Climate Change and Conflict アンゼルム・フォグラー  |  2025年02月01日

気候変動が引き起こすバヌアツとグアムにおける人間の安全保障の欠如

 気候危機は、人間の福祉を深刻な危機にさらしている。気候と安全保障のネクサス(関連性)が国家安全保障戦略国際機関のアジェンダで広く取り上げられる一方、政治的対応は依然として不十分であり、多くの場合は問題をはらんでいる。とりわけ、関連政策はサイロ化や、根本原因ではなく症状に焦点を当てるといった問題に苦慮することが多い。

 気候変動が人間の安全保障にもたらす中核的課題に対処するために、「気候安全保障の緊急実践」は、二つの文脈に配慮しなければならない。第1に、現地の政治的・経済的な事情が、環境変化のプロセスがどのように人間の安全保障の欠如へとつながっていくかを左右する。第2に、気候変動は、地球上で人間の安全保障を危険にさらすいくつかの生態学的プロセスの一つに過ぎないという点である。

 この点を裏付けるため、筆者が最近発表した論文では、バヌアツとグアムを取り上げ固有の政治的・経済的な背景において、人間の安全保障の欠如に至る経路を明らかにしている。太平洋の両島嶼はいずれも、海面上昇や異常気象の激化といった気候変動に直面している。しかし、それがどのような形で人間の安全保障の欠如へとつながっているかは、それぞれの地域固有の政治的・経済的な文脈によって異なっている。つまり、類似した気候変動の影響であっても、両島での帰結は異なるものとなる。

 例えば、経済的な相違があれば、気候変動による食料安全保障への影響も異なる。バヌアツでは、ほとんどの住民が自給自足農業に従事している。このような経済的背景のもとでは、海面上昇と熱帯暴風雨は、現地、特に農村部の作物を破壊することによって、直接的に食料供給を途絶させる可能性がある。また、メラネシア諸島の食習慣は変化しつつあり、低品質の輸入食料への依存が高まっている。このような傾向は、災害救援の副次的作用として増幅されているように見える。

 それとは対照的に、グアムでは米国経済への支配的な植民地的統合により、ずっと以前から輸入された加工食品中心の食生活を強いられてきた。従って、食料不安は異なる形で生じ、むしろ不安定な形の経済統合に起因して生じる。ある調査によれば、回答者の2人に1人は十分なお金がなかったために食料の代金を支払えなかったという経験があり、また、食事の質は不十分であることが分かった。特に果物と野菜の摂取量の比率は著しく低く、また、太平洋島嶼民における非伝染性疾病に起因する死亡率は世界的に極めて高い。このような文脈において、気候変動はむしろ状況を悪化させる要因である。異常気象の被害を受けるような食料生産はほとんど行われていないものの、超大型台風「マーワー」は、避難民の発生食料価格の高騰という形で食料安全保障を脅かした。また、島嶼国の観光経済は、これらの暴風雨によって脅かされているほか、海洋温暖化が島のさんご礁にもたらす追加的リスクによっても脅かされている。これは、島民の生計にとって重大な脅威となっている。

 グアムとバヌアツの政治的地位の違いも、気候変動がこれらの島でどのように人間の安全保障の欠如につながるかに影響を及ぼしている。1980年に独立を果たして以来、バヌアツは主権国家である。そのため、バヌアツは気候変動に関する意見を国際フォーラムで発言することができる。しかし同時に、国民が島を離れる際の行先や手段が制限される要因にもなっている。移住は気候適応戦略としてあり得るが、ほとんどのバヌアツ国民にとっての選択肢は、労働移住プログラムに参加してオーストラリアやニュージーランドに一時的に移住し、低賃金の非熟練労働に従事することに限られる。こうしたプログラムは知識移転をもたらし、気候適応を支援することはできるが、一方でバヌアツの「頭脳流出」を引き起こし、移住先の国で労働移民を問題のある労働環境にさらすとして批判されている。

 それに対し、グアムは主権国家ではなく、米国の自治的未編入領土である。そのため住民は、米国籍とそれに伴う国際的な移動の特権を付与されている。このような政治的地位は移動を容易にし、米国本土内に大規模なディアスポラ集団を生み出してきた。しかし、政治的依存と引き換えに、グアムは気候政策を論じる国際舞台で制度的な発言権を持たず、「米国内の気候変動対策において周縁的」であり続けるという大きな代償を払っている。

 グアムの事例はまた、気候変動が単に人間の安全保障の問題として取り組むべき環境危機であるだけではないことを示している。グアムの経済的・政治的統合は、外来種の侵入を可能にした。これらは島の生態系に深刻な影響を及ぼしている。例えば、ミナミオオガシラというヘビは在来鳥類をほぼ絶滅させ、ココナッツカブトムシは在来樹木を食害している。このような生態系への被害は、「場所、自己、帰属」における人間の安全保障の側面に影響を及ぼす。なぜなら、例えば鳥類は先住民のチャモロ文化において重要な役割を果たしているからである。環境保護における罪は、地域経済と過度な軍事化がもたらした、よりいっそう直接的な結果である。最後に、予備調査の結果から、グアムにおいて「過去および現在進行中のアスベスト曝露」があることが示唆されている。

 筆者が行ったバヌアツとグアムにおける人間の安全保障の欠如に関するインタビュー調査の結果から、二つの結論が導き出される。第1に、本調査は、気候変動が人間の安全保障のほぼ全ての側面に影響を及ぼしていることを示している。例えば、気候変動は、食料安全保障、国際的な労働移住、政治・経済に関連した状況など幅広い問題と絡み合っている。従って、ほぼ全ての政府部門は、気候変動と人間の安全保障の相互作用を検討する必要がある。

 その一方で、第2に、人間の安全保障に対する気候変動のほぼ全ての影響は、現地の事情との関係で形成される。バヌアツとグアムを比較することによって、現地の政治的・経済的文脈の重要性が明らかになった。従って、気候変動への適応政策が効果を発揮するには、その地域の構造的文脈に対処する必要がある。気候に関連する人間の安全保障の欠如をめぐっては現地の複雑な事情があるため、われわれ外部の関係者は、偏見を持たずに理解しようという意欲を持ち、バヌアツやグアムを守ろうとしている現地のアクターと敬意をもって協力することが必然的に求められる。

アンゼルム・フォグラー(Anselm Vogler)博士は、ハーバード大学の博士研究員で、国際関係論および(批判的)安全保障論の新進研究者であり、環境的平和・紛争研究を専門とする。これまでに、ハンブルク大学で博士号を取得し、メルボルン大学およびエルサレムのヘブライ大学で勤務した。人間の安全保障、NDC(国が決定する貢献)および国家安全保障戦略における気候安全保障の枠組み、気候と防衛の関連性に関する彼の研究は、“International Studies Review”、“Political Geography”、“Journal of Global Security Studies”、“Global Environmental Change”などに掲載された。