Peace and Security in Northeast Asia ヒュー・マイアル  |  2021年10月15日

北東アジアに信頼関係を築くには?

Image:  Model of the V&A Dundee, Kurtis Garbutt (Flickr)

 2018年、日本人建築家の隈研吾が設計を手掛けたヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の分館がスコットランドのダンディーに開館した。「What If…」は、そのオープニング展示の一つである。

 スコットランドの建築事務所が、スコットランドのさびれた町から25人の市民を集めた。市民たちは、もし「…さえしていたら(if only)」、どのような変化があれば、自分の生活がより良くなると思うかと問いかけられた。「若者たちが出会う場所さえあったら」「大通りがもう一度活気づきさえしたら」「ウォーターフロントが美しい場所でさえあったら」。

 彼らは25人の建築家とチームを組み、ともにこれらのニーズに応える新たな都市風景をデザインした。「そうしたらどうなるか」。……町に新しいユースセンターができた。……工芸品の工房とギャラリーが大通りを生き返らせた。……新しい防波堤が海辺の遊歩道となり、同時に気候変動から町を守るようになった。

 北東アジアの人々は、もし状況が違って「さえいたら」、平和と安全保障の分野で何を望むだろうか?

 カーネギーの調査によれば、韓国の人々の過半数が、南北統一後も統一国家は米国との同盟関係を継続するべきだと信じている。また、過半数が統一国家は中国とも同盟を結ぶべきだと感じている。大多数が、南北統一は平和的妥協によってもたらされ得ると期待している。

 日本の人々は、平和と核兵器廃絶を切望している。

 中国の人々は、平和で豊かな未来と国辱の終わりを望んでいる。

 米国の人々は、平和で開かれたインド太平洋を望んでいる。

 誰もが平和を望んでいる。それならば何故われわれは今、AUKUSが新たな原子力潜水艦を配備し、中国が新たな中距離ミサイルや航空母艦を配備し、北朝鮮が新たな核搭載可能巡航ミサイルを配備し、東シナ海と南シナ海で脅威と緊張が強まるのを目の当たりにしているのか?

 北朝鮮、韓国、米国が、停戦協定を恒久的平和条約に発展させる道筋についてもし合意できていたら。台湾と中国が、共通の中国文化と将来の密接な協力関係を認める解決策にもし合意できていたら。中国、韓国、日本が、寛容の精神、相互の敬意、相互の感謝をもって歴史問題に取り組むことにもし合意できていたら。中国とASEANが、東シナ海と南シナ海で領有権が争われている島々について解決策にもし合意できていたら。

 地域の問題に紛争防止手段が講じられて「いたら、どうなるか」。各当事国が、信頼と平和にチャンスを与えていたら、状況はどうなるのだろうか?

 朝鮮半島の紛争当事国が、ミサイルと核実験を自制する代わりに、軍事演習を減らし制裁を緩和する取り引きをしたら、どうなるだろうか?非核化と緊張緩和の段階的プロセスが、朝鮮半島における戦争状態の終結宣言をもたらすかもしれない。それはやがて、南北朝鮮の経済関係、人と人の結びつき、野生生物の回廊へとつながっていくかもしれない。それはやがて、半島の包括的安全保障枠組みへ、そして、長崎大学核兵器廃絶研究センターが提唱するように北東アジア非核兵器地帯へとつながっていくかもしれない。

 もし韓国、日本、中国が、過去に対して新たな姿勢で取り組むことができたら、どうなるだろうか?起きてしまった悲惨なことを否定するのではなく受け入れ、しかし未来は過去とは違ったものになり得ると確認すればどうなるか?日本の貿易と投資が地域の近代化に前向きな貢献をしたことを認め、同時に、日本軍が1945年以前にもたらしたひどい損害を認めたらどうなるか? もし米国が、広島と長崎への原爆投下が何十万人という罪のない市民に筆絶に尽くしがたい苦しみをもたらしたことを受け入れることから始める、歴史認識のプロセスを主導するとしたらどうだろうか?それはまた、戦時中に中国と朝鮮で残忍な扱いを受けた市民に対する日本側の度重なる真摯な謝罪へとつながっていくのではないか?そして、中国共産党も、中国の民間人や漢民族ではない民間人に対する扱いを謝罪したらどうだろうか?一連の協調的ステップが、過去に起こったことを認識し、将来そのような不要な苦しみを強要しないことをこの地域の国々が約束するために役立つのではないだろうか?

 台湾と中国が、今後も分離独立宣言をせず、また武力行使の脅しもしないことに合意したらどうなるか?2011年、中国と台湾のリーダーは、中台間の敵対状態を終わらせ、中国報道官の言葉によれば「中華民族の共通の利益と海峡を挟んだ両岸に暮らす同胞人の共通の願いに沿った」和平合意に到達することで、原則的に合意した。緊張緩和の合意と地位や主権の問題をめぐる長期的な合意を切り離すという原則は、以前から受け入れられていた。これまでは、双方とも現状を維持し、公式な独立宣言も武力による台湾島奪取も行わないという立場を暗黙裡に受け入れてきた。しかし、この立場は今や脅威にさらされており、軍隊の配備が緊張を高め、介入を辞さない構えを取る外部の国が増えている。南シナ海を支配し、日中をはじめとする地域の国家が貿易の大半を依存している貿易・海運航路に不可欠なために、台湾は重要な戦略的資産であるという認識によって、この問題は安全保障問題化されている。

 米国と中国が歩み寄り、力を合わせて、気候変動への対策、パンデミックへの対応、アジア太平洋地域の脱安全保障問題化の方法を考え出せば、どうなるだろうか?海や空におけるインシデントが急速にエスカレートするのを防ぐため、信頼醸成措置が講じられたらどうだろうか?海軍を増強する代わりに、両国が軍備管理・軍縮条約に合意すれば、どうなるだろうか?両国が、ヘルシンキ条約に沿って地域の安全保障システムの枠組み構築に合意すれば、どうなるだろうか?そのような合意は、地域における他の紛争にも解決をもたらすカギとなり得るだろうか?

 「もし……だったらどうなるか?」の問いを深く掘り下げ、「さえしていたら」の課題をこの地域に適用するため、戸田記念国際平和研究所は、北東アジアの学識者や専門家からなる研究グループを2022年に開始する予定である。前段階となる「パブリック・カンバセーション」において、ケビン・クレメンツとヒュー・マイアルが著名な学識者や政策立案者にインタビューし、進むべき道に関する彼らの見解を聞いた。インタビューは、当研究所のYouTube チャンネルで視聴することができる。

 これまでに実施したのは、1. 日中関係の疎遠化に関するバリー・ブザン(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)とエブリン・ゴー(オーストラリア国立大学)へのインタビュー、2. 朝鮮半島における安定平和への見通しに関する文正仁(世宗研究所、アジア太平洋核不拡散・核軍縮リーダーシップ・ネットワーク、延世大学)とピーター・ヘイズ(ノーチラス研究所、メルボルン大学)へのインタビュー、3. 米国の北朝鮮政策に関するジョセフ・ユン大使とフランク・オウム(米国平和研究所)へのインタビューである。今後さらに追加される。

ヒュー・マイアルは、英国・ケント大学国際関係学部の名誉教授であり、同国最大の平和・紛争研究者の学会である紛争研究学会の議長を務めている。ケント大学紛争分析研究センター所長、同大学政治国際関係学部長、王立国際問題研究所の研究員(欧州プログラム)を歴任した。マイアル教授は戸田記念国際平和研究所の上級研究員である。