Climate Change and Conflict ロバート・ミゾ | 2023年07月13日
熱波を乗り切る: 気候変動による猛暑にさらされるインド
6月末、インド北部ではいつものようにモンスーンの雨が降り始めた。3月から焼けつくような暑さに苦しめられてきた同地は、この雨でほっとひと息つくことができた。2023年にインド北部一帯を襲った熱波による死者は100人以上にも上り、危険にさらされた住民の多くが医療の助けを求めたことから、世界中で大きく報道された。また、北東部のアッサム州など一部の地方では大雨による洪水も発生した。熱波と洪水の合間に、インド西海岸では6月にサイクロン「ビパルジョイ」が上陸し、その結果、樹木、作物、電柱が根こそぎ倒され、人命が奪われた。これらの極端な気象現象は、インドが気候変動の影響にさらされ、それに耐えていることを証明している。
インド北部では、4月から8月までの夏季に当然ながら気温も湿度も高くなる。その間は「ルー」と呼ばれる熱風がよく発生し、その後、湿度が上昇する。しかし、2023年は熱波が通常よりも早く、3月3日までにインド北部に到来した。インド気象庁(IMD)の報告によると、国土の60%以上で通常より高い気温を記録した。IMDの報告ではさらに、4月3日までにインドの11の州と連邦直轄領で熱波が発生した。インドでは、ある地方で熱波が発生したと宣言される基準は最高気温の観測値で、平野部では40⁰C以上、沿岸部では37⁰C以上、山岳部では30⁰C以上である。通常の気温との乖離は4.5⁰C以上なければならない。ウッタル・プラデシュ州、ビハール州、デリーの一部では、2023年3月から5月までの間に気温が47⁰Cにまで達した。インド北部では熱波は昔からあったが、現在の特異で懸念の種となっている問題は、猛暑期の早い到来とその長期化である。
熱波は人命を奪う。IMDの記録によれば、インドでは2003年から2022年までの間に、熱波にさらされたことが原因で約10,000人が死亡した。IMDはまた、2003~12年と2013~22年の間に熱波による死亡者数が34%増加したとも報告している。これらの数字は、実際の数より少なく見積もられている可能性が高い。2023年だけでも、国内のいくつかの地方で熱波による数百人の死者が報告されている。6月19日時点で、インド北部のウッタル・プラデシュ州バリア地区で少なくとも68人が死亡したと報告されており、隣のビハール州では45人の死亡が報告された。4月にはマハラシュトラ州でも熱中症で10人以上が死亡し、猛暑関連のストレスで多くの人が入院した。熱波関連の死者数の報告は政治問題の様相を帯び、一部のケースでは騒動を引き起こしている。例えばウッタル・プラデシュ州バイア地区では、死亡が熱波に関連するものであると宣言した医務官が、恐らく州当局の面子を保つために叱責され、異動させられた。気候変動の他の影響と同様、熱波によって最も影響を受けるのは、居住条件も労働条件も劣悪な、社会で最も脆弱な人々である。
人的被害が増大するだけでなく、熱波は他にも間接的、非人的影響をもたらす。熱波が健康問題や死亡を引き起こさない場合でさえ、人々の日々の営み、特に低所得層の人々に影響する。日雇い労働者や農業者は、熱波のもとで労働するという非常に大きなリスクに直面し、生産性や労働能力に影響が及ぶ。「ランセット」の調査によれば、2021年に暑さへの曝露により失われたインド人の労働時間は1,672億時間に及ぶ可能性がある。さらに、暑さは既存のインフラにも負荷をかける。インド農村地帯の多くの学校はトタン屋根の建物で、猛暑期には熱気がこもるため、授業はほとんど行えなくなる。熱波の影響には、ジェンダー格差があることも分かっている。インドの貧困地帯の女性たちは、生産性の低下に直面し、それが収入の減少をもたらし、それがさらに社会経済的脆弱性を高める。仕事をしていないため、ほとんどの女性は、窮屈な居住条件のために危険な屋内の熱気の中に閉じ込められるという困難に直面する。また、インド、パキスタン、ネパールの世帯を対象としたある調査では、年間平均気温が1⁰C上昇するごとに親密なパートナーによる暴力(IPV)が4.5%増加するとされている。
熱波の間、農業部門は極端なストレスにさらされ、灌漑用水の需要が増え、ただでさえ不足している水資源にさらなる負荷がかかる。また、熱波によって作物の収穫量が減り、病害虫の発生率が高まり、土壌劣化が起こることも知られている。インドは、雇用と食料安全保障が農業に大きく依存しているため、熱波には極めて脆弱である。冷房需要の増大は電力システムの障害を引き起こし、多大な生産性損失と多くの人の不快な状況をもたらしている。
熱波は、インドの今後の気候において繰り返し発生する現象になると予想される。ただし、その深刻さについてはさまざまな推定がある。ケンブリッジ大学による最近の研究では、国土の90%以上が熱波に対して脆弱であり、生計手段の喪失、作物収穫量の減少、生物媒介性疾患の増加、都市の持続可能性への課題などに見舞われると予想される。しかし、科学技術庁が算定したインドの国家気候脆弱性指数(CVI)では、気候影響に対して脆弱なのは国土の20%のみと推定されている。このような過小評価は手法上の問題によるもので、CVIでは、極端な暑さ(または暑さ指数)による身体的リスク因子が考慮されていない。予測や脆弱性評価がどうであれ、近年熱波がより頻繁になり、より長期化し、より極端になっているという事実に変わりはない。
政府は、この問題に対応するためにいくつかの措置を講じている。国家災害管理庁(NDMA)は、州政府や他の関係者がそれぞれの熱波対応計画を立案するのを支援するため、熱波管理に関する国家ガイドラインを策定した。インドの保健・家庭福祉省は、2023年に国内の多くの地域で気温が上昇したのを受け、全ての州と連邦直轄領に向けた熱波に伴う保健勧告を発令した。同様に、国立疾病管理センターは熱波管理準備体制、早期警報制度、制度的介入に関する豊富な政策資源を有している。それ以上に重要なことに、政府は、州、県、市の行政当局に向けた、熱波への準備、熱波に関連する災害への対応、熱波後の対応を行うためのさまざまな施策からなるヒートアクションプラン(HAP)を発足させた。これは、正しい方向の望ましい一歩だが、デリーに本拠を置く独立シンクタンク、政策研究センターによる最近の評価によると、計画には多くの欠点がある。この評価では、ほとんどのHAPが実情に即したものではなく、資金が不足しており、法的裏付けが弱く、脆弱な人々を特定できていないことが明らかになった。
インドは、今後さらに厳しい熱波に直面すると予想されていることから、全ての開発政策や貧困緩和政策の主流にヒートアクションプランを組み込む必要がある。貧困層に雇用、教育、食料安全保障が必要であるのと全く同じように、熱波(他の気候災害も同様)からの安全に対する彼らの権利が認識されなければならない。政府は、科学界からの批判的評価に耳を傾け、それらを猛暑危機に対して有効に生かせるよう政策をアップグレードしなければならない。長期にわたって熱波に対処するためには、適応技術と適応能力の強化を目的とする気候資金を増強する必要がある。インドは福祉国家として、冷却エネルギー、きれいな飲用水や衛生用水、十分な住まいといった便宜を全ての人に、特に気候変動や気温上昇の観点から確保するという重大な責任と課題を抱えている。
一方、国民は指導者に対し、熱波のような気候影響から国民の安全を確保するよう責任を課す必要があり、そのためには気候変動教育が不可欠である。それにより、気候変動を国家的な政治課題に押し上げることができる。同時に政府は、今なお自然の力に間近にさらされて生活している何百万人もの人々の安全と安心のため、熱波という課題を過小評価するのをやめ、それにふさわしい第一義的重要性を与えなければならない。
ロバート・ミゾは、デリー大学カマラ・ネルー・カレッジの政治学および国際関係学助教授である。デリー大学政治学科より気候変動政策研究で博士号を取得した。研究関心分野は、気候変動と安全保障、気候変動政治学、環境安全保障、国際環境政治学などである。上記テーマについて、国内外の論壇で出版および発表を行っている。