Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ハルバート・ウルフ | 2022年05月03日
サッカー、パンデミック、クレムリン、軍事専門家について
Image: Kues/Shutterstock
にわか専門家の時代を皮肉るハルバート・ウルフの風刺エッセイ
大手新聞やニュースサイトのどれでも良いが、その分析や結論をちょっと見ると分かることがある。自称「軍事専門家」が担当し、「重火器」「飛行禁止区域」「対空砲」「旗艦」などが何であるかをわれわれに教えてくれようとしているのだ。別にいいじゃないか? 彼らは今や、かなりの期間この問題に取り組んでいるのだから。2022年2月24日から丸2カ月にもなる。
1979年以降、われわれはこのような問題を取り上げる必要がなかった。当時、NATOが中距離核ミサイルを配備すると同時にワルシャワ条約機構との交渉を進めるという二重決定を下し、多くの人は突如として、「パーシングII」ミサイルが西欧からモスクワに到着するまでの飛行時間がわずか7分であることを知ったのである。本物の専門家たちは、高濃縮ウランとプルトニウムの違いや、どちらも核兵器開発に使用できることを説明してくれた。その頃は、正確に何台のソ連軍戦車が侵攻のためにフルダ・ギャップに待機しているか、計測担当者は証明することができた。ロシアがウクライナで戦争を始めた今、われわれ西欧人は再び、軽火器と重火器、防御兵器と攻撃兵器の技術的詳細について「関心」を向けるようになった。しかも単に「関心がある」だけではない。それについては間違いなく何でも「知っている」のだ!
同様に、ほんの2年前、コロナ・パンデミックが始まった時、8,200万人のドイツ代表サッカーチームの監督(EU全体では何人いることやら)が一夜にしてウイルス学者や疫学者になった。行きつけのパブでサッカー代表チームの顔ぶれや拙速に過ぎた戦略について意見を言い合う、古き良き時代は過ぎ去った。今やわれわれは、コロナ感染症の発生率や新規感染率、ロックダウン戦略や超過死亡数を考慮しなければならなくなった。テレビのトーク番組やソーシャルメディアにおいて、われわれはもはやありとあらゆる専門知識から逃れることはできなくなった。われわれ自身がワクチンの専門家になり、スプートニクやシノバックはいかなる場合もファイザーに太刀打ちできないと確信した。
ロシアのウクライナ侵攻はすでに3カ月目に入り、なぜバルト諸国の空軍がソ連製のMIG29を使っているのか、英国が供与したNLAW(次世代軽量対戦車兵器)システムの射程距離はどれだけか、ドイツのゲパルト自走対空砲はどのような能力があるかを知ることが重要になっている。ゲパルトは、時速65 km以上、35 mm機関砲2基、複雑な照準システムを有する。とはいえ、全ての詳細を知らなくても心配はいらない。幸いにも、コロナウイルスに対抗する世界のさまざまなワクチン戦略について詳細な情報をわれわれに教えてくれたジャーナリストたちが、今日では、なぜウラジーミル・プーチンが6メートルのテーブルを隔ててアントニオ・グテーレスと会談したのか、絶対確実に知っている。なぜなら、プーチンのクレムリンというのは見た目ほど単純ではないから、そう、つまり彼らははるかに単純だからだ。そして、これらの専門家たちは、ドイツのオラフ・ショルツ首相が無責任にもウクライナ支援をためらったために、ドイツの評判を損なったと確信している。なにしろこの首相は、50年前のデタント政策によって現在のドイツがロシアのエネルギー供給に依存する状況の基礎を作った政党に属するのだから、何の不思議もない。「貿易を通じた変化」を覚えているだろうか? よくもあんなことをしてくれたものだ。つまり私が言いたいのは、ヴィリー・ブラントとエゴン・バール、そして彼らの東方外交のことだ! と言った後、専門家らは寛大にも、「それ以降はもっと賢くなったけれど」と詫びるように付け加えようとする。
当然ながらこういった専門家たちは、にわか仕立ての対決的な解決策を提案する。それを聞いていると、「大声を出すのではなく、論拠を強化しなさい!」というデズモンド・ツツの言葉を思い出させてやりたくなる。
さて、8,200万人のサッカー、パンデミック、クレムリン、軍事専門家に話を戻そう。もちろん、ウクライナのロシア兵は戦争犯罪者である。いや、戦争犯罪者というだけじゃない。これはジェノサイドだ! その通りだ。兵器と戦争についてこれほど精通している人なら、十分な訓練を積んだ国際法専門家でもあり、戦後にプーチンを罪に問うにはどうしたらいいかを自分のソーシャルメディアアカウントで断じることもできるというわけだ。
もちろん、NATOの2%目標が最終的に達成されることは適切であり、必要であり、何よりも長期的には明白である。2%目標? 軍事費をGDP比2%にすることだと、もはや誰にも説明する必要はない。はいはい、みんな前から知っていたね。いずれにせよ、この2%目標はすぐに達成されるだろう。第1に、いまや軍事費を大幅に増強する「ターニングポイント」が公式に発表されている。それによって、軍事費の比率は急増するだろう。そして第2に、経済不況が予想される。GDPは低下しており、そのため軍隊の防衛力は増大している。なんだって! ちょっと言葉足らずだった。われわれは2%目標を達成しつつある。ただし、ここではそれを行使可能な戦力として見なしている。
西欧は、自らの立場をギリシャのそれになぞらえている。ギリシャだって? なぜギリシャがモデルになって、フランスや英国ではないのか? ご存じのとおり、金融危機があった2008年、ギリシャは欧州の病人だった。当時ギリシャは、ほぼ90億ユーロを軍事費に充てていた。4年後、それは半減した。しかし、それでもなおギリシャはNATOの2%目標を楽々と達成している。手品だろうか? まったく違う。それが、西欧の進む道である。EUと国際通貨基金が策定した安定化計画は、ギリシャに経済不況をもたらした。経済の縮小が防衛費の削減を大きく上回ったため、ギリシャは良好な数字を達成することができた。非の打ちどころないデータで、ドナルド・トランプにも感銘を与えただろう。
「イエス、ウィー・キャン!」 だから心配はいらない。何よりも統計の問題なのだ。1年後、2年後、遅くとも3年後には数字が達成できたら、EUがアフガニスタンで(おっと、そうだった、20年にわたる駐留で成功を収めた後、われわれはもはやそこにいない)、あるいはマリやどこかで何をできなければいけないかを話し合おう。そのとおり。目下はバルト諸国や、NATOの東方のどこか一角に目を向けよう。そのうえで、今日の決定の何が間違っていたかを専門家(そのほとんどは男性で、女性はごく稀だ)に尋ねよう。なぜなら、われわれは「それ以降はもっと賢く」なり、トーク番組で知識を披露することができるからだ。
だから尻込みせずに発言しよう。高校時代にレフ・トルストイの『戦争と平和』と読んだことがあるなら、専門家を自任するべきだ。ジョージ・バーナード・ショーの短編『武器と人』も読んだことがあるなら、全国放送でコメントする資格がある。
ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際紛争研究センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。