Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ミヒャエル・ブルゾスカ | 2021年09月11日
今こそ世界の軍事費削減の好機
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今こそ、世界の軍事費を削減するイニシアチブの好機である。世界の軍事費は記録的水準にある。もっかのコロナ禍は、将来の危機を予防し、これに対処するためには財源が必要であることをはっきりと思い起こさせる。世界の軍事費は、追加的資金の供給源としてうってつけである。軍事費削減のイニシアチブは、軍備管理協定や軍縮協定と結び付けることができれば、成功の見込みが高くなる。
世界中の国の財政が、コロナ禍によって大きな打撃を受けている。景気低迷により税収は減少した。医療費は増大している。さらに、コロナ禍によって準備態勢の重大な欠陥が露呈し、医療制度を整備するさらなる資金が必要になっている。他の緊急の課題、なかでも気候変動に対応するために資源の必要性が増大しているところに、さらにこの問題が生じたのである。
世界中の多くの政府は、支出の優先順位を再検討しつつある。軍事費は、これまで以上に厳しい目で精査する必要がある支出項目の一つである。
多くの理由から、軍事費は予算を組み替える際の魅力的なターゲットとなる。第1に、軍事費は金額が大きい項目である。ストックホルム国際平和研究所によれば、世界の軍事費は2020年に1兆9810億米ドルに達した。これは、世界の所得の約2.4%に相当する。多くの国は政府支出総額の10%以上を軍事費に充てており、リストのトップを占めるサウジアラビアとベラルーシは30%以上を支出している。
第2に、軍事費は経済にとって重荷である。それらは消費であり、投資ではない。つまり、それらは現在の所得や雇用をもたらすが、軍事費自体は将来の所得や雇用に貢献しない。軍事費を削減すれば経済成長が拡大することは、経済分析によりおおむね確認されている。
第3に、適切な軍事費の水準を決める正しい尺度がない。軍事費の水準は、政治権力を持つさまざまなグループ間の妥協の結果であり、したがって、政治的優先順位や特定ロビー組織の影響力が変化すれば、その水準も変化を受ける。
過去の様々な時点、例えば冷戦後などに、多くの国の政府が軍事費を削減した。国際安全保障に幅広い改善が見られた時期、世界の軍事費は30%以上縮小した。しかし、減少傾向は反転し、それどころか世界の軍事費は冷戦時代の最高額を大きく上回る記録を更新しつつある。これは、「軍縮の10年」であった1990年代から得た重要な教訓につながる。すなわち、「軍事費削減は必ずしも将来の安全保障の向上をもたらさない」というものだ。それらは、持続可能であるためには、適切な軍備管理協定や軍縮協定に結び付ける必要がある。例えば、化学兵器や対人地雷に関して締結された協定は有益であるが、軍事費の水準にはほとんど影響しない。
確かに、21世紀に増大した軍事費の一部は、新たな脅威、特に国際テロの結果である。しかし、「軍縮の10年」以降はずっと、軍事費の圧倒的大部分が他国の軍備拡大努力を理由とするものである。「安全保障のジレンマ」、すなわちある国が安全保障を強化する努力は他の国の軍事的脅威であるという皮肉が、欧州において、米中間の競争において、そして他の場所において、ここしばらく再び如実に現れている。
1990年代に各国政府が軍事費を削減した際、それに伴って適切な協力協定を結んでいたら、どうなっていただろう。例えば、軍事費の凍結や将来の上限設定などに合意していたかもしれない。
そうならなかった理由は主に三つある。一つは、大規模な軍事対立の時代はほぼ終わったという過度の楽観主義である。「歴史の終わり」という概念に対する能天気な解釈が広く受け入れられた。残念なことに、世界的抑止の時代ではなく、古くて新しい緊張が欧州とアジアにおける国際関係を支配しつつあり、主に各国の軍備増強がそれに拍車をかけている。
第2に、軍事費削減に関する国際協定には、根拠として検証可能なデータが必要である。これまで、例えば国連の枠組みなどで、共同で軍事費削減を図る努力があまりうまくいかなかった主な理由は、軍事費に関する秘密主義が広く行き渡り、十分な数の国に関する有効なデータがないことである。残念ながら、世界の多くの地域で、軍事費の透明性は依然として不十分なままである。
第3の理由は、軍備管理に関する議論や国際慣行が過去75年ほどの間にどのように形成されてきたかに起因する。国連の創設者たちにとって、軍備の水準と軍事費の水準を削減することの相乗効果は明らかであった。国連憲章第26条によれば、安全保障理事会は、「世界の人的および経済的資源を軍備のために転用することを最も少なくして」国際平和および安全の確立と維持を促進することを任務とする。冷戦は、核兵器による全滅という差し迫った危険を伴ったため、核兵器管理が優先課題となった。それでも、軍備管理の3要素の一つはコスト削減であった。残る二つは、危機安定性、戦争時の破壊削減である。弾道弾迎撃ミサイル制限条約のように、冷戦時の軍備管理協定のなかには財政上の目的から締結されるものもあったが、軍備管理担当者は徐々にこの目的を見失っていった。
世界の軍事費削減を推進する人々は、その影響力によって過去60年間に多くの地域的・世界的イニシアチブをもたらしてきたが、数字にばかり重点を置くきらいがあった。例えば、軍事費の水準とワクチン接種や学校のような重要事業の財源をやみくもに対比するといった具合である。注目を集めるには功を奏するが、このような議論は、政府の意思決定には限定的な影響しか及ぼさなかった。
軍事費削減に関する国際協定を締結することができなかった過去から、三つの教訓を引き出すことができる。
第1に、二国間や地域の状況において、政治的デタントを検討する共通の意欲が必要である。そのような意欲が宣言されることはよくあるが、協定にまとめ上げるのは困難である。しかし、気候変動やパンデミックのような将来の世界的危機を協調によって防がなければならないという事実が、この困難を乗り越えるために必要な推進力をもたらすかもしれない。
第2に、軍事費に関する透明性を高めなければならない。そのためには、関連する財政勘定の標準化とその妥当性の実効的監視が必要である。この方向で1980年代に講じられた措置を強化し、補足する必要がある。
最後に、各国政府は、軍事費の水準を軍備管理や軍縮と明示的に結びつける合意を検討する必要がある。兵器システムなどの物理的品目に対する制限と軍事費のさまざまな組み合わせが可能であり、参加国の安全保障を強化することを基盤として交渉がなされるべきである。
ミヒャエル・ブルゾスカは、ドイツのハンブルク大学平和研究・安全保障政策研究所(IFSH)でシニア・リサーチフェローを務める。また、SIPRI軍備・軍縮プログラム(Armament and Disarmament Programme)のアソシエート・シニア・リサーチャー、ハンブルク科学アカデミー会員でもある。平和・紛争研究のさまざまなテーマについて幅広く論文・著作を発表している。