Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ラメッシュ・タクール  |  2022年03月14日

ウクライナと核リスクに関する三つのコメント

Image: Godbamn/Shutterstock

 この記事は、2022年3月9日に「コリア・タイムス」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

 核不拡散・核軍縮アジア太平洋リーダーシップ・ネットワーク(APLN)は、10年前の設立以来、三つの包括的目標を掲げて核の脅威に取り組んできた。核拡散に断固として反対する必要性、核軍縮に向けた信頼できる措置を取ること、核リスクを高める地政学的緊張を緩和する重要性である。ウクライナでは、この三つ全てが作用している。

 一部の評論家は、キーウが1994年に核兵器を放棄してさえいなければ、2014年にクリミアを失うことはなく、先月のロシアによる侵略に苦しむことはなかっただろうと論じる。これはあまりにも単純で、誤っている。ウクライナの爆弾が成しえたであろうことは、ただでさえ非常に不安定な危機的状況に加え、さらなる極度の危険が上乗せされるだけだっただろう。

 その爆弾は、実際にはウクライナのものではなかった。韓国に配備されていた米国の爆弾がソウルのものでなかったのと同じである。それらはロシアの爆弾であり、たまたまウクライナに配備されていただけである。モスクワが完全な指揮統制権を持っていた。キーウは、発射認証コードにはアクセスできなかった。

 もちろん、いずれはウクライナの核技術者たちも技術的困難を克服し、これらの核兵器に対する運用制御能力を獲得することができたかもしれない。それでも、大きな法的、政治的困難に直面していただろう。核不拡散条約(NPT)は、合法的な核兵器国を5カ国しか認めていない。ウクライナはNPTの枠内で核兵器国として受け入れられることはなかっただろうし、ロシアは突如独立したウクライナに対して自国の核兵器を明け渡すことに抵抗しただろう。

 英国、中国、フランスを合わせたよりも多い4,000基を超える核兵器を保有する新たな核大国の誕生は、米国も容認しなかっただろう。事実上、ウクライナは世界から孤立した国家として存続するために悪戦苦闘しただろう。この地域の歴史はまったく異なるものとなっていたはずであり、したがって、2014年と2022年の出来事に関して抑止力を云々する主張は、信頼しうる反事実的な物語とはなりえないのである。

 とはいえ、ロシアの侵略は核兵器の最終的廃絶を推進しようとするすでに弱体化した努力にダメージを与え、また一部の国々の間に核拡散への関心を再び引き起こす可能性がある。ウクライナの緊迫する紛争地帯では、意図的に、あるいは誤情報や誤算によって不用意に、あるいは指導者が紛争エスカレーションのスパイラルによるストップのきかない理屈に囚われて、核兵器が使用されるリスクは現実のものとなっている。

 この危機は、安全保障上の懸念について非核兵器国を安心させることは何もないだろう。ウラジーミル・プーチン大統領は過去8年間、九つの核武装国の指導者の誰よりも、自国の核兵器が高度で殺傷力が高いことを何度も無責任に自慢し、脅しをかけてきた。2月27日、彼は極めて公然と、ロシアの核抑止戦力を「特別警戒態勢」に置いた。核兵器に関する言説を常態化するという点で、プーチンは多大な貢献を果たしている。

 プーチンの好戦的レトリックの歴史と、旧ソ連の元衛星国で冷戦終結後にNATOに加盟した多くの東欧諸国に根強く残る反ロシア感情を併せて考えると、これらの国々がロシアの侵略と冒険主義を抑止する仕掛けとして、自国内に核兵器を配備するよう米国に要求することもありうる。

 したがって、NATOがキーウをロシアの影響下から引き離し、軍事的足場をロシア国境付近まで拡大しようとしたことへのしっぺ返しのつもりでウクライナを侵略した結果、ロシアの玄関先、西側との国境に沿ってNATOの核兵器が配備されるというやぶへびな事態が起こりかねないのである。そうすれば、核の脅威はいっそう増大し、核不拡散、核軍縮にとっても、ロシア、欧州、世界の安全保障にとっても望ましくない。

 ロシアのレトリックと行動への厳しい批判だけでなく、そもそもこの危険にわれわれを巻き込んだ米国の尊大さにも批判が向けられるべきである。NATOは、1945年以降のソ連の軍事的優位性を相殺するために設立された。それは、制度と運用の両面から米国を欧州の安全保障構造に結び付けるものだった。

 冷戦終結時、最後のソ連指導者ミハイル・ゴルバチョフに対し、NATOは1インチも東方拡大しないという確約が何度もなされた。NATOが解散するか、あるいはソ連後のロシアを新たな欧州安全保障体制の内側に迎え入れるべきだったのだ。それをせず、当時支配的だった一極的世界において勝利主義に酔いしれたワシントンは、ロシアの懸念をはねつけ、その安全保障上の利益を無視し、新たな数カ国の加盟国を迎えてNATOを拡大し、ロシア国境へとさらに接近することを選択したのである。

 冷戦時代に功を奏した封じ込め政策の立案者であるジョージ・ケナンは、1998年、NATO拡大を承認する米国上院の決議は過ちであり、「新たな冷戦の始まり」を告げるものだと警告した。いずれロシアは反撃してくるだろうとケナンは警告し、恐るべき先見の明を示した。ロシアを友人にしてパートナーに変える千載一遇のチャンスを得ながら、西側はあからさまに侮蔑的な態度でそれを無にし、ロシアを冷戦の歴史的敗北という汚辱にまみれさせ、敵に回すことに成功したのである。

 プーチンは、次の教訓を肝に銘じると良いだろう。強者は、征服された弱者に対する寛容の精神をもって、勝ち誇る気持ちを抑えるのが賢明である。

 ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を努め、現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長を務める。近著に「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」 (ルートレッジ社、2022年)がある。