Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ハルバート・ウルフ  |  2025年09月10日

戦争省: ジョージ・オーウェルは自分の正しさが裏付けられたと感じるだろう

 ドナルド・トランプ大統領が米国の国防総省を「戦争省」に改称する決定を下したのは、ノーベル平和賞を受賞しようとする彼自身のキャンペーンのさなかであった。ホワイトハウスが呼ぶところの「平和の大統領」は、またしても多くの大統領令の一つに署名した。この最新の大統領令により、彼は正式に戦争省という呼称を定めたのである。

 このニュースを読み、相反する二つの考えが浮かぶ。1949年に発表されたディストピア小説「1984年」の中で、ジョージ・オーウェルは、意図的に現実を反転させ、それぞれが「真実の逆転」を体現する四つの省庁を描いた。そして今、トランプがペンタゴンを「戦争省」と改称しようとしている。これはオーウェルが描いた世界の鏡写しなのだろうか? しかし、トランプは「戦争省」という言葉を用いて本当に真実を歪曲しようとしているのだろうか?

 もう一つは、「ついに、多少の正直さが現れたか!」という考えである。米軍の第一義の任務は米国の防衛ではなく、彼らは常に世界のどこかで軍事作戦に関与している。直近では、米軍はイランの核施設を攻撃した。2000年以降、米軍は少なくとも十数回の軍事作戦を実行した。アフガニスタンとソマリア、イラクとイラン、リビアとシリア、イエメンとハイチにおいて。そして、誰もがぞっとするような警告として、大統領は、先週米軍がカリブ海でベネズエラ船を麻薬密輸の疑いで攻撃したと述べた。トランプ氏によれば、その船は麻薬カルテルによって運営されていたという。11名が死亡したと伝えられている。 米軍は、米国内を含め世界中に配備されている。大統領は国内の政敵を中傷し、「シカゴはまもなく、それがなぜ戦争省と呼ばれるのか知ることになるだろう」と述べた。覆面武装した当局者が、街頭や工場で移民を一斉に拘束している。反対勢力は敵なのだ。

 ワシントンで現在画策されていることは、結局のところそれほど矛盾していないのだろう。オーウェルは書いている。「われわれを支配する四つの省の名称でさえ、事実を意図的に逆転させるという、ある種の厚かましさを示している。平和省は戦争を、真理省は虚偽を、愛情省は拷問を、豊饒省は飢餓を扱っている。これらの矛盾は偶発的なものではなく、また単なる偽善の産物でもない。それらは、二重思考を意図的に実践したものなのだ」と。オーウェルによれば、「二重思考」とは相反する二つの信念を同時に受け入れ、両方を真実と捉えることができる能力といえる。それこそまさにトランプ政権が常に行っていることではないか? 彼らのナラティブに合わないニュースは「フェイクニュース」とレッテルを貼られる。公式な雇用統計が大統領の意に添わなければ、統計局長が解任される。トランプ政権1期目に、ワシントン・ポストは、トランプによる22,000回以上の誤解を招く、あるいは虚偽の発言を記録した。

 オーウェルはまさに四半世紀前に、今日トランプが実践していることを正確に描いていたのではないか? 知りながら、知らないふりをすること、念入りに作られた嘘を信じながら同時に真実も信じること、互いに打ち消し合う矛盾した意見を持ちながら、どちらも信じること。「二重思考」は、不都合な真実を無視することを可能にし、政策の急転換も、敵に対する認識を変えるのと同じぐらいに可能なことなのである。オーウェルは1930年代に執筆したさまざまなエッセーの中で、これらについて構想し、小説「1984年」の中で、世論を操作し権力を維持するための完璧な手段として描いた。米国のトランプ大統領の「二重思考」は今や、肩をすくめる以外になすすべもなく容認されている。多くの者は、その問題に取り組むことから逃げている。国際的にも国内的にも、一部の人々は、彼にお世辞を使うことで恩恵にあずかれることを信じている。

 大統領は、国防総省の看板を「戦争省」に掛け代える一方で、彼自身の主張によれば、仲介や介入によって七つの戦争を終わらせたことから、自らをピースメーカーとして描くことが同時にできるわけである。ハリー・S・トルーマン大統領は、1949年に戦争省を国防総省に改組する法律に署名した。冷戦の影が忍び寄る当時の難しい地政学的情勢にもかかわらず、米国政府は改称によって、戦争をしかけるのではなく、国を守るのだという意思を示したのである。しかし、今日われわれが知る通り、事態は全く異なる展開を見せた。朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガ二スタン戦争、これらは、米国にとって特に多大な犠牲が伴った軍事介入の一例に過ぎない。権力を維持し、米国による世界的覇権を確保することは、トランプの前任者の誰にとっても無縁ではなかった。しかし、少なくとも彼らは何とか冷戦を冷たいままに保ち、武力による熱い戦争へとエスカレートすることを防いだ。

 では、なぜ今になって戦争省に戻すのか? 大統領令に署名する際、トランプは、戦争省のほうが「はるかに適切な名称であり、現在のような世界情勢を考えるとなおさらだ」といとも簡単に述べた。今後は戦争長官と呼ばれることになるピート・ヘグセス国防長官は、こう述べた。「われわれは第1次世界大戦に勝利し、第2次世界大戦に勝利した。しかし、それは国防総省の時ではない、戦争省の時だ」。彼はまた、「われわれは防衛ばかりではない。攻撃もするのだ」という大統領の言葉を引用した。つまり、これはドアの表札を取り替えるというだけの話ではなく、単なる名称変更以上のことなのである。ヘグセスは、国防長官に任命される前からすでに、軍に「殺傷力」と「戦士の精神」を取り戻すことについて語っていた

 今回の改称によって、米国政府は友好国や同盟国の間に動揺を引き起こすだけでなく、ロシアと中国のナラティブを助長することになる。両国は、ドナルド・トランプの大統領就任よりずっと前から、平和を愛し国際法を守る米国というイメージは、実際の外交・安全保障政策を見れば全くのお笑いぐさであるというナラティブを喧伝してきた。価値観、アメリカの開発援助、そして報道の自由の擁護と人権の尊重に基づき、数十年にわたり米国の政策の決定的特徴であった「ソフトパワー」は、もはや時代遅れのものとなっている。トランプ政権は、「ハードパワー」、すなわち軍事力にものをいわせて、関税を課す、グリーンランドやカナダの併合をちらつかせる、パナマ運河の支配権を主張するといった強引な戦術をとり「アメリカ・ファースト」政策を容赦なく押し通しているのだ。

 その意味において、国防総省の改称は、モンロー主義や世界中に米国が介入していた時期の記憶を想起させる、後ろ向きではあるが一貫した政策といえる。しかし、それは、世界の危機や戦争に米軍を介入させないとMAGA支持層に約束したトランプの信条とはどう折り合いがつくのだろうか? 「二重思考」の世界であれば、そのような矛盾も可能になるのである!

ハルバート・ウルフは、国際関係学の教授であり、ボン国際紛争研究センター(BICC)元所長である。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学・開発平和研究所の非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所の研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会の一員でもある。