Peace and Security in Northeast Asia 文正仁(ムン・ジョンイン) | 2022年02月15日
国家安全保障政策が基盤とすべきひとつのこと:事実
Image: Shutterstock (Yavyav)
この記事は、2022年2月7日に「ハンギョレ」に初出掲載されたものです。
文在寅(ムン・ジェイン)の北朝鮮政策に関する尹錫悦(ユン・ソンニョル)の主張にはファクトチェックが必要
近年、韓国でも他の国でも、客観的真実と世論の境界が曖昧になっており、主観的な憶測が事実よりも幅をきかせているようだ。例えば米国では、気候否定論、反ワクチン運動、不正選挙の主張といった陰謀論は、司法判断、政府や信頼性の高い研究機関による発表よりも大きな政治的影響を及ぼしている。このような傾向は、政策に関する健全な議論を妨げ、合理的な政策策定を困難にする。
この現象は、韓国で目下行われている大統領選挙戦の政治論争が必然的に激化するなかで、いっそう顕著になりつつある。その一例が、「国民の力」党の大統領候補である尹錫悦が1月24日に発表した外交政策および国家安全保障に関する綱領である。
尹の綱領自体を批判する必要はない。選挙戦の綱領というものは常に、候補者の主観的な意思表明である。しかし、尹の綱領を補強する「事実」については、議論の余地がある。例えば、朝鮮半島の和平プロセスは民主党政権の下で「完全なる失敗」に終わったとか、韓国の「3軸」からなる国防計画は「実質をはぎ取られた」とか、大韓民国(ROK)と米国の同盟は過去5年間で「崩壊した」といった前提である。ここにはファクトチェックが必要である。
文在寅大統領の朝鮮半島和平プロセスが意図した結果を実現できなかったことは間違いない。理由はどうあれ、朝鮮半島の平和体制と非核化を達成するという目標は実現されなかった。開城の南北連絡事務所が爆破され、海洋水産部職員が海上で射殺され、1月だけでも7回のミサイル発射実験を北朝鮮が実施したことは、文の取り組みの大きな汚点である。
しかし、和平プロセスを本当に「完全なる失敗」と切り捨ててよいのだろうか? 北朝鮮は、文政権以前の2010年から2017年までに27回の侵入、237回の局地的挑発を行っている。しかし、2020年の監視所銃撃事件を除けば、2018年9月19日に韓国と北朝鮮が包括的軍事分野合意書に調印して以来、侵入や非武装地帯での局地的挑発は発生していない。つまり、この合意は南北の決定的な亀裂を意味するような武力衝突や死亡事件を、管理または防止するために役立っていると言える。
また、3軸システムが実質をはぎ取られたという尹の批判にも反論したい。2017年の北朝鮮の好戦的行動の後、文政権は北朝鮮の核兵器とミサイルの脅威に対抗するために積極的な措置を講じた。文は総額8兆2800億ウォンを投じ、「天弓(チョングン)2」ミサイル、長距離地対空ミサイル(L-SAM)、長距離砲を調達するとともに、パトリオットのバッテリーをアップグレードし、3軸システムの重要な構成要素である韓国の迎撃能力、すなわちミサイル防衛力の向上を図った。
韓国はまた、「攻撃的防衛力」の重要な要素である戦略打撃戦力を大幅に拡充した。国防予算では、F-35Aステルス戦闘機、艦対地弾道ミサイルおよび艦対地巡航ミサイルの「玄武(ヒュンム)2」および「玄武3」、空対地誘導ミサイル「タウルス」、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を調達するために18兆1100億ウォンが配分された。
また、文政権は、韓国の監視・偵察能力を大幅に向上させた。4兆4700億ウォンを投じて、軍事スパイ衛星と高高度無人偵察機「グローバルホーク」を調達するとともに、信号情報(SIGINT)収集機「白頭(ペクトゥ)」の能力強化を行った。文政権が核兵器やミサイルに対する防衛のために30兆8600億ウォンを投資し、米国と緊密に協力を行っているにもかかわらず、尹は何の証拠があって3軸システムは実質がないと断言しているのだろうか?
韓国と米国の同盟についても、同様の指摘ができるだろう。北朝鮮の核問題に対処するために必要な一連の措置や中国に対抗するための協力の程度については、両国間に意見の不一致が見られる部分もある。しかし、そのような微妙な問題について主権国家の間にまったく相違がないというのは、普通の関係とは言えないだろう。それに対して、昨年5月の首脳会談で韓米同盟の基本枠組みが軍事同盟から技術・経済分野も含んだ包括的同盟へと格上げされたことは否定しようもない。
尹は、韓米同盟の防衛準備態勢を過小評価し、両国が訓練や演習を行っていないと主張している。しかし、2018年下半期の乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン演習を取りやめた(その頃、平壌で南北首脳会談が行われた)のを除けば、この5年間で韓米合同演習または訓練が中止されたことは一度もない。むしろ、平昌冬季オリンピックが開催された2018年でさえ、4月まで延期されたものの「フォールイーグル」演習は続行された。
確かに、一時期に集中して実施されていた戦場機動演習が規模を縮小し、年間を通して分散実施されるようになったが、それはドナルド・トランプ元米大統領の一方的決定であり、その後もそれが続いたのはコロナ禍のためである。以上を考えると、同盟が崩壊したと主張することが本当に可能だろうか?
むしろ、文が退任前に多国籍軍の戦時作戦統制権(OPCON)を得ることを目指していることを考えれば、文政権が合同軍事演習または訓練を積極的に拒絶する理由はない。どちらかといえば、文政権は米国との関係にこだわるあまり、北朝鮮との合意を履行しにくくなっていると私は考える。
政治の風は激しく吹き荒れており、最大野党の大統領候補が与党を批判するのは何もおかしなことではない。
しかし、批判は、客観的な事実と統治に対する最低限の責任感に基づくべきである。現実の極端な歪曲は、北朝鮮を判断ミスに追い込み、国内政治をさらに二極化させるだけでなく、誰が大統領選に勝利しようとも、合理的な政策決定を妨げる足かせとなる。
解釈は異なってもよいが、事実は事実である。それを認識することが、堅固な国家安全保障の真の始まりである。
文正仁(ムン・ジョンイン)は、世宗研究所理事長。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。