Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ラメッシュ・タクール  |  2023年07月07日

ワグネルの反乱: 戦略的敗北か欺瞞作戦か?

 ワグネルの反乱は、どうも話がおかしい。つじつまが合わないのだ。世界の目をくぎ付けにした非現実的な24時間については、ハルバート・ウルフが簡潔なまとめを提供している。しかし、パズルには欠けたピースがあり、まだわれわれはそれを手にしていない。そして今度は、ワグネルの代表がロシアのサンクトペテルブルクに戻っていることが判明した。

 古典的兵法書「孫子」において、孫子は次のように書いている。

全ての戦争は欺瞞に基づく。従って、攻撃が可能なときには不可能に思わせ、武力を行使するときは動きがないように見せ、敵の近くにいるときは遠くにいるように信じ込ませ、遠くにいるときは近くにいると信じ込ませなければならない。強いときは弱く見せかけ、弱いときは強く見せかけるべきだ。

 陳衛華(チェン・ウェイホア)は、チャイナ・デイリーEU支局長としてブリュッセルに在住する現代中国問題の解説者である。2023年6月16日付同紙の記事で彼が主張したことは、ほとんどの西側読者を驚かせた。彼は、昨年2月のウクライナ戦争勃発からわずか10日後にEUがロシア・トゥデイとスプートニク・ニュースを禁止したことに言及し、それ以降、欧州に住む4億5,000万人の人々が受け取る情報は、おおむねウクライナの視点から戦争を取り上げた内容に制限されていると書いた。それが、EUが支持する立場だからだ。またそれは、ロシアによる「誤情報」や「情報操作」をチェックするという名目で行われている。そのため、ロシアの戦死者数に関する情報は広まるが、ウクライナの戦死者数についてはほぼ完全に沈黙している。

 EU高官らも、ノルドストリーム2パイプラインの破壊工作に責任がある容疑者については、パイプラインがEUのエネルギー安全保障にとって極めて重要であるにもかかわらず、完全な沈黙を守っている。陳衛華は同記事で、欧州のシンクタンクのイベントやニュースチャンネルで、独立であるはずの解説者らが全く同じ見解を示すことについて、こう書いている。

EUにおける極めて残念なポリティカル・コレクトネス、すなわち情報操作や誤情報の拡散を反映したものだ。

一方、中国のニュースメディアは、双方の言い分を伝えるという点でより優れた仕事をしている。これは主に、中国が一方の味方をすることをよしとせず、ロシアともウクライナとも良好な関係を維持していることによる。

 そして彼は、「一部のEU高官らは、そのようなバランスの取れた報道を、彼らの情報操作または誤情報拡散の努力を台無しにするものと見ている」が、一方で、現実的に中国の見解のほうが他の多くのグローバルサウス諸国の見解により近いと、正しくも指摘している。

 では、旧態依然とした西側メディアで支配的なナラティブを検討しよう。西側メディアといっても、米国のメディアだけを指しているわけではない。準軍事組織の傭兵部隊ワグネルのリーダー、エフゲニー・V・プリゴジンがどうやって、ロシア軍の大きな抵抗に遭うこともなく電光石火のスピードでモスクワに進軍すると脅かすほどの武力反乱を起こすことができたのだろうか? 安定を維持し、安全を保証する能力にかかっている自らの権威に対する大打撃を、ウラジーミル・プーチン大統領はどうやって乗り切るというのか?

 かつての最有力紙ニューヨーク・タイムズに6月25日付で掲載されたアントン・トロカノフスキーによる分析記事は、「反乱が突き付ける問い: プーチンの権力失墜は起こり得るか?」と論じた。6月24日付ワシントン・ポストに執筆したシニアコラムニスト、デビッド・イグネイシャスは、「プーチンは土曜日に深淵を覗き、そして目をそらした」と結論付けた。英国と欧州の紙・電子メディアでも、同じテーマが延々と繰り返された。例えば退役したリチャード・ケンプ元大佐は、英国のテレグラフ(6月25日付)に「クーデター未遂」はプーチンの「弱さ」と「脆弱さ」を露呈したと書いた。

 しかし、このようなナラティブを構成する「ドラマティックな反プーチン・クーデターによるモスクワ進軍」、「ロシア軍の能力と体制への忠誠心に対する疑問符」、そして「プーチンの大敗北」という三つの要素は、いずれも疑わしいものだ。既知の結果からさかのぼって考えよう。

 実を言うと、プーチンはプリゴジンの要求に応じてなどいない。彼はプリゴジンを睨み倒し、勝ったのだ。

 ブラジルの地政学アナリストで、よく知られ、尊敬を集めるグローバルサウス出身のコラムニスト、ペペ・エスコバルは、クーデターが頓挫した時点ですでに、プーチンは軍隊、情報機関、治安当局、国民の支持を固めていたと指摘する。そのため、エスコバルは、この「クーデター」(記事では引用符付き、タイトル大文字)は「ロシアが西側にしかけた過去最大の釣りと判明するかもしれない」、そして「あらゆるマスキロフカ(欺瞞作戦)の根源」かもしれないと推測している。

 たった25,000人の傭兵部隊が全力のロシア軍に立ち向かうなど、本気で言っているのだろうか? 米国の元国防情報分析官、レベッカ・コフラーもニューズウィーク(6月29日付)に、いわゆるクーデターはプーチンが仕組んだもので、プリゴジンを追い出して自らの地位を強化するための偽旗作戦だと書いている。西側はまんまと引っ掛かったのだ。ロシアはいっそう強力になり、「プーチンはかつてないほど強くなっている」と、エスコバルは結論付ける。また、プーチンは決して忘れず、決して許さないことも知られている。だからプリゴジンは、上層階の窓のそばや傘を持った人物には近寄らないほうが賢明だろう。

 エスコバルの分析は、シーモア・ハーシュが取材した「米国インテリジェンス・コミュニティーの情報筋」による分析と一致する。エスコバルはまた、クーデターが1日も経たないうちに頓挫したこと、プリゴジンはベラルーシに逃亡し、彼の部隊の大部分がロシア軍に合流したこと(あるいは、元ボスとともにベラルーシに逃亡することも選択できる)、モスクワ進軍もプーチンの命の危険もなかったこと、そしてプーチンは「いまやはるかに強力な立場にある」ことを指摘している。しかし、1日で息絶えたクーデターは、大いに喧伝されたウクライナの夏の反転攻勢が、ウクライナ東部で要塞のように守りを固めたロシア軍に対して重大な前進を遂げられなかったことから注意をそらすのに役立った。

 誤解のないように言うと、筆者は、いわゆるクーデターに対するカウンター・ナラティブを支持しようとしているわけではない。単に、カウンター・ナラティブが存在し、それがもっともらしく聞こえると言いたいだけである。戦争の霧の中から真実を見分けることは、独立した観察者にとってほぼ不可能である。われわれにできる、そしてわれわれがなすべきことは、偏見を排して、さまざまな分析を読むことである。その意味で、またその限りにおいて、陳衛華が西側の主流メディアに許された狭隘な意見の回廊を批判するのは正しい。

 これはさらに、太平洋地域の西側同盟国にも影響を及ぼす。7月11日からリトアニアのビリニュスで開かれるNATO首脳会合に岸田文雄首相が出席するに先立ち、日本はNATOと新たなパートナーシップの合意を結び、NATOは東京に事務所を開設することになっている。韓国、オーストラリア、ニュージーランドも、いわゆる「グローバルパートナー」グループに入り、NATOとの協定を個別に締結するか、AUKUSのようなNATOにとって支点となり得る補足的協定を結ぼうとしている。

 ジョセフ・カミレリが言うように、アジア太平洋パートナー(AP4)(オーストラリア、ニュージーランド、日本、韓国)が、米国の優位性を守り、中国を封じ込めるためのNATOのグローバル化に加担しようと急ぐ背景にある前提について、議論し、異議を唱える必要があることは紛れもない。それが、インド太平洋の持続的平和を確保するために最善の方法だろうか? あらかじめ、台湾をめぐって戦争を起こさないよう米国を説得しそのような戦争に協力しないようオーストラリアを説得するために?

 ウクライナへの決定的勝利を狙うロシアの計画が失敗すれば、中国が台湾を攻撃して力づくで占領しようとするのを抑止できると西側は期待しているが、北京はむしろ逆に、ロシアの戦術的誤りから学び、ウクライナに膨大な軍事物資を供与している西側の軍事的消耗から利することができると判断するかもしれない。西側のリーダーたちは現実から目を背けているが、彼らがウクライナに武器を供与すればするほど、中国はますますロシアが敗北を回避するのを支援しようという気になる。二つの大きな前線で、西側が敵と対抗し続けるようにするためだ。直接の紛争当事者とその代理同盟国にとって戦争目的が進展し続ける中、戦争を太平洋に輸出するのを幇助し、扇動するのではなく、欧州内にとどめ、終わらせることに注意と外交努力を集中させるのが賢明であろう。

ラメッシュ・タクールは、元国連事務次長補。現在はオーストラリア国立大学名誉教授、戸田記念国際平和研究所の上級研究員およびオーストラリア国際問題研究所の研究員を務める。「The Nuclear Ban Treaty: A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」の編者。