重性の見地から、国家運営の手段として制裁を用いることに慎重な姿勢を取ってきた。制裁は世界の政治的な相違を兵器化するものであり、大概は効果がなく、時には逆効果である。厳しい制裁は人々に苦痛を与え、ミャンマーを中国に依存する国家にするだろう。

 利益や利害関係、価値観の優先順位が異なるため、インド太平洋地域の民主主義国の非公式グループであるクアッドが、民主主義の回復を求めて圧力をかけることは困難になっている。インド自身も、英国、米国、スウェーデンの独立した民主主義評価機関において民主主義の赤字が拡大していると指摘されている。

 国連のトップリーダーは、欧米の世界観、手法、役職者が多数派であり、例えばスイスの外交官クリスティーネ・シュラナー・ブルゲナーがミャンマー担当特使を、元米国下院議員トム・アンドリュースがミャンマーの人権状況に関する特別報告者を務めている。こういった理由から、国連は、アジアにおける危機を理解し、アジア人の中に受容力のある人々を見つけ、積極的な紛争解決の役割を果たすためには不十分である。

 最大のステークホルダーは、1997年にミャンマーを加盟国として迎え入れたASEANである。ASEANはかつて、欧米の批判と敵意から軍事政権を保護し、国際制裁からの緩衝材を提供した。ASEANは、サイクロン「ナルギス」による被害の後、水面下で密かにミャンマーに外国からの被災者支援の道を開き、ラカイン州の危機を解決するために助力した。そして、ロヒンギャ避難民の帰還をめぐる話し合いを行っている。

 軍幹部らはASEANの申し出に反応を示し、制限を緩和し始め、限定的な民主主義の行使を許可したが、その一方で文民政権における軍部の特権的役割を形成した。2人のアジア人国連上級職員も、ミャンマーが孤立状態から脱するために決定的な役割を果たした。パン・ギムン国連事務総長とビジェイ・ナンビアル国連事務総長室官房長である。しかし、一つの国に二つの政府が並行して存在する体制は、自らの矛盾の重みにより崩壊した。

 この危機に対する欧米のおおむねの反応は、過去のほとんどの地域的危機に対する反応と同様に、ASEANの非難されるべき点は有効な措置の欠如だというものである。2021年2月1日と3月2日に発表されたASEANの議長声明は、欧米の批判に対してあまりにも弱腰だった。インドネシア、マレーシア、シンガポールは、平和的抗議者への武力行使を最も厳しく非難したが、全てのASEAN首脳が軍幹部への関与が必要であることで合意した。インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、努力の最前線に立っている。結局のところASEANは、閉塞や不作為を批判されるよりも、解決の可能性を模索するためには最も適した話し合いの場なのである。

 キショール・マブバニ元シンガポール国連大使が主張する通り、ASEANの弱みこそが強みである。ASEANは、誰にとっても脅威ではなく、誰からも信頼される。ASEANは、危機を調停し、Tatmadawを正当化することなく彼らの関与を引き出すとともに、軍部を疎外することなく政権与党と国民の関与を引き出す主導的な役割を担うべきである。ASEANの周旋により、さまざまな当事者を話し合いの座に就かせ、国連や他のパートナーをファシリテーターとして迎えて、危機から抜け出す道を模索することができるだろう。外部の主要国は、ASEANの主導的役割を支持し、これ以上の流血を招くことなく政権の座を明け渡すよう軍幹部を説得するために協力するべきである。

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員。R2Pに関わる委員会のメンバーを務め、他の2名と共に委員会の報告書を執筆した。近著に「Reviewing the Responsibility to Protect: Origins, Implementation and Controversies」(ルートレッジ社、2019年)がある。