Peace and Security in Northeast Asia 文正仁(ムン・ジョンイン)  |  2021年08月04日

朝鮮半島の平和を目指す文在寅の行き詰った旅路

Image: Roman Harak/Flickr

この記事は、2021年7月28日に「The Diplomat」に初出掲載されたものです。

文在寅(ムン・ジェイン)大統領の「朝鮮半島平和イニシアチブ」は、功罪相半ばする結果と困難な課題に直面しているが、これより良い選択肢は存在しない。

 文在寅大統領は、2017年5月に就任した後、核兵器のない、平和で繁栄した朝鮮半島の実現を目指す、野心的な「朝鮮半島平和イニシアチブ」(KPI)に着手した。KPIは、三つの原則に導かれていた。第1は、平和と断固たる戦争反対(先制攻撃か予防攻撃かを問わず)の最重要性である。文にとって、統一でさえも、まず平和を確保しないことにはありえないことである。彼の第2の原則は、「核反対」の強い姿勢である。韓国は核武装した北朝鮮と平和的に共存できないという信念に基づいて、彼は、朝鮮半島の非核化と平和体制を並行して追求することに重点を置いてきた。第3の原則は、北朝鮮の「体制転換なし」である。これについて文は、実行可能でもなく、望ましくもないと考えている。

 これらの原則に従って、文は、平和維持、平和創出、平和構築、積極的な外交という四つの戦略を採用している。平和維持戦略とは、軍事抑止力と韓米同盟により戦争勃発を防ぐ努力を指す。2017年の軍事緊張の高まりを経験し、平和維持が彼のイニシアチブの中核的要素となった。また、文は、短期的には南北朝鮮間の軍事的緊張緩和と信頼醸成、長期的には終戦宣言と関係国間の和平協定の締結による休戦協定から永続的な平和体制への転換という、二つの要素からなる平和創出戦略も追求した。平和構築戦略は、北朝鮮との経済交流と協力を通して平和を促進することであり、彼はそれを「平和経済」(ピョンファ・キョンジェ)と呼ぶ。鉄道建設、エネルギー網、そして、開城工業団地や金剛山観光地区の再開を含む全般的な経済協力を通して、朝鮮半島経済共同体を形成することに重点が置かれている。最後に、文は、南北対話と米朝対話を促進するとともに、中国、日本、ロシアとの密接な協議や協力を模索することにより、積極的な外交を追求してきた。

 KPIは、功罪相半ばする結果をもたらした。2017年は北朝鮮の6回目の核実験と一連の弾道ミサイル発射実験に端を発した極めて危機的な1年であったが、それが2018年には2回の南北首脳会談とシンガポールでの史上初の米朝首脳会談に象徴される和平の希望に満ちた1年となったのは、KPIあってこそである。北朝鮮は核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験を停止し、緊張緩和と信頼醸成に関する軍事協定に従った。文と北朝鮮の指導者である金正恩(キム・ジョンウン)は、2018年4月27日に板門店で会談し、「朝鮮半島にもはや戦争は起こらず、新たな平和の時代が開かれた」と世界に向かって宣言した。実際、平和が間近に感じられ、長引いた朝鮮戦争に終結が訪れることへの期待が広がり、KPIは大成功の印象を強めた。

 しかし、楽観的なムードは長続きしなかった。2019年2月28日にハノイで開催されたドナルド・トランプ大統領と金正恩委員長の首脳会談が妥協点を見いだせずに終わって以降、朝鮮半島の全体的状況は悪化に転じた。ピョンヤンは引きこもり状態となった。北朝鮮指導者の妹で、南北間の関係回復に重要な役割を果たした金与正(キム・ヨジュン)は、2020年6月4日の声明で南北間の関係断絶を宣言するとともに、一連の敵対的行動を予告した。その後、ピョンヤンはソウルとの全ての通信連絡線を遮断し、さらには2020年6月16日、南北協力の象徴となってきた開城の南北共同連絡事務所を破壊した。米朝関係も行き詰った。ピョンヤンはそれ以降、ワシントンによる対話の呼びかけをかたくなに拒絶している。朝鮮半島の現在の概観は、コミュニケーションが停止し、非核化をめぐる話し合いの手がかりもなく、和平はおぼつかず、KPIにとって重大な打撃を与えている。

 何がいけなかったのか? 終戦宣言と平和体制に向けた進捗を中心に据えた文の平和創出戦略は、非核化交渉の行き詰まりの犠牲となった。ワシントンの北朝鮮に対する最大限の圧力キャンペーンと制裁は、南北交流・協力に関する合意を実施しようとするソウルの試みをも阻み、彼の平和構築努力を台無しにした。ピョンヤンは、南北合意の実施におけるソウルの意図、意志、自律性を疑い始め、やがて失望と怒りを深めたのである。

 KPI自体の矛盾も問題となった。2017年、北朝鮮の強引な軍事行動に対して文政権も同様の姿勢で反応し、ミサイル防衛能力と韓米同盟を強化した。ソウルは、F35ステルス戦闘機、高高度無人偵察機「グローバルホーク」、その他の先進兵器を取得しただけでなく、韓米合同軍事演習も続行した。そのような行動は、平和創出と平和構築という必須事項と真っ向から矛盾するものであり、ピョンヤンからの批判を招いた。

 ワシントンの姿勢も、現在の行き詰まりの原因となっている。北朝鮮との3回にわたる首脳会談にもかかわらず、トランプ政権は最大圧力キャンペーンをやわらげるどころか強化し、その結果、ピョンヤンは善行の見返りに罰を受けているように感じることとなった。現在のバイデン政権は、調整の取れた実際的かつ漸進的なアプローチによって、北朝鮮との関係を外交的に打開するという希望を表明している。また、バイデンは、5月21日の韓国大統領との首脳会談において、板門店宣言とシンガポール共同声明を尊重するとともに、南北間の関与、対話、協力を支援すると約束することによって、自らの誠意を示した。さらにはその機会をとらえて、米国の北朝鮮担当特使をサプライズで発表さえした。しかし、北朝鮮はこれらの動きに反応を見せなかった。その理由として、交流を行うだけの具体的なインセンティブがなかったからということが最も考えられる。

 最後に、北朝鮮の国内事情が韓国や米国との交流を妨げている可能性がある。北朝鮮は現在、新型コロナ、食料不足、長引く制裁による経済悪化といった厳しい国内課題に直面している。国外の問題にかかわる余裕などないはずだ。これは、ピョンヤンの行動から推測することができる。北朝鮮は、2020年9月と2021年5月には韓国との対話に前向きなシグナルを発信していたが、コロナ禍に対する懸念からこれらの動きが中断された。これは、韓国側の積極的外交に根本的な限界があることを示している。

 しかし、こういった困難な課題にもかかわらず、平和イニシアチブは正しい選択肢であるといえる。なぜなら、ほかに実行可能な選択肢がないからである。制裁と最大圧力は北朝鮮の行動に変化を強いるうえで効果が限定的であったが、軍事行動は韓国人にとって考えられないことである。北朝鮮の核をめぐる泥沼を交渉によって解決すること、そして平和創出と平和構築は、常識と歴史意識に基づく現代の必須事項である。

 朝鮮戦争の休戦協定調印68周年となる2021年7月27日、朗報が訪れた。北朝鮮と韓国が全ての通信連絡線を復旧させ、信頼と和解を促進することを誓ったのである。コロナ禍の状況や韓米合同軍事演習が8月に予定されていることから判断すると、まだ不確実な部分はある。しかし、これを南北関係改善の好機とするべきである。北朝鮮は、国内問題の先に目を向け、一方的な要求を脇に置いて、妥協点を模索するべきである。新型コロナのリスクはあるとしても、北朝鮮は、思い切って韓国や米国ともっと積極的に関与するべきである。また、ワシントンも、より柔軟で実際的な姿勢と具体的なインセンティブを示す必要がある。北朝鮮は、単純なレトリックにだまされはしない。文政権は、任期が残り8カ月しかないことに加え、9月に選挙運動が始まる大統領選という政治日程もあって、構造的な制約がある。それでも文政権は、状況を好転させるために、より創造的な外交を模索するべきである。

 レフ・トルストイの言葉を言い換えるなら、現実世界に平和は存在せず、その蜃気楼が地平線上に浮かぶだけかもしれない。しかし、われわれはそれを大切にし、いずれはそれを本物の平和に変えなければならない。

文正仁(ムン・ジョンイン)は、世宗研究所理事長。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。