Cooperative Security, Arms Control and Disarmament アミン・サイカル  |  2021年10月08日

危ぶまれるイラン核合意の行方

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 この記事は、The Strategistに初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

 イラン核合意(正式には包括的共同行動計画、JCPOAと呼ばれる)の再建をめぐるイラン・イスラム共和国と米国の外交的駆け引きは、ほとんど永遠に続くかのようである。互いに瀬戸際外交を展開し最大限の利益を手に入れようとしている。しかし、そのプロセスは、対照的な双方の利益のために、限界に達さざるを得ない。テヘランは米国の過酷な制裁を終わらせたいと考え、ワシントンは二つの敵対国、すなわち中国とロシアを抑止することにもっと集中したいと考えている。

 米国とイランの間接的協議は、ジョー・バイデン政権ができるだけ早期にテヘランと和解したいという明確な意志を表明したのを受け、4月に開始された。退陣が迫るイランの穏健派ハッサン・ローハニ政権は、2015年7月にJCPOAを締結した政権であり、両国間の深刻な相違にもかかわらず前向きに反応した。

 バイデンの前任者で反イラン的なドナルド・トランプは、2018年5月に核合意から米国を撤退させ、これまでになく厳しい制裁をイランに課した。ローハニ政権は、核合意でイランが約束したことのいくつかを撤回することによって報復した。より高度な遠心分離機を設置し、ウラン濃縮度をJCPOAで定めた3.67%から20%に引き上げ、少量については60%まで濃縮し、国連の核監視機関である国際原子力機関(IAEA)による核施設の査察を停止した。それでもなお2021年6月まで、ワシントンとテヘランは合意に達する可能性について楽観的に聞こえていた。しかし以降、それ以上の交渉はなされていない。

 その理由として、何よりも二つの要因が考えられる。第1は、イラン大統領がローハニからエブラヒム・ライシに交代し、8月初めのライシ大統領就任までテヘランは交渉を控えたことである。ローハニとは対照的に、ライシは、イラン・イスラム政治勢力の強硬派出身である。彼は、最高指導者アヤトラ・アリ・ハメネイと同様に米国に不信感を抱いている一方、EUが仲介する核協議の再開には前向きである。協議参加国のフランスとドイツ(それに加え、他のJCPOA参加国である英国、ロシア、中国)は、国際安全保障を確保する重要な手段として核合意再建の実現を強く望んできた。

 9月初め、ライシが新たに任命したイラン原子力庁長官であり、米国で教育を受けたエンジニアでイラン軍事産業につながりを持つモハンマド・エスラミと、IAEAのラファエル・グロッシ事務局長が、協力を強化することを決定した。エスラミは、IAEAの査察官がイランの核施設を監視するために「識別された装置を整備し、記録媒体を交換すること」を認めることに合意した。ようやくといったところである。しかしIAEAは最近、一つの極めて重要な施設で査察官が任務遂行を認められなかったと訴えた。遠心分離機の部品を製造するTESA社のカラジ工場である。それが米国や欧州の参加国の批判を招いた。

 しかし、交渉再開の日程は設定されていない。米国と欧州諸国は、テヘランによる先延ばしに懸念を表明しており、イラン政府が核計画は平和目的のためであると主張し続けているものの、核兵器級の高濃縮ウランを製造するために時間稼ぎをしているのではないかと疑っている。ワシントンは、交渉による解決の扉はいつまでも開いているわけではないと述べている。

 第2の要因は、交渉の当初から、双方とも相手の根本的な要求に関して妥協できないという点である。ワシントンは、制裁解除の条件としてテヘランがJCPOAでの約束全てを復活させることを要求しており、テヘランは、最終合意に向けて踏み出す前提条件として全ての制裁解除を要求している。米国が核合意から撤退して以来、先に行動して信頼を構築するかどうかはバイデン政権次第であるとイランは主張している。このような対照的な見解が、行き詰まりの大きな原因となっている。

 二つの要因はいまや、アフガニスタンにおける米国と同盟国の敗北と、2021年末までにイラク駐留の米軍部隊を完全撤退させるというワシントンの決定を背景に展開している。テヘランは、米軍が中東からいなくなってこの上なく喜んでいるだろう。先月(9月)国連総会での演説で、ライシは、米国はアフガニスタンから撤退したのではなく追い出されたのだと明言した。ライシ政権は、このことに加えイランが中国およびロシアと構築している米国と対抗する緊密な戦略的関係にも勇気づけられ、核問題をめぐるいっそう強硬な交渉を仕掛けてきている。

 現在、二つの重要な疑問がある。ワシントンは、JCPOAに関する合意に達するために一部の中核的な制裁の解除を選のか、あるいは、テヘランが高濃縮ウランの製造を継続するにまかせるのか? そしてワシントンは、いかなる状況でもイランの核武装は容認しないと明言しているイスラエルがイランに攻撃をしかけ、中東に戦火を広げるのを抑制することができるだろうか? 今後が注目される。

アミン・サイカルは、シンガポールの南洋理工大学ラジャラトナム国際学院で客員教授を務めている。著書に“Modern Afghanistan: A History of Struggle and Survival” (2012)、共著に“Islam Beyond Borders: The Umma in World Politics” (2019)、“The Spectre of Afghanistan: The Securityof Central Asia” (2021) がある。