Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ラメッシュ・タクール  |  2022年07月19日

プーチンの脅しは核不拡散体制にどれほどのダメージを与えたか?

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 この記事は、2022年7月18日に「The Strategist」に初出掲載されたものです。

 ロシアによるウクライナ侵攻は、核兵器をめぐる世界の言説にすでに重大な影響を及ぼしていると言ってよいだろう。先月ウィーンで開催された核兵器禁止条約第1回締約国会議の審議において、ウクライナにおける戦争は、抑止力としての、また強制外交の手段としての核兵器の有用性と限界、核兵器を放棄したことの見識、核兵器を獲得することまたは他国の核の傘下に入ることへのインセンティブ、そして何より、誰も望まず、誰もが恐れる全面核戦争という激烈なリスクに大きな影を投げかけた。

 そのため、このことは第1の、そしてある意味では最も重要な教訓といえる。ロシアと米国が備蓄する11,405発の核兵器(全世界の合計の90%)の存在は、危機の安定化と緊張緩和に役立つどころではなく、ウクライナ戦争の危険と脅威を増大させている。

 会議閉会の翌日にウィーンで開催されたイベントで私と同じ壇上に並び、会議のホストおよび議長を務めたアレクサンダー・クメントはいかにも誇らしげに、締約国によって採択されたウィーン宣言(および50項目の行動計画)は、多国間で取りまとめた文書としては並外れて強力なものとなったと述べた。それは、活動家的な文章でもなければ、陳腐な決まり文句を並べたつまらない声明でもなく、この新条約の重大さをはっきりと示す宣言だった。

 一部の国々はウクライナにおけるロシアの行動を厳しく非難することを求めたが、ウィーン宣言はより中立的で偏りのない論調を採った。第4項および第5項において、締約国は、「核兵器を使用するという脅しと、ますます声高になる核のレトリック」に対する懸念と失望を表明した。そして、「明示的か暗示的かを問わず、また、いかなる状況であれ、あらゆる核の脅し」を、そして、平和と安全を守るのではなく「強制、威嚇、緊張増大につながる政策の手段として」の核兵器の利用を、明白に非難した。

 ソ連崩壊後にウクライナが核兵器を放棄していなければ、ロシアはウクライナを攻撃して分断しようとはしなかっただろうという主張は、2014年のユーロマイダン革命やクリミア併合の頃から散々言われてきたことである。この主張は、本格的な吟味に耐えうるものではない。米国とNATOの一部同盟国(過去には韓国も)の核共有協定と同様、その核兵器の所有者はホスト国ではなくロシアであり、独占的な運用管理および発射の権限を保持していた。

 国連安全保障理事会の5常任理事国は、核不拡散条約の下で認められた核兵器国であるが、そのうちの1カ国たりとも、戦略核兵器1,900発、戦術核兵器2,500発を備蓄する核兵器保有国の出現を許容しなかっただろう。これは、英国、中国、フランスの合計備蓄量の数倍にも上る。ウクライナは、国際的な除け者国家となり生き残りに苦闘したであろうし、地域の歴史全体も大きく異なるものとなっていただろう。従って、2014年と2022年の出来事を抑止できていたはずだという主張は、反事実的想定として信頼に足るものではないのである。

 戦争が始まって5カ月、核兵器に関して私が最も目を見張ったことは、核兵器にはまったくと言っていいほど有用性がないということだ。ロシアには、1945年以降欧州最大の地上戦のなかで、6,000発近い核爆弾が備えとして存在しウクライナには皆無であるのに、そのことによってウクライナを威嚇し降伏させることには失敗したのである。キーウは、果敢に領土を防衛するという任務に邁進しており、強制外交の手段たりえなかった核兵器が軍事的に使用できるわけはないと確信している。ロシアの評判は、すでに違法な侵略により深刻なダメージを負っており、もし核兵器を使用すれば完全に失墜するだろう。また、ロシアは、放射性降下物から自国の軍隊も、ウクライナ国内のロシア語圏も、さらにはロシア本土の一部も守ることができないだろう。

 確かにウラジーミル・プーチン大統領は、自国の恐るべき核兵器のことを繰り返しNATOに思い出させ、核兵器を公然と「特別警戒」態勢に置き、部外者があえて介入するなら「予測不能な結果」を招くだろうと警告した。そのいずれも、NATOによるウクライナへの武器供与を阻止することはできず、武器はますます殺傷力が高くなり、どうやら非常に効果が高いようで、ロシア軍に大きな犠牲をもたらしている。

 もちろん、NATOは自らの地上軍を派遣することも、ウクライナ上空に飛行禁止区域を宣言することも控えている。しかし、このような警戒がどれだけロシアの核能力を考慮した結果であるのか、また、NATOが冷戦終結以降にアフリカ、中東、アジアで行った軍事活動の失敗という内面化された記憶にどれだけ起因するものなのかは、議論の余地がある。小規模な地域レベルの敵対国に対するこのような軍事行動は、大概の場合、変動性、暴力、地域全体の不安定性を劇的に悪化させている。たとえ戦地で軍事的勝利が得られても、広大なロシアの大地に大混乱を引き起こしたいと誰が思うだろうか? ナポレオンとヒトラーの破滅的な誤算も、核兵器があろうとなかろうと、ロシアとの直接的な軍事衝突に突入することをためらわせる役割を紛れもなく果たしているだろう。

 しかし、ウクライナ危機は、核軍備管理と核軍縮を推進するすでに弱体化した努力にさらなるダメージを与える可能性がある。ロシアは、ウクライナが核兵器を放棄する見返りとしてウクライナの領土の保全と国境を尊重するという1994年ブダペスト覚書に基づく誓約を、明らかに破っている。

 これでは、184カ国の非核兵器国は、自国の安全保障上の懸念について安心できないだろう。逆に、北朝鮮は、核武装の道を突き進んだのは戦略的に先見の明があったという思いを強くするだろうし、イランも同じ道を進む意欲を得るだろう。すでにNATOと太平洋地域の同盟国の間では、保険として核共有協定に加わることについて再び議論が行われている。領土内に米国の核兵器が存在すれば、たとえその管理統制権を米国が握っていても、現実的に新たな状況をもたらし、攻撃に対抗する仕掛けの役割を果たしてくれると考えるからである。

 また、フィンランドとスウェーデン(後者は核軍縮を積極的に推進し、前者は過去に地域の非核兵器地帯を推進していた)がNATOに新たに加盟する国になることは、歴史の皮肉のさらなる証明である。なぜなら、別の記事で論じたように、NATOが東方拡大をやめなかったことがウクライナにおけるロシアの行動の大きな理由だからである。そして今度は、NATOのバルト諸国への北方拡大が、ロシアによるウクライナ侵攻の大きな結果となるわけである。

ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を務め、現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長を務める。近著に「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」 (ルートレッジ社、2022年)がある。