Climate Change and Conflict イアン・フライ  |  2021年12月07日

グラスゴー気候変動会議: コップは半分空

Image: Oleg Belkovskiy/Shutterstock

 グラスゴー気候変動会議、通称COP(コップ)26は、多くの人にとって大きな失望をもたらすものだった。英国政府は多くの約束をしたが、石炭火力の段階的廃止への言及をめぐる土壇場での紛糾は、多くの人にとって後味の悪いものとなった。グラスゴーは、世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5°Cに抑えるというパリ協定の目標に向けて国際社会の方向性を定めるチャンスだった。太平洋の小島嶼開発途上国にとって、グラスゴー会議は、気候変動に対するグローバルな行動を促す転換点となるはずだった。

 中国とインドの強い要請により、土壇場で会議の全体決議(グラスゴー気候協定と呼ばれる)が変更され、「石炭火力発電の段階的廃止」という文言が削除され「排出削減対策が取られていない石炭火力発電の段階的な削減」に置き換えられたことは、多くの人に、世界は本気で気候変動に取り組む気があるのだろうかという気持ちを抱かせた。

 この文言変更の背景にあるストーリーは重大であり、考察に値する。インドと中国は、1990年に気候変動交渉が始まって以来一貫して、排出量を削減し気候変動に取り組む主要な責任は先進国にあると主張してきた。この考え方は国連気候変動枠組条約の「それぞれ共通に有しているが差異のある責任、各国の能力」という文言に明確に盛り込まれている。インドと中国は、自国の開発は全人口に安価な電力が供給されるかどうかにかかっていると主張する。現時点で、石炭火力発電はこの開発戦略の主要な要素であるようだ。言うまでもなく、他の多くの開発途上国は、気候変動の影響に対して極めて脆弱であり、石炭や他の化石燃料の段階的廃止が自国の開発と存続にとって不可欠だと考えている。

 他の開発途上国にとって、安価な電力に至る道は、別の方向に進むことである。COP期間中、南アフリカ、ドイツ、英国、米国、EUは、南アフリカの経済、特に電力供給部門における脱炭素化を目指す公正なエネルギー転換のための国際パートナーシップを締結した。85億米ドルの資金を投じ、20年間で排出量を1~1.5ギガトン削減し、低排出で、気候レジリエンスのある経済への移行を目指す。インドと中国が文言をめぐって騒いでいる陰で、南アフリカは彼らの未来のために重大な取引を着々と進めていたようである。他の人々より上手に振る舞うことを知っている人々もいるものだ。

 そうはいっても、米国と中国も、2020年代の気候行動強化に関する米中グラスゴー共同宣言と呼ばれる協定を締結した。宣言の大部分は願望的な内容で、いずれの側の重要な協働努力も約束されていない。

 最後に、「排出削減措置を講じていない」という言葉についてひと言述べよう。この言葉は、「化石燃料への非効率的な補助金の段階的廃止」の「非効率的な」と同様、米国の法律家たちが持ち込んだようである。グラスゴー気候協定にも、この言葉が使われている。気候変動交渉における言葉の推敲を研究し、実践している者から見ると、この二つの言葉は、石炭や化石燃料への補助金を廃止することにあまり乗り気でない人々にとって、解釈の余地が非常に大きい表現である。「排出削減措置を講じていない」という言及は、石炭火力発電と炭素回収・処分技術を使用したいと思っている人々への承認である。一方、化石燃料への「非効率な」補助金という言及は理解し難い。化石燃料への効率的な補助金ならまだ大丈夫という意味だろうか?

 メディアの大々的な報道に反して、グラスゴー気候協定は、COP26の注目すべき唯一の成果ではない。パリ協定の「ルールブック」が完成し、協定の全面的実施が可能になったのである。パリ協定の炭素市場(第6条)に関するルールが完成したことは、重要な成果である。それにより今や、1.5°Cの目標達成に向けた取り組みを強化するための市場を促進する手段として、国同士が排出削減量を取引する方法が導入された。ただし、これは理論的な話である。コンセンサスによる意思決定に基づいて国際的に合意された一連のルールがどれもそうであるように、悪魔は細部に宿るのである。全員が勝つわけでもなく、全員が負けるわけでもない。これは妥協のプロセスである。この炭素取引協定には、重大な抜け道が存在する。例えば、ブラジルが強く主張したため、京都議定書に基づいて2020年より前に発行された炭素クレジットを2020年以降の新たな炭素市場に移管することができるようになった。これは需給バランスに大きな影響を及ぼし、市場を弱体化させる可能性がある。

 各国がパリ協定に基づく国別目標(「国が決定する貢献」<NDC>)の達成努力を報告する方法に関するルールも、グラスゴーで合意された。これは、「強化された透明性枠組み」(ETF)と呼ばれる。これによって、鋭い目をもった人々は、誰が排出量削減に本気で取り組んでいるか、誰が制度の抜け道を利用しようとしているかを見張ることができるようになった。今後に注目である。

 グラスゴーでは、損失と損害の問題も大きな論争の的となった。開発途上国は、損失と損害に関する新たな補償制度を設立する案を提出した。これは、米国によって全面否定された。このような制度を設立すれば、世界最大の温室効果ガス汚染国がもたらした損害に対する補償責任を認めることになると考えているのである。制度案は、日の目を見ずに終わった。この制度が実現するには、いっそう厳しい交渉が必要だろう。

 各国がパリ協定のルールをめぐって論争を繰り広げる一方で、諸団体、企業、一部の政府は、公式な国連プロセスの外で多くの興味深い誓約、宣言、協働を行っていた。これらには、森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言、ビヨンド石油・ガス連合、ファースト・ムーバーズ・コアリション、国際航空気候野心連合、グリーン海運回廊の開設を目指す「クライドバンク宣言」などがある。恐らく最も注目するべき成果は、ネットゼロのためのグラスゴー金融連合である。この連合は、金融部門が一致団結してネットゼロ経済への移行を加速することを目的としている。95を超える金融機関がこの連合に参加している。これがグローバル経済の脱炭素化を目指す真の努力なのか、気候変動の影響に関する株主や一般の人々の増大する懸念を和らげるための見せかけに過ぎないのか、今後を興味深く見守りたい。

 もう一つの注目するべき誓約は、17億米ドルを拠出して先住民族や地域コミュニティーを支援し、生物多様性に富む熱帯林の保護を目指す、英国、ノルウェー、ドイツ、米国、オランダ、そして17の資金提供者による宣言である。資金提供者たちによれば、これは、土地保有制度を強化し、先住民族と地域コミュニティーの土地保有権と資源利用権を保護するために用いられる。

 脆弱な太平洋島嶼国から見ると、グラスゴー会議は、パリ協定で定めた1.5°Cの目標を達成する方法について決定的な宣言を出すことができなかった。英国政府がCOP議長国としての1年間に、グラスゴーで達成できたものよりはるかに多くのことを実現するかどうかに、全ての目が注がれる。現時点で、コップは半分空である。但し書きや難解さの余地を与えることのない新たな約束によってコップがいっぱいになることを期待しよう。

イアン・フライ博士は、1997年のCOP3以来、ツバル政府派遣団の一員として気候変動交渉に参加してきた。2015年にツバル政府の気候変動・環境大使に任命され、2019年まで同職に就いた。COP26にはソロモン諸島政府の顧問として出席した。オーストラリア国立大学フェナー校環境・社会学(Australian National University’s Fenner School of Environmental and Society)の非常勤講師も務めており、国際環境政策を専門としている。また、国連太平洋地域代表として国際環境法委員会に参加している。