Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ラメッシュ・タクール  |  2020年10月21日

米中間の力の移行、冷戦か、実戦か?

 現在の米中対立を第二次冷戦と呼ぶことは、どれほど的確だろうか?世界が実戦に巻き込まれる可能性はあり得るのか?それは、どちらも勝者たりえない、全員が敗北者となる戦争である。

 2018年10月にハドソン研究所で行ったアジェンダをリセットする演説で、マイク・ペンス米副大統領は、中国による多くの略奪的行為や攻撃的行動を数え上げた。米国を西太平洋から追い出し、同盟国を助けに来させないようにする決意で、人工島に軍事基地の列島を建設し、対艦・対空ミサイルを配備することにより、「北京は、陸海空および宇宙における米国の軍事的優位性を侵食する能力を、重点的に構築してきた」とペンスは述べた。しかし、米国は「ひるむことなく」中国の不正行為に打ち勝つと結論付けた。

 ウォルター・ラッセル・ミードは、ペンスが「第二次冷戦」を宣言したと論じた。マイク・ポンペオ国務長官は2020年7月23日にカリフォルニアで行った演説で、政権の中国に対する戦略的アプローチを更新した。中国を民主主義の存続にかかわる脅威と表現したうえで、「中国共産党から我々の自由を守ることが、この時代の使命だ」と断言し、「志を同じくする国々が新たに団結し、民主主義の新たな同盟を形成するべき時だ」と述べた。ロナルド・レーガン大統領は、ソ連との軍備管理交渉における基本姿勢を「信頼せよ、されど検証せよ」という名言で示したが、ポンペオ国務長官は、中国の共産主義体制に対して「信じてはならず、検証しなければならない」と述べた。

 ワシントンは、自己成就的ナラティブに注意する必要がある。核兵器管理、軍縮、不拡散に関する協定が急速に崩壊しつつあることも、核兵器使用のリスクの高まりに拍車をかけている。ドナルド・トランプ大統領の軍備管理担当特使であるマーシャル・ビリングスリー氏は、軽率にも、「我々は、このような[軍拡]競争に勝つすべを知っている。そして、敵対国を忘却の淵に沈めるすべを知っている」と主張している。これは、コロナウイルスの感染拡大、そしてロックダウン措置が米国経済に及ぼした壊滅的状況のさなかにあって、驚くほど妄想じみた発言である。

 冷戦2.0という特徴付けには深刻な欠陥があり、また、不適切かつ危険な一連の政策を誘発する可能性がある。米中間の競争は、両者がお互いの政治的イデオロギー、経済モデル、世界的強国としての野心を死に追いやろうと冷たい戦闘を繰り広げる宿敵関係ではない。どちらも、相手を破壊することにイデオロギー的に傾倒しているわけではなく、二元論的争いでできるだけ多くの国を自分の側につけようとしているわけでもない。世界は、二つの厳格な国家グループに分かれて、敵グループの国とはほとんど接触しないという状況にはならない。今日、ほとんどの国は、中国と米国のどちらとも複雑に絡み合う利害関係がある。今日の米国は、勝利主義的な民主主義促進をしているわけではない。中国側も、自由民主主義が危機にさらされているとはいえ、共産主義は政治体制を構築する代替的原理としての信用を失っており、本格的な競争を仕掛けてきているわけではない。また、中国は、その経済モデルを輸出することに関心を示してもいない。

 冷戦の背骨は、欧州の中央を通っていた。米中間には、これに相当する明白な地理的前線がない。米国と旧ソ連の核兵器備蓄量がおおむね同程度であったのに対し、中国が保有する核弾頭は320個で、米国の保有量のわずか5.5%である。世界規模で広がった米ソ対立とは異なり、中国は、アジア太平洋地域の外では米国の軍事力に対抗していない。しかし、ソ連の一元的国力と異なり、中国は総合国力であり、急速に戦略的足場を拡大し、地域および世界の統治機構において存在感を増している。

 このことは、ソ連を最終的に崩壊させた封じ込め政策が奏功する見込みを大幅に低下させる。その一方で、超大国として浮上する中国と、超大国として現状を維持する米国との間で、戦略的断絶により生じる戦争のリスクを増加させる。冷戦という誤った表現は、北京に、米国の憎悪はもはやぬぐい切れず、米国の要求に譲歩しても意味がないという考えを植え付けるものである。今起こっていることは、新たな冷戦ではなく、現状の超大国と新興の超大国との間の昔ながらの対立と競争であり、政治術のあらゆる最新ツールが駆使されているということである。実戦は不可避ではないとはいえ、グレアム・アリソンは、<トゥキディデスの罠>により、力の移行期に軍事衝突が起こる歴史的確率は75%であると指摘する。

 2世紀にわたり西洋と日本によって中国に加えられた侮辱、不正、屈辱を心理戦略的背景として、中国の正当な願望が阻止され、その権益が攻撃されるなら、激化する米中間の対立は戦争へと発展するだろう。中国にとって、地位とアイデンティティーの問題は経済的な損得計算より重要である。太平洋地域の軍事バランスは米国に大きく偏っているため、北京はワシントンに楯突くほど愚かではないだろうと米国人は思っているかもしれない。あるいは、中国は地域経済および世界経済と一体化しているため、武力紛争はあまりにもコストが大きく、検討もしないだろうと思っているかもしれない。

 しかし、逆に中国の指導者たちが、ワシントンへのコストはあまりにも高いため、緊張がエスカレートして全面戦争に至る前に米国は引き下がるだろうと考えているとしたら、どうなるだろうか? 戦狼外交と陸海国境付近における強引な軍事行動を繰り返し、多くの国を巻き込む中国の姿勢は、習近平国家主席の見識への疑念を引き起こしている。かつて最高指導者であった鄧小平は、中国は注意深く、慎重に、辛抱強く好機を待てと助言したが、習近平はそれを放棄したのである。習近平国家主席は、中国の好機を見誤ったのだろうか?

 人類の歴史に流れる血の川は、そのような幾多の誤認や誤算の間を縫って、かつての大国を忘却に沈める海へと注ぐのである。

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、核軍縮・不拡散アジア太平洋リーダーシップ・ネットワーク(APLN)理事を務める。元国際連合事務次長補、元APLN共同議長。