Contemporary Peace Research and Practice アミン・サイカル  |  2025年03月10日

ガザの停戦: 当事国とその支援国にとっては正念場

 この記事は、「RSIS」に初出掲載され、執筆者の許可を得て再掲載されたものです。

 イスラエルとハマスの停戦の第1段階は、壊滅的な打撃を受けたガザ地区の人々と部分的にトラウマを受けたイスラエル国民にとっていくばくかの休息をもたらしたが、2025年3月1日にその期限を迎えた。米国が主導するイスラエルの提案は、当初の合意通り停戦の第2段階および第3段階に移行するのではなく、第1段階を6週間延長するというもので、ハマスはこれを拒絶した。

 冷静沈着な人々が多数派にならない限り、この状況では戦闘再開は避けられない流れだ。そうなればガザ地区の住民はさらなる苦難をこうむり、ハマスはこれ以上人質を解放しなくなるだろう。このような状況の最大の理由は、イスラエルによる焦土作戦の中をハマスが生き延びる能力を持っていることである。

 1月半ばに合意された停戦は、3段階に分けて行われるはずだった。第1段階と第2段階では、生存者と死亡者を含めて約100人の人質の解放と引き換えに数百人のパレスチナ人囚人の解放、そしてガザ地区からのイスラエル軍の完全撤退が行われることになっていた。第3段階では、ガザ地区の再建がなされることになっていた。第1段階の期間と条件は事前に交渉で決められていた。しかし、残りの段階の詳細については引き続いて決定することになっていた。

 ベンヤミン・ネタニヤフ首相が当初、極右連合政権崩壊のリスクを冒して停戦に同意したとき、彼は、イスラエルの15カ月にわたる軍事作戦によってハマスは戦闘部隊としての能力を失ったと確信していた。そのため、発見または解放した人質は十数人であったにもかかわらず、ハマス壊滅という彼が最も大きく掲げる目標を達成したと思い込んだのである。

 しかし、実際にはそうではなかった。停戦の第1段階で、ハマスは、十分に団結し、規律が取れ、装備の整った武装勢力、あるいはイスラエルやその支援国から見ればテロリスト・グループとして再浮上したのである。これは、ネタニヤフとイスラエルの最大の支援国である米国にとって、憂慮すべき事態にほかならない。

 ワシントンは、ネタニヤフが目標を達成できるよう、軍事作戦中は途切れることなく政治的、外交的、軍事的支援を行い、200億ドル相当の武器を供給してきた。米国は、イスラエルが多方面から非難され孤立している状況にもかかわらずそうした行動をとり、2013年10月のハマスによる恐ろしい攻撃と拉致に対するイスラエルのいわゆる「虐殺的」行為の共犯者であるとして非難されている。

 ネタニヤフは今、板挟みの苦境に直面している。一方では、未解放の人質の家族から愛する人の解放を確実にせよという圧力が、他方では、自身の個人的かつ政治的な野心、そして脆弱な連合政権の過激主義者の野心から、ハマスに対する戦争を再開せよという圧力が、絶えず彼にのしかかっている。ベン・グビール国家安全保障相はすでに連合政権を去り、ベザレル・スモトリッチ財務相も辞任をちらつかせている。

 ホワイトハウスの新たな主人であり、イスラエルの過去最高の友人であるドナルド・トランプ大統領によって勇気づけられ、ネタニヤフは、大統領の中東担当特使で不動産王のスティーブ・ウィトコフによる提案を受け入れた。第2段階に移行するのではなく、第1段階を延長し、残りの人質全員の即時解放を求めるというものだ。

 ネタニヤフは、恒久的停戦に向けた準備としてイスラエル国防軍(IDF)をガザ全域から撤退させることには乗り気ではなく、ハマスを完全に壊滅させるために戦闘を再開したがっている。ハマスに敗北を認めるよう圧力をかけるため、彼は、ガザ地区住民への人道支援を全面的に阻止した。住民の生存はそのような支援にかかっており、人権侵害と虐殺的行為に対するさらなる非難が巻き起こっている。

 統治勢力としてのハマスが存在しないガザ地区が再占領されれば、トランプ大統領が公言した計画が現実になる道筋も見えてくる。その計画とは、ガザ地区を米国が所有し、200万人以上のパレスチナ人を近隣のエジプト、ヨルダンなどに移住させガザを再建するが、その投資の大部分は米国政府以外の資金源から得るというものだ。地中海に面した素敵な不動産物件扱いである。

 ネタニヤフと彼を支持する過激主義者らは、トランプの重商主義的、植民地主義的な提案と言うべきものを歓迎している。しかし、カイロ、アンマン、そしてアラブ連盟諸国はこの提案を全面的に拒絶し、サウジアラビアはイスラエルとの国交正常化の条件としてパレスチナ独立国家の建国を求めている。しかし、トランプは、米国がエジプトとヨルダンに対して行っているそれぞれ年間18億ドルと17億ドルの援助パッケージを武器に、両国を従わせるつもりだとほのめかしている。

 イスラエルとアラブ諸国にとって、今はまさに正念場である。ガザ地区がこれ以上悲惨な状況になり、地域が不安定化するのを避けるためには、イスラエルが停戦の実施を第2段階および第3段階に進めることが不可欠である。また、アラブ諸国は、ガザ地区の再建と統治を可能にするため彼らが策定した、ガザ地区住民を退去させる必要のない実行可能な代替案を粘り強く訴える義務がある。

 3月5日に開かれたアラブ連盟の臨時首脳会談で承認された112ページに及ぶアラブ連盟の計画の要点は、530億ドルの費用を投じて数年をかけてガザを再建すること、改革を経たパレスチナ自治政府が統治を再開できるようになるまでハマスは無党派の暫定政権に権力を譲ること、少なくとも暫定統治期間は国連平和維持軍を派遣すること、そして、独立国家の建国に向けてイスラエルとパレスチナの紛争を解決するというものである。計画では、このプロセスを地域の平和と安定の基礎と見なしている。

 しかし、ハマスはこの計画を歓迎しているものの、イスラエルと米国はこれを実行不可能であるとして拒絶している。イスラエルは、この計画が「状況の現実」に目を向けておらず、「時代遅れの視点に根差しており」、イスラエルはトランプ案を支持すると表明している。ワシントンはドナルド・トランプ案の高潔さと実行可能性を支持し、「大統領は自らの構想を堅持する。それには、パレスチナ人の住民を追い出し、地区を米国が所有する『リビエラ』に変貌させることが含まれる」と強調している。

 一方、米国の人質問題担当特使アダム・ベーラーは、1997年以降ハマスを「テロ」組織とみなし直接交渉しないという長年の政策を破り、トランプの指示によってこの数日ハマスとの直接対話を行い、未解放の米国人およびイスラエル人の人質の即時解放を求める交渉を仲立ちしたが、ネタニヤフは事前にこれを知らされていなかったと、ワシントン・ポストは報道している。

 これは重要な展開であるが、それに続いてトランプはハマスに対し、「人質全員を今すぐ解放し、殺害した人々の全ての遺体を直ちに返還しろ。さもなければ、お前たちは終わりだ」と最後の警告を発した。彼はまた、ハマスをせん滅するためにイスラエルが必要とする全ての軍事的手段を米国は提供したとも述べた。ハマスにとって人質は唯一の交渉カードであるため、当初の停戦合意以外に人質解放の見通しは明るくない。ハマスは即座にトランプの最後通告を拒絶し、永続的停戦と引き換えに人質を解放すると述べた。

 トランプの提案もアラブ連盟の計画も複雑なシナリオを策定しているが、その間もガザ地区の人々は非人間的な極貧生活を送り続けている。ガザの住民を彼らの土地から追い出すことは国際法に対する違反であり、二国家解決に反していることを考えると、アラブ連盟の計画が優先されなければならない。トランプの計画、そしてガザ地区と西岸地区を併合しようというイスラエルの願望の執拗な主張は、阻止されなければならない。さもなければ、ガザ地区の危機は、さらなるパレスチナ人の苦しみと地域の不安定性を引き起こすことになる。

アミン・サイカルは、南洋理工大学(NTU)S・ラジャラトナム国際学院(RSIS)の非常勤上級研究員、オーストラリア国立大学の中東・中央アジア学名誉教授、西オーストラリア大学の社会学非常勤教授、ビクトリア大学の副学長特命戦略研究員である。