Climate Change and Conflict パトリック・ナン/ロズリン・クマール  |  2024年03月19日

太平洋諸島民は古来より、大地、空、波から知恵を得てきた

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 この記事は、2024年3月13日に「The Conversation」に初出掲載され、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下で再掲載されたものです。

太平洋諸島民は古来より、大地、空、波から知恵を得てきた。その知恵には科学的裏付けがあることが、研究により示されている。

 2023年のある日の午後、われわれはフィジーの村の集会所で住民たちと一緒に座り、熱帯サイクロンを予測する伝統的な方法について話し合っていた。1人の男性が、「マヌマヌニカギ」と呼ばれる翼の黒いコグンカンドリのことを口にした。熱帯サイクロンが沖で形成されているときのみ、陸地の上を滑空するという。会話が続く中で、住民たちは少なくとも11種類の鳥の名前と、差し迫った天候の変化を告げる奇妙な行動を教えてくれた。

 その晩遅くに辞去する際、1人の老人がわれわれをそばに呼んだ。彼は、われわれが彼らの知見を真剣に受け止めたことを喜んでおり、年配の太平洋諸島民の多くは冷笑されることを恐れて伝統的知識について語ろうとしないと言った。

 これは、気候変動への適応とその暮らし方に与える脅威について、科学的観点からの理解が支配的であることを反映している。われわれの新たな研究は、そのような態度を改めるべきであることを示唆している。

 われわれは、気候変動に対処するための太平洋の伝統的知識に関するエビデンスを再検討し、それらの知識の多くが科学的に妥当と思われることが分かった。つまり、これらの伝統的知識は今後、太平洋諸島のコミュニティーを維持していくうえで重要な役割を果たすべきだということである。

 われわれの研究は、長年にわたり伝統的知識への研究関心を抱いている他の研究者26名との共同執筆であり、そのほとんどは太平洋諸島出身者である。

 太平洋諸島には3,000年またはそれより前から人が住み、気候が生活や生存にもたらす多くの困難を経験してきた。彼らがうまく対処できたのは、運ではなく、意図的なもの、長年にわたってさまざまな人間集団が編み出してきた伝統的知識の堅牢な体系によるものである。

 太平洋の島の生活に脅威を与える気候関連の短期的影響の最たるものは熱帯サイクロンであり、それは農作物に損害を与え、淡水を汚染し、インフラを破壊する恐れがある。また、南西太平洋でエルニーニョ現象が発生している期間によく見られる長期的な干ばつも、広範囲にわたる被害をもたらす

 太平洋の伝統的知識は、自然現象の原因と発現を説明し、最善の対処方法を明らかにする。それは一般的に、口頭で世代から世代へと伝えられる。

 本稿では、動物、植物、水、空に関連するそのような知識を紹介したうえで、それらの知見がいかに科学的な道理にかなっているかを示す。

 ただし、伝統的知識は、それ自体が本質的な価値を持つことに留意することが重要である。それらを検証するために科学的説明が必要ということではない。

 フィジーのドルアドルア島の住民は、波が砕ける様子を読み解いて、熱帯サイクロンが来る1カ月も前からそれを予測している。バヌアツのトレス諸島では、潮の状態を説明する13通りの表現が存在しており、その中にはまれな事象の先触れとなる異常も含まれている。

 これらの観察は、科学的にも道理にかなっている。遠方の嵐は、風雨が到来するかなり前に沿岸部に打ち付ける波のうねりをもたらし、通常の波のパターンを変える可能性がある。

 サモアでは、伝統的な言い伝えの中で10種類の風が認識されている。東から吹く風<マター・ウポル(matā ‘upolu)>は大雨、ひょっとすると熱帯サイクロンの差し迫った到来を告げる。南風<トゥアー・オロア(tuā'oloa)>は、最も恐れられている。南風は、その死への欲求が満たされたときに初めて止むといわれている。

 太平洋諸島の多くのコミュニティーでは、雲のないダークブルーの空は熱帯サイクロン到来の前兆と考えられている。その他の前兆には、通常、雲の急速な動きや「短い虹」の出現などがある。

 これらの知見は、科学によって裏付けられている。虹は時に、遠くのにわか雨によって「短くされ」たり、部分的にぼんやりしたりする。そして、西洋科学では、雲や風の変化がサイクロンの発達の前兆となり得ることが昔から認識されていた

 バヌアツでは、月の周りの光輪(ハロー)は雨が近いことを示している。この知見もやはり、科学的に正しい。西洋科学では、上層の薄い巻雲は付近に嵐があることを示している。氷の結晶を含んだ雲を通して月の光が透けることにより、ハロー効果が生まれる。

 先に述べた通り、鳥たちは天候の変化の前触れになると太平洋各地でいわれている。

 トンガでは、グンカンドリが陸上を飛ぶ(海鳥としては異例の行動)のは、熱帯サイクロンが発達していることを示唆する。この伝統的知識は、トンガ気象局のロゴに採用されている。フィジーバヌアツ北部でも、鳥の行動が同じように解釈される。

 この知見は、科学的にもつじつまが合う。例えば北米のある研究では、キンバネアメリカムシクイがインフラサウンド(超低周波音)の変化を検知することによってトルネードを回避することが示された。別の研究(太平洋のグンカンドリに関するデータはこの研究によるもの)では、海鳥が、恐らく風の強さや方向を感知することによってサイクロンを迂回していると思われることが分かった。

 太平洋諸島の昆虫の行動に関する伝統的知識も、雨季の天候を予測するために用いられる。

 ハナバチ、ワスプ、スズメバチは、通常木の枝に巣を作る。巣が地面に近い場所に作られると、きたる雨季は、恐らく熱帯サイクロンが増えることによって雨量が通常より多くなるだろうと、太平洋諸島民は知ることができる。このタイプの巣作りを見ると、住民は、食料の貯蔵といった適切な準備を行うことができる。

 昆虫の行動から天候の変化を予測できることが、研究により示唆されている。例えば、フランス領ギニアに巣作りするワスプに関する研究では、より保護された場所に素早く巣を移す能力が、雨量の多い時期を生き延びるために役立っていると思われることが分かった。

 太平洋の各地で、一部の植物挙動に雨が近いことを示す共通の兆候が見られる。例えばプランテンの中心の芽が真っ直ぐではなく、著しく湾曲する。

 これは、極端な気象から生殖器を守るために植物の葉が閉じるという過程によって、科学的に説明することができる。

 植民地化によって西洋の世界観が世界中に強要されて以来、伝統的な知識は脇へ追いやられてしまった。これは太平洋諸島にもいえることで、一部の場所では伝統的な知識がほとんど忘れ去られた

 しかし、西洋の知識にも伝統的な知識にも、それぞれの長所と短所がある。例えば科学に基づく知識は一般的なもので、それを現実的にローカル規模で適用できないこともしばしばある。

 気候変動の影響が悪化するなか、島の人々にとって最適の計画は、両方のアプローチを組み合わせたものであるべきだ。そのためには、オープンマインドな姿勢と多様な知識の源を尊重する心が必要となる。

パトリック・D・ナンは、サンシャイン・コースト大学(オーストラリア)の法社会学部地理学の教授。

ロズリン・クマールは、サンシャイン・コースト大学の地理社会学の非常勤研究員。