Contemporary Peace Research and Practice ハルバート・ウルフ  |  2021年09月24日

ポスト・メルケル時代のドイツ政治

Image: European People's Party/Flickr

 2021年9月26日、ドイツの連邦議会は4年の任期満了をもって総選挙を迎える。最大の変化は、新内閣が16年近く首相を務めたメルケル首相抜きで組織されることが確実なことである。多くの人が「メルケル主義を超えた」政治について憶測を巡らせるのも、不思議はない。現在の世論調査を見ると、非常にさまざまな連立の可能性があるためなおさらである。これらの世論調査によると、現在の連立「グロコ」(大連立)が続投する可能性もあるが、両党(キリスト教民主同盟と社会民主党)内のムードはお互いにうんざりといったところで、有権者の大多数は経済停滞に疲弊している。キャッチワードは、「kein weiter so(いいかげんにしてくれ)」である。

 そのため非常にさまざまな連立の可能性が考えられるが、起こりそうなシナリオは二つある。一つは、社会民主党が首相を出し(現副首相のオラフ・ショルツ)、緑の党と自由民主党または左翼党と組むというもの。もう一つは、キリスト教民主・社会同盟が首相を出し(党首のアルミン・ラシェット)、緑の党と自由民主党と組むというもの。緑の党が主導権を握って首相を出す(共同党首のアンナレーナ・ベアボック)という三つめのシナリオは、目下の世論調査によると起こりそうもない。連立政権は、少数党政府とは違い、ドイツではいたって普通のことである。

 各党の選挙公約と実績にはいくつかの明らかな違いがあるものの、結果が決まっていることもいくつかある。

 第1に、右翼政党AFD(ドイツのための選択肢)は、現時点で獲得議席10~11%と見込まれ、孤立状態が続くだろう。一部の欧州諸国の状況とは異なり、ドイツでは、右翼政党とその外国人排斥的な公約に協力する他の政党はない。

 第2に、アンゲラ・メルケルは、強力な欧州連合(EU)支持政策を具体化してきた。誰が首相になろうと、新政権も欧州の重要性を強調することは間違いない。メルケル時代に欧州が直面した四つの危機(2008/2009年の金融危機、2015年の移民急増、2020年のブレグジット完了、そして現在の新型コロナ・パンデミック)は、欧州協調の必要性を如実に示している。欧州のどの国も、これらの危機を単独で乗り切ることはできなかっただろう。しかし、典型的な、そしてしばしば称賛されたメルケルのコンセンサスに基づく政策アプローチ、何とか現状を維持するというやり方は、もはや十分ではない。現在の状況は、EUにとって重要な分岐点と思われる。

 “Beyond Merkelism”(メルケル主義を超えて)と題する近頃の研究について、共著者のピョートル・ブラスは英「ガーディアン」紙に、「……欧州が現在直面している課題、つまりパンデミック、気候変動、地政学的競争には、表面的な変化ではなく、抜本的な解決が必要だ。EUは、先見性を備えたドイツを必要としている」と語った。ドイツの新政権が強力なリーダーシップを発揮するかどうかは、まだ分からない。EUと世界におけるメルケルの評判と肩を並べるのは容易ではない。EU内の多くの問題が、メルケル時代に未解決のままとなっている。移民への対応については、「欧州要塞」の強化に留まらない、受け入れ可能な共通政策に到達しようとEUは何年間も努力しているが、うまくいっていない。また、法の支配の堅持と報道の自由の保障は、特にポーランドとハンガリーにおいて不確かになっている。EUの追加加盟国に関する決定、特にバルカン諸国に関する決定は、あまりにも長く先送りされている。上記の研究では、「逆説的ではあるが、多くの欧州関係者の期待を満たすためには、ベルリンはこのような信頼を生み出したメルケル主義の原則を見直す必要があるだろう」と結論づけている。

 第3の政策分野、気候変動においては、ポスト・メルケル時代に強力かつ革新的なドイツの政策が期待される。すべての当事者が、即時の強力な措置の必要性を強調し、2015年のパリ気候協定は十分に野心的ではないとしている。アプローチには違いが残る。特に、緑の党は政策の抜本的な変更を強く求めており、革新的かつ大規模な気候投資を訴えている。一方、自由民主党は引き続き市場原理の力を強調している。メルケルが所属するキリスト教民主同盟は、気候政策についてはリップサービスに留まることが多いが、同党ですら、より意欲的な政策が必要だと認識したようである。この夏にドイツで発生し、200人近い死者を出した壊滅的な洪水は、どうやらより野心的な政策を約束する後押しとなったようである。

 第4に、安全保障政策は常に政治の主流を占め、おおむね争う余地のない分野であるため、引き続き非常に安定した政策分野である。驚くべき点は、ドイツも大きな役割を果たしたアフガニスタンでの20年にわたる戦争の後、NATOは近頃大敗北したというのに、安全保障政策の基本要素は一切疑問視されていないことである。ドイツ国民の間では、軍事介入への支持は決して高くなかった。したがって、過去のアプローチに対する見直しがなされてもおかしくはない。しかし、これまでのところ、NATOの将来的役割に関する本格的な議論はなされていない。NATOへの加盟と多額の資金拠出は、疑問視されていない。この点、平和主義の左翼党は例外であるが、来たる総選挙で見込まれる獲得議席は6~7%に過ぎない。

 トランプ時代の欧米関係で不穏な状況を経験した後の反応の一つは、EUの戦略的自律または主権を求める声である。この目標は50年以上にわたってEUのアジェンダあり続けてきたが、アフガニスタンで欧州諸国の政府が離脱の時期と条件について打診すらされなかったという経験によって、状況は悪化している。各国政府は、バイデン政権の決定を受け入れるしかなかった。そのため、ドイツの新政権はフランスとEU委員会が訴えるEUの役割強化を、メルケル政権よりも真剣に受け止める可能性が高い。EUは、ハードパワーへの投資を拡大する構えである。社会民主党の首相が選ばれれば、EUの軍事態勢が重視されるとともに、おそらく軍備管理を訴える声が広がるだろう。それと同時に、われわれは過去の経験から、ドラスティックな変化よりも徐々に変化が起こる可能性のほうが高いことを学んでいる。

 ロシアとの複雑な安全保障関係においても、選択肢は限られているため抜本的な変化は期待できない。制裁の強制力や、ロシアのクリミア併合とウクライナ東部でのハイブリッド戦争といった懸案事項についてウラジーミル・プーチンの権威主義政権と協議する意欲については、さまざまなニュアンスがありえる。米国と中国の地政学的競争において、ドイツの概念はEUの政策に緊密に沿っている。米国の対立的な対中姿勢に同意することへの危惧があり、各国政府は、中国に対してきっぱりとした姿勢で競争すると同時に、誠意をもって協力する道を探っている。ドイツの新政府が、その路線から外れることはまずないと思われる。

 では、新しい点、変化する点は、どのようなことだろうか? 気候政策を除けば、外交・安全保障政策ではほとんど何もないだろう。うんざり感や「いいかげんにしてくれ」という声にもかかわらず、過去の政策の継続が最も可能性が高い政治課題である。先見性のある外交・安全保障政策の不在を見ても、外野の世界は驚かないはずである。各党の主な違いは、税金、教育、社会福祉、雇用、住宅市場といった、ドイツの国内政策に関するものである。これらは、有権者の選好に影響を及ぼす政治的分野である。しかし、連立の可能性が複数あることを考えると、新政権が発足するまでにはかなり時間がかかるかもしれない。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。