Social Media, Technology and Peacebuilding リサ・シャーク | 2021年08月13日
パンデミックにおけるデジタル暴力の防止
Photo credit:Flickr/Victoria Pickering
パンデミック以前も、ソーシャルメディアは暴力を計画する手段となり、偽情報や外国人嫌悪的な陰謀論を増幅し、公の場での議論を分極化させることによって、人間関係に「テックトニックシフト」(テクノロジーによる構造変化)をもたらしていた。ソーシャルメディアは、偽情報や暴力の扇動を広める媒体となっている。パンデミックにおいて得られた教訓は、デジタルによる平和構築や暴力防止に関する知見をもたらしている。
パンデミック下におけるデジタル危害
パンデミックは、全ての人、とりわけリスクにさらされた人々に、身体的、心理的、情緒的、経済的ストレスをもたらしている。新型コロナによる病状や死亡、そして経済的影響に起因するストレスやトラウマは、オンラインで表面化している。パンデミックの間、さまざまな形の暴力が増加した。
アントニオ・グテーレス国連事務総長は、パンデミックが「憎悪と外国人嫌悪の津波、悪者探し、恐怖の扇動」を助長していると警告し、さらに、「反外国人感情は、オンラインでも、路上でも急激に高まっている」と付け加えた。危機や災害は往々にして、外国人嫌悪やアイデンティティーに基づく差別を煽る人々にとってチャンスとなる。ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、アジア系の人々のほか、難民、移民、あるいはマイノリティー・グループに対する外国人嫌悪のデジタル表現が、パンデミックの間に増加している。
世界のほぼ全ての国で、ジェンダーに基づく暴力は「パンデミックの中のパンデミック」として広く知られるようになっている。ラテンアメリカでは、麻薬・犯罪ネットワークがパンデミックという状況に素早く適応しており、その様子を、非営利組織「インターナショナル・クライシス・グループ」は「耐ウイルス性暴力」と呼ぶ。米国では、34都市で実施された調査で30%も都市犯罪が増加した。
北米、アフリカの一部、アジア、欧州では、暴力的過激主義集団のデジタル・リクルーターが、孤独感の強い自暴自棄になった人々をオンラインで勧誘し、テロの脅威の新たな波を生み出した。パンデミックの間、在宅を余儀なくされたティーンエイジャーや労働者が、オンラインで偽情報や過激主義に常時触れるようになり、大規模のデジタル過激化が進行し始めた。
パンデミックは、伝染性の強い偽情報の波「インフォデミック」を生み出した。デジタル風説には、新型コロナウイルスの起源に関する陰謀説、新型コロナによって得をするのは誰か、偽療法の危険な宣伝、反ワクチンメッセージなどがある。ワクチン接種を受けられたはずなのにそうしなかった人々の中から、このようなインフォデミックによって多くの死者が出た。
デジタルイノベーション
Covid-19 Innovation Hubに記録されている通り、パンデミックは技術革新を加速させた。公共サービスは、可能な場合にはオンライン化された。ソーシャルメディア行動に関するクラウドソース・データを活用して、政府はマスク供給量を確認し、接触追跡をモニターし、フェイクニュースに対抗する新たなアプリを開発することができる。また、新たなデジタルネットワークが生まれることで、より多くの人が自宅で仕事をし、学校の授業を受けることができる。
デジタル暴力防止の手法やアプローチも、パンデミックの間に増加した。例えば、台湾のデジタル省はデジタル世論調査プラットフォーム「Polis」を利用して、政府が「民衆の声を傾聴する」ための革新的な方法を創出した。これにより、一般市民がコロナ政策の選択肢について議論し、お互いのアイディアに賛成票や反対票を投じ、意見を伝え、お互いの違いを理解し合い、また、共通点を見いだすことができた。デジタル技術は、分極化を回避し、むしろ大まかなコンセンサスや「集合知」を形成するために役立ったのである。南スーダンでは、地域社会のグループが「#DefyHateNow」キャンペーンを実施した。これは、新型コロナに関する誤った情報に対抗するために協力する若者たちのデジタルコミュニティーである。
他の地域の都市も、人々の間の対立を分析するためにソーシャルメディアを活用し始めている。メキシコシティでは、攻撃事件を受けて、国際移住機関(IOM)が、人権を保護し、外国人嫌悪やヘイトスピーチを防ぐことの重要性について市民の意識を高めるソーシャルメディア・キャンペーンを実施した。このキャンペーンは、移民シェルター、セーフハウス、移動中の人々のための一時キャンプがある都市部の地区を対象としている。目標は、共感と理解を促進し、差別を防ぎ、移民の脆弱性への理解を深めることである。IOMによれば、キャンペーンはFacebookやTwitterの利用者数十万人に到達しており、現在さらなる調査が行われている。
南アフリカのケープタウンでは、分析・行動変容センター(Centre for Analytics and Behavioural Change: CABC)が、外国人嫌悪と新型コロナに関連するデジタル分極化、分断的レトリック、ナラティブ操作 を分析した。カナダのバンクーバーでは、ブリティッシュ・コロンビア州副総督のジャネット・オースティンが、Twitterで「Different Together」という反人種差別キャンペーンを発足させた。このキャンペーンは、パンデミック中に多様性をたたえることによって憎悪を抑制することを目指している。
米国のシカゴでは、暴力問題に取り組むアウトリーチ・ワーカーがオンラインでギャングメンバーとつながり、関係を構築し、暴力防止介入の効果を高める方法を開発した。警察官によるジョージ・フロイド殺害事件を受けて人種的正義を求める抗議運動が始まったとき、市の情報担当者たちは、抗議活動の際にマスクを着用するよう人々に伝える効果的なメッセージを発信するために、ソーシャルメディア上のやりとりを追跡した。
また、パンデミックの間、各都市は努力を拡大し、確実で質の高い公共サービスをオンラインで利用できるようにする特設サイトやアプリを開発することにも力を入れた。例えば、トルコのイスタンブールでは、保健省がEU助成の難民保健訓練センター(Refugee Health Training Centres)と提携して、シリア人難民にオンラインの心理的援助を提供した。デジタル技術を活用することで、4万人を超える難民に、安全かつ低料金で文化に配慮した保健サービスを提供することが可能になった。
パンデミックの間に開発されたイノベーションには、家庭内や親密なパートナー間の暴力を防ぐためのデジタル技術を用いた対策の実施などがある。ユニセフとマイクロソフトは、2020年12月、ガーナおよび29カ国において「Primero X」アプリを試験的に導入した。「Primero X」は、ソーシャルサービス提供者らが、新型コロナ・パンデミックに関連して、家庭内暴力やジェンダーに基づく暴力の影響を受ける恐れがある脆弱な立場の子どもたちに不可欠の支援を手配するために役立つ、オープンソースのケースマネジメント用ウェブアプリケーションである。このアプリケーションは、心理社会的援助、同伴者や養育者のいない子どもへの支援、家族の再会と追跡など、命を守るサービスや保護プログラムへのアクセスを提供するとともに、物理的距離や移動制限を守ることを可能にする。
ナイジェリアのラゴスでは、EUと国連の助成を受けた「スポットライト・イニシアチブ」が、ジェンダーに基づく暴力について人々の意識を高めるため、ソーシャルメディア動画を活用している。また、被害者のバッシングを防ぐためにも動画が用いられている。意識向上を図るデジタル・キャンペーン「#IDeyWithHer」は、女性に対する暴力を持続させる有害なジェンダー・ステレオタイプに異議を唱えるものである。
このほかにも世界中の多くの都市や国が、現在、こうしたイノベーションを構築し、暴力防止プログラムの策定を拡大している。
切迫する経済危機、気候災害、移民情勢を考えると、デジタル平和構築におけるさらなるイノベーションの必要性は明白である。ソーシャルメディアは、暴力防止においても平和においても大きな力を発揮する。だからこそ、平和構築におけるソーシャルメディアの活用がいっそう緊急に求められているのである。
この記事は、戸田記念国際平和研究所の上級研究員を務めるリサ・シャークが、サンディエゴ大学クロック平和・正義研究所(Kroc Institute for Peace and Justice)による「Impact:Peace」イニシアチブ、+Peaceとニューヨーク大学国際協力センターによる「Pathfinders for Peaceful, Just and Inclusive Societies」パートナーシップの一環として発表した、“Digital Threats and Urban Violence Prevention”と題するより大部の研究出版物に基づくものです。この「Peace in Our Cities」ネットワークは、英国の外務・英連邦・開発省の支援を受けています。
リサ・シャークは、戸田記念国際平和研究所の上級研究員であり、Alliance for Peacebuilding(平和構築のための同盟)のシニア・フェロー、ジョージ・メイソン大学の紛争分析解決学部の客員研究員も務めている。シャーク博士はこれまでに、10冊の書籍と数多くの査読を受けた論文やジャーナル記事を執筆している。2018年にはこれまでの研究に基ついて、国家と社会の関係や社会的一体性の向上を目的とした、テクノロジーを使った対話や調整を探求した「The Ecology of Violent Extremism(暴力的過激主義の生態学-邦題仮訳)」を上梓している。