Contemporary Peace Research and Practice ラメッシュ・タクール  |  2022年02月19日

偽旗作戦とフェイクニュースの出会い: ウクライナ侵攻はどうなるか

Image: Kirill Makarov/Shutterstock

 この記事は、2022年2月16日に「Pearls and Irritations」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

 NATOのような組織は決して死なず、拡大を続けるために自己改革を行う。

 NATOの初代事務総長を務めたイスメイ卿は、NATOの使命を「ソ連を締め出し、米国を引き入れ、ドイツを抑え込むこと」と印象的に表現した。冷戦が終結しても解散するのではなく、NATOはその存在を正当化する新たな敵と使命を求めて軍事同盟となった。1999年にNATOがコソボに介入した頃にはソ連は敗北して消滅し、くすぶる灰の中から不死鳥のように現れたロシアは、規模、経済、人口、軍事力を大幅に縮小し、米国は一極支配を大いに楽しんでいる状況で、NATOの使命は「ロシアを抑え込み、米国を引き留め、国連を締め出すこと」へと変容したようである。なぜなら、根本のところでそれは軍事同盟だからである。しかし、新たな戦争がなければ、平和というオリーブの枝でしおれて枯れてしまう。バラク・オバマは、よく知られている通り、外国の危機に対応する際にワシントンが軍事的対応を取る傾向があることについて苦言を呈した。

 今日の米国は、「公人が軍を美化し、称賛する唯一の民主主義先進国である」と、いまは亡き賢人トニー・ジャットは見解を述べた。元米国大使のダン・シンプソンは、米国内での暴力の蔓延と海外での頻繁な武力行使の関係を示し、「国内においても国外においても、われわれは殺人国家である」と述べた。米国が武力行使の有効性を信じる理由を部分的に説明するものとして、20世紀の他の主要戦闘国家は軍人と民間人の犠牲者を多数出したのに対して、米国軍の犠牲者は驚くほど少なく、民間の犠牲者はさらに少ないということが挙げられる。第一次世界大戦では、英国、フランス、ドイツの兵士の死者数がそれぞれ100万~200万人であったのに対し、米国は12万人を下回った。第二次世界大戦では、中国、フランス、ドイツ、ソ連が200万~1100万人の兵士を失ったのに対し、米兵の死者数は約42万人だった。2度の世界大戦を合わせた米国の民間人の死者数が2000人を下回ったのに対し、ドイツ、ポーランド、ソ連、中国では、200万~1600万人が死亡した。

 ドナルド・トランプは、多くの重大な欠点にもかかわらず、近年では新しい戦争を始めなかった初めての大統領である。ジョー・バイデンは、就任後わずか1年で、トランプではないという理由で世論調査における支持率がひどく低迷している。アフガン撤退の不手際と大失敗は、無秩序で無能力な政権という評判をいっそう深めた。一方、ボリス・ジョンソンは次々にスキャンダルと危機を乗り越え、勢いと虚勢だけで何とかやっているようだ。どちらにとっても、欧州における旧敵ロシアとの戦争は、国内のトラブルから注意をそらすのに好都合かもしれない。NATO本来の使命を復活させるというのは、言うまでもない。そこで主な疑問となるのは、「元KGBのウラジーミル・プーチンは、ソ連崩壊で失われた帝国を再建しようとしているのか、あるいは、再活性化した集団的自衛協定であるNATOが戦争に備えようとしているのか?」ということである。

 もちろん、現代の紛争は、100年前の塹壕戦とはかなり異なる。前哨戦は、「プーチンは攻撃を仕掛けるか、あるいはこの狡猾な策士は西側の裏をかくことによって目的を果たそうとするか?」という形を取っている。侵攻が本当に起こった場合も、プーチンの目的は、ウクライナ南東部の親ロシア派支配地域の確保、ドンバス地方の独立を宣言し、ロシアとクリミアを結ぶ陸路の確立に限定されるだろう。しかし、彼がキエフまで進軍するという誤りを犯したならば、彼は悪夢のような反政府運動に直面する可能性が高く、それは彼の大統領としての地位を失墜させるだろう。

 かつて2014年には、選挙で選ばれたものの親ロシア派の大統領が、米国の積極的な関与を受けたマイダン革命によって地位を追われた。それ以降ロシアは、完全にロシアを狙ったNATOの攻撃的な企みに対抗する重要な緩衝国を失った。西側のアナリストたちは、そのようなロシアの強迫観念を冷笑し、NATOは純粋に自衛目的だと主張するだろう。しかし、元在モスクワ英国大使のロドリック・ブレイスウェイト卿は昨年、「ロシア人は、自分たちが裏切られたと考えている。彼らは、1999年のNATOによるセルビア空爆に衝撃を受けており、それはロシア自身に起こりうることの前ぶれではないかと恐れた」と書いた。今年2月2日の「フィナンシャル・タイムズ」紙で、彼は、NATO軍はいまや「ロシアの目と鼻の先」にいると付け加えた。

 プーチンは2021年7月の長い論文で、「ウクライナは着実に危険な地政学的ゲームに引きずり込まれており、それは、ウクライナを欧州とロシアの間の障壁にし、ロシアに対する跳躍板にすることを目的としている」と書いた。それゆえにロシアは、ウクライナが現在も将来もNATOに加盟しないことを譲れない一線としており、それに関連して東欧に駐留するNATOの部隊数削減を要求しているのである。どちらの要求も、西側の指導者たちによってにべもなく拒否された。もっとも、エマニュエル・マクロン仏大統領はロシアを尊重した欧州の新たな均衡を創出する必要性を認めている。

 2014年にロシアが東部に介入してクリミアを奪還した際、米国の情報当局者はオバマが機密情報を開示するのを阻止した。それとは対照的に、今回は当局者がロシアの計画をリアルタイムで積極的に発表し、侵攻の口実とするために残虐行為がでっち上げられる可能性があると主張し、侵攻が起こりうる日として2月16日を挙げ、軍隊編成の配置を示す衛星写真を開示し、ロシアが兵士13万人および特殊作戦部隊まで増強しているという推定を開示し、その経緯を「ニューヨーク・タイムズ」紙で公開している。2003年にイラクの大量破壊兵器に関する虚偽の主張がなされたことを指摘する声に対して、当局は、2003年には戦争を始めるために虚偽情報が使われたが、今回は戦争を回避する努力のために真実の情報が使われていると反論している。

 たぶんそうだろう。部外者から見ると、偽旗作戦とフェイクニュースの応酬のただなかで唯一確かなことは、両サイドともすでに本格的な情報戦争に突入しているということである。ロシア外務省は、米国が「安全保障に対するロシアの正当な要求を弱体化させて信用を落とすことを目的とした……組織的な情報攻撃」と「西側の地政学的野心とウクライナ領土の軍事的併合の正当化」を行なっていると非難している。一方、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は、差し迫った戦争の話が国民の間に不要な恐怖を植え付けているとして、困惑を表明している。大統領は生放送で、米国やその他の国に対し、ロシアの侵攻が今週に迫っているという証拠を示すよう求めた

 「ニューヨーク・タイムズ」紙の記事によると、「望まれているのは、プーチンの計画を開示することによってそれを阻止し、恐らくは侵攻を遅らせて外交の時間を稼ぎ、さらには侵攻の政治的、経済的、人的代償について再検討するチャンスをプーチンに与えること」である。これは非常に優れた外交的事前集積であると言わねばならない。もしロシアが侵攻すれば、米国の情報機関は「言ったとおりだ」と自画自賛することができる。もしロシアが侵攻しなければ、「プーチン氏の計画を開示することによってそれを阻止し、計画が進んだ段階で侵攻を食い止めた」と自慢しながら世界の舞台を闊歩できるのだ。

ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を努め、現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長を務める。近著に「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」 (ルートレッジ社、2022年)がある。