Climate Change and Conflict トビアス・イデ  |  2023年06月07日

気候変動、災害、武力紛争

Image:People evacuated by the Pakistan army after flooding in Swat Valley, Pakistan, in 2010
thomas koch/shutterstock.com

 人類は、地球温暖化を摂氏2度(産業革命前の気温に対し)に抑えることはまずできなさそうだ。つまり、人類は21世紀中に地球の重要な一線を越え、今よりはるかに気候が不安定な未来へ足を踏み入れるということだ。このような未来の一つの特徴として、干ばつ、嵐、洪水、熱波といった気候関連災害のリスクが高くなる。

 専門家も政策立案者も、以前から、気候変動を安全保障リスクと捉えて懸念を表明しており、こういった議論において災害は重要な役割を果たしている。バラク・オバマ米国元大統領、チャールズ皇太子(現チャールズ国王)、G7外相をはじめとする政治指導者たちは、気候関連の災害は武力紛争の可能性を高めると主張してきた。これと足並みを揃えるように幾人かの著名な専門家らは、干ばつがシリア内戦の勃発を促し、スーダンの人権侵害を助長し、ナイジェリアでは貧困層の若者をボコ・ハラムのもとに走らせたと訴えている。片や別の学者らは、そのような主張に異議を唱え、武力紛争に対する災害の影響は証明されておらず、せいぜい弱いものだと論じている。二つの派閥のどちらが正しいのだろうか?

 筆者の新たな著書は、災害が武力紛争リスクを高めるか否かという問いに対する包括的な答えを提供している。著書では、1990年から2015年の間に22カ国の紛争地帯を大規模災害が襲った36件の事例を検討した。これらの災害のうち20件が気候関連のものだった(手短な概要は、こちら)。研究の主な目的は、災害が紛争の強度や紛争当事者の行動をどのように決定付けるかを追跡することである。

 気候関連の災害に関する結果から、少なくとも四つの知見が明らかになった(これらは、地震などの気候変動に関係ない災害を含むより大きな実例においても、一般的に当てはまっている)。

 第1に、ほとんどのケースで、災害が紛争のダイナミクスに及ぼす影響は全くないかごく軽微である。例えばネパールにおける1996年の洪水やパキスタンにおける2015年の熱波は、非常に短期間であり、紛争の中心的な地帯からは非常に遠く、(および/または)紛争当事者に顕著な影響を及ぼしてはいなかった。気候と紛争の関連性について懐疑的な人々に1ポイントである。

 第2に、全ケースの3分の1近くにおいて、気候関連災害が災害の翌年に戦闘のエスカレーションを引き起こすことが分かった。例えばウガンダでは1999~2001年の干ばつの後、「神の抵抗軍(LRA)」が民間人を襲撃して寄付を強要し、援助食料を強奪する事例が増えた。その理由は、干ばつによる影響の中でも特に、自発的寄付やLRAが入手できる食料が減ったことである。同様に、アッサム統一解放戦線(ULFA)は、1998年の洪水の後、より多くの同調者を集めることができた。洪水に関連する政府への不満や生計への不安が広まったためである。そして今度は、これらの新兵が、反政府勢力の軍事力を強化した。従って、気候と災害と紛争のつながりの提唱者にも1ポイント進呈する。ただし、そのようなつながりは主に、高い貧困率や極めて経済の多様化が乏しいような脆弱性の高い国々で生じることに留意するべきである。経験的に、貧困率が低く経済が多様化している国々では、災害関連の武力紛争の勃発や激化が起こる可能性は非常に低い。

 第3に、全ケースの残り3分の1近くでは、気候関連災害は武力紛争の緩和を促進した。例えばパキスタンでは2010年の洪水の後、政府軍もパキスタン・タリバン運動(TTP)の反乱軍も災害救援活動を行わざるを得ず、国土の約20%が水没した状況では兵士を動かすこともほとんどできなかった。TTPは、パキスタン北西部の被災者からの志願者流入や(強制または自発的)寄付が減ったことにも対処しなければならなかった。最近の2022年にも、パキスタン南部のバルチスタン州の反乱軍は同様の課題に直面した。紛争当事者の資源と人員が大洪水の損害をこうむったため、戦闘活動を少なくとも一時的に縮小する必要があった。このような災害と武力紛争リスク低下の関連性は、気候安全保障をめぐる議論において今のところほとんど認められていない。災害外交環境平和構築の提唱者らは、環境の脅威を共有することで、紛争を削減し、紛争による分断を超えて協力する絶好の機会がもたらされると主張する。2対1で懐疑論者の優勢である。

 第4に、紛争の激化と緩和のどちらの事例でも、武力紛争の当事者は通常、日和見主義的な行動を取る。確かに、気候に関連する極端な事象の後には、行政の準備不足や対応の不手際への大きな不満が渦巻く一方、多くのケースで地域の連帯や相互支援が高まった。しかし、こういった連帯や不満はほとんどの場合、地域の社会運動にはつながったが、より大規模な紛争のダイナミクスには影響を及ぼさなかった。むしろ、紛争当事者は災害がもたらした機会(リクルート機会の拡大、政府の混乱)や制約(資源の利用可能性の減少、軍の機動性の制限)を戦略的に利用して行動した。

 人類が地球の安全な活動域を越え、気候非常事態へと向かっていくなか、今後数十年の間に気候関連の災害は増加する可能性が高い。このような状況に伴う安全保障リスクは非常に現実的であるが、決して決定付けられたものではない。第1に、意思決定者は、根強い不平等や管理が行き届かない都市化といった災害リスクを促進する他の要因に取り組むことができる。第2に、災害によって紛争の強度に変化がなかったか、緩和された場合すらあるため、災害は援助提供と紛争当事者間の交渉を実現する絶好の機会も提供する。災害も紛争も、気候変動の不可避の帰結ではない。未来を決めるのは、われわれである。

トビアス・イデは、マードック大学(パース)で政治・政策学講師、ブラウンシュヴァイク工科大学で国際関係学特任准教授を務めている。環境、気候変動、平和、紛争、安全保障が交わる分野の幅広いテーマについて、Global Environmental Change、 International Affairs、 Journal of Peace Research、 Nature Climate Change、 World Developmentなどの学術誌に論文を発表している。また、Environmental Peacebuilding Associationの理事も務めている。