Contemporary Peace Research and Practice アミン・サイカル  |  2022年10月27日

イランの政治体制は綱渡りの限界に来たのか?

 この記事は、2022年10月20日「The Strategist」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

 イランの最高指導者アヤトラ・アリ・ハメネイは、過去数週間にわたりイランを揺るがしている大規模な騒乱を扇動しているとして西側諸国を非難した。しかし、彼の訴えはもはや聞き流されている。当局の強硬な取り締まりにもかかわらず、デモ参加者の数は膨れ上がっている。イスラム政権は、1978~79年の革命でモハンマド・レザー・シャーによる西側寄りの独裁政権が倒れた後に誕生して以来、正当性が問われる最も深刻な危機に直面している。

 騒乱は、22歳のマフサ・アミニがヒジャブを適切に着用していなかったとして道徳警察に逮捕され、拘束中に死亡したのを受けて、9月16日に始まった。アミニはイランの少数派クルド族の出身である。政権は、アミニが心臓発作で死亡したと主張するが、家族は彼女が健康だったと断言し、道徳警察が暴力をふるって死なせたと訴えた。ほぼ前例のないことだが、多くのイラン人女性が公然と自らのヒジャブを燃やし、神権政治的な服装規定の押し付けからの解放を要求した。

 しかし、アミニの死は、ヒジャブへの抗議をはるかに超える変化を引き起こした。それは、貧弱な統治、経済低迷、社会的格差、構造的腐敗、聖職者への権力集中、説明責任や透明性の欠如に起因する、イラン社会の多くの層が抱える根深い不満を呼び起こしたのである。米国による制裁、コロナ禍、そして、イランが多額を費やす多くの代理勢力への支援(イラク、シリア、レバノン、イエメンにおいて最も顕著)もイラン国民に深刻な負担を招いており、彼らの生活状況は、石油と天然ガスが豊富な石油大国としてのポテンシャルにはまったく見合わないものである。

 イラン・イスラム共和国の歴史上初めて、女性たちが抗議運動の先頭に立った。しかし、この騒乱は、社会の幅広い不満を表出するはけ口となった。体制に反対する多くの知識人や専門家、さらには貧困ライン以下の生活を送る40%に属する人々が、抗議運動に参加した。最近参加したグループは、一部のバザール(イランの経済的・社会的秩序を伝統的に支えてきた小事業主たち)と石油・石油化学産業の労働者たちである。

 そもそも、中東のパックス・アメリカーナの主柱であったシャーの独裁政権を倒したのは、こういった勢力が集合した結果である。彼に対抗する革命の先頭に立った人々は基本的に、イランが親民主主義的な変容を遂げて立憲君主制に移行することを望んでいた。しかし、彼らの運動は虹のように発生した現象であり、統一的なリーダーシップや組織構造を欠いていたため、シャーと背後の米国を長年批判してきたアヤトラ・ホメイニが、主流宗派シーア派の支持を得て、1978年後半までに革命運動を支配することができた。1979年1月中旬にシャーと米国がイランにおける権力放棄に追い込まれると、ホメイニは14年間の国外亡命からイランへの帰還を果たし、国民の熱狂的歓迎を受けたのである。

 しかし、多くのイラン人の期待に反し、ホメイニはこれをイスラム革命と宣言し、自らの信仰観に沿ってイランの国内政策や対外政策の強制的なイスラム化を進めた。彼は、2,500年続いた君主制を廃止し、イランはイスラム政権を頂くイスラム共和国であると宣言し、米国を「大悪魔」と糾弾し、イスラエルを違法な占領者と断じ、スンニ派が優勢な地域に革命を輸出するよう呼びかけた。彼が確立した宗教秩序は、1989年の彼の死後も、後継者によって嬉々として受け継がれた。ハメネイは、イスラム的に認められ、しかし選挙で選ばれた従属的な大統領たちに絶大な宗教的かつ立憲的権力をふるい、ホメイニが残したイデオロギー的かつ現実的な枠組みの中で体制の存続を確保してきた。

 このようにして革命の本来の目的は損なわれ、代わりに実現したものは政治的多元主義の神権秩序として浮上した。支配的な聖職者階層の強硬派が強権支配を追求し、組織や個人のいかなる異議も認めず、実現可能ないかなる代替案も抹消するなか、このような神権秩序に対する国民の支持は徐々に失われた。時が経つにつれ、いまやイランの人口8,500万人の約70%を占める革命後世代の大部分が、革命の記憶もイスラム統治体制への堅固な献身も持たないことを、政権側は理解していなかった。

 支配層の聖職者たちは、自分たちの存続は、自分たちが作り上げ、今もなお支配している体制の存続と直結しているということを知っているため、この騒乱を何としてでも鎮圧しようと腹を決めている。そして彼らは、国家権力の最も強大な力、特にイスラム革命防衛隊とそれに従属する準軍事組織バシジに対する支配力をもってすれば、そうすることができる。

 その一方で、抗議者たちは体制転換を求めており、目的を達成するという決意を固めている。しかし、彼らは実効力のあるリーダーシップや組織的な力を欠いており、厳しい闘いに直面している。それは、シャーに対抗し、ホメイニとその支持者らに主導権を奪われた彼らの先達と同様である。

 状況はいまや長期化し血なまぐさい闘争になろうとしており、不確実性と予測不能性が日常化している。イランは、今日の複雑化した地域情勢や国際情勢における重要なプレイヤーである。イスラム政権は、米国やその地域同盟国、とりわけイスラエルによる圧力に対抗するために、中国やロシアとイランの結びつきを強化してきた。イラン解体ということになれば、その影響はこれまでの想定よりはるかに大きなものとなる可能性がある。

アミン・サイカルは、西オーストラリア大学で社会学の非常勤教授を務めている。著作に “Iran Rising: The Survival and Future of the Islamic Republic”があり、“Iran and the Arab world: a turbulent region in transition”の編者である。