Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ハルバート・ウルフ  |  2022年05月18日

北朝鮮を覆う暗雲

Image: Ink Spot/Shutterstock

 北朝鮮では、ウクライナ戦争の陰に隠れ、国際的な関心も高まらないなか、問題含みの三つの事態が進行している。1、コロナ禍が懸念を引き起こしていること、2、新たに誕生した韓国の大統領の存在が対北朝鮮強硬策を予示していること、3、ロシアのウクライナ戦争に刺激され金正恩政権が核能力の増強に力を注ぎ続けていることである。このため、アジアにおける核拡散が懸念されている。

 5月中旬、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)政府は、初のコロナ感染による死者を報告し、現在は封鎖・隔離措置(ロックダウン)をとっている。2年半前にパンデミックが発生した当初、平壌の政府は、すでに孤立していたこの国をさらに海外から遮断しようとした。そしてこの戦略は成功したかに見えた。

 しかし今や、ウィルスは急速に広まっている。国営「朝鮮中央通信」によると、「4月末から5月15日までの間に発熱した人の数は121万3550人であり、そのうち64万8630人が回復、少なくとも56万4860人が治療を受けている」という。5月14日には僅か1日で15人が死亡した。国の保健当局は、すべてのあり得る侵入経路を注意深く検査し、主に感染者を隔離することで、この「恐るべき感染拡大」を食い止めようとしている。しかし、北朝鮮はコロナ検査の能力も、ワクチン接種の能力も十分ではない。中国やWHO(世界保健機関)からのワクチン提供をこれまで拒否してきたため、北朝鮮ではほとんど誰もワクチンを接種していない。金正恩が「大惨事」を口にするようになり、北朝鮮は孤立しているからパンデミックの影響を受けないという前提がなくなったことは、極めて問題のある事態の発生を危惧させるものである。このことは、経済にも影響を及ぼす可能性が高い。

 北朝鮮の経済発展には長らく懸念が持たれているが、これは一つには自ら選択した専制政治のため、そしてとりわけ国連の厳しい制裁のためである。北朝鮮は経済的にも政治的にも中国への依存度を高めている。2018年に米国のドナルド・トランプ大統領と金正恩との間の第1回首脳会談が行われた後、北朝鮮政府は「経済建設に総力を集中する」とした「新たな戦略的路線」を発表した。これは、経済も軍事も同様に優先させる「並進政策」からの離脱であった。しかし、2019年のハノイでの第2回米朝首脳会談が失敗に終わると、金政権は核開発計画の強化に回帰した。2021年1月の第8回党大会では「友好と社会主義による朝中関係の新たな章」の幕開けを宣言した。別言すれば、米国や韓国との関係正常化をこれ以上望まず、北京との関係改善を目指したのである。

 5年間の任期を終えた韓国の文在寅大統領は3月、保守系の尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏に交代した。大統領選の間、尹氏は前任者との対北政策の違いを強調した。多少の後退はあったものの、文大統領は常に建設的な関与を重視していた。新大統領はもっと断固たる姿勢で臨みたいと考えている。しかし、実際には文は南北朝鮮関係の融和政策にほぼ失敗していたため、それほど大きな変化はないだろう。また、米国のバイデン大統領が2021年に発表した「実用的かつ調整されたアプローチ」も、北朝鮮を再び交渉のテーブルにつかせたわけではない。

 北朝鮮は、国連が禁止しているにも関わらず、2022年に入ってからこれまでで最多のミサイル発射実験を行っている。北朝鮮自らの発表によれば、3月24日にこれまでで最大の大陸間弾道ミサイルの発射実験が成功した。金正恩はこの件に関して、「わが国の国防力は、いかなる軍事的脅威や恫喝にも耐えうる強力な軍事技術を備え、米帝国主義との長期対決に徹底的に備える」と所感を述べた。北朝鮮は、潜水艦搭載ミサイルの発射実験からわずか5日後、3発の短距離弾道ミサイルを発射した。一方、今年に入ってからのミサイル発射実験は16回に上る。各国政府も識者も北朝鮮の核開発への懸念を表明し、金正恩の妹・金与正の影響力を指摘している。金与正は4月上旬、「核戦力の主要任務」は「敵の戦力を一撃で排除すること」であり、「自国の核戦闘力を動員して戦争の開始にあたって主導権を握る...」と発言している。そして、北朝鮮の実質的な国営メディアである「労働新聞」などは、国境に配置している長距離砲の火力を飛躍的に高め、多様化させるために戦術核の開発が進んでいるとコメントしている。

 北朝鮮が核戦略をより積極的に喧伝するようになったのは、ロシアのウクライナ戦争の影響もあるだろう。欧州での戦争が国際的に注目される陰で、北朝鮮は大国との関係を再編しているようだ。周知のように、北朝鮮は2022年3月2日の国連総会でロシアのウクライナ侵攻を非難することに反対した5カ国のうちの一つであった。平壌では、今後ロシアが安保理での拒否権を行使して、北朝鮮への制裁を阻止することを期待している。しかし、北朝鮮指導層はロシアも中国も完全に信頼しているわけではない。彼らの脅威への不安と軍事侵略への懸念は増大し続けている。西側諸国の一部と同様、平壌でも、ウクライナがNATOに加盟していれば、そして、核による保護を含めた支援を保証されていたならば、ウクライナは攻撃されなかったであろうと考えられている。

 中国がロシアの戦争支援に消極的であることから、平壌の指導層の間では疑念が強まっている。中国はロシアにとって唯一残された実質的な政治的・思想的同盟国だが、習近平政権は今のところロシアへの軍事支援は行っていない。金正恩は将来的に中国に頼ることができるだろうか。1961年以来存在し、2021年に更新された友好条約は十分な保護を提供するだろうか。すでに、2000年代の米・中・ロ・日・北朝鮮・韓国によるいわゆる6か国協議の際に、中国は(半ば仕方なくではあるが)北朝鮮に対する国連の制裁に賛成した経緯がある。北朝鮮が核戦力を強化し、中国への依存を減らすためにロシアと和解した背景には、恐らくこうした考慮も働いていたのだろう。ロシアが「必要なら核兵器を使う」と間接的に脅すことで、北朝鮮は「最終的には核兵器しか自国の安全を保障できない」との見方を強めることであろう。

 ロシアが自国の核兵器に繰り返し言及し、北朝鮮がミサイル実験を実施してその核戦略を積極的に喧伝していることは、アジアにおける核拡散の可能性について再び懸念を抱かせるものである。2月、日本の安倍晋三元首相が、米国が一部のNATO諸国と数十年にわたって結んできた協定と同様の核共有協定を提案した。そして韓国では、保守政権の下で、国内に米国の核兵器を再配備すべきとの議論が強まるかもしれない。

ハルバート・ウルフ は、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。