Global Challenges to Democracy ハルバート・ウルフ  |  2024年04月22日

問題は中国だよ!―― 西側がインドに言い寄るのはなぜか

Image: PM Modi with Australian, US and Japanese leaders in 2022 - YashSD/shutterstock.com

 インドが投票する。約10億人の有権者を擁する世界最大の民主主義国家で、国民議会(下院)の総選挙が4月19日から6月1日にかけて実施される。ナレンドラ・モディ首相が3期目となる5年間の任期を獲得する見込みで、彼が率いるインド人民党(BJP)が圧倒的多数で勝利することは間違いない。米国、EU、ドイツ、日本、オーストラリア、その他多くの西側諸国は、インド政府に言い寄り、可能な限り緊密な政治的・経済的関係を築くためにインドのパートナーシップを勝ち取ろうと競っている。

 昨今の世界情勢において、インドは西側にとって好ましいパートナーとなるには格好の立場にある。民主主義の価値観を共有することによって、志を同じくする仲間意識が生じ得るからだ。しかし、政治的には、インドは岐路に立たされている。インドの世俗的社会や多文化民主主義は、もはや憲法の定めほど安定的ではない。インドの民主主義は、モディ政権期に大きく損なわれており、モディと彼が率いるBJPがそれを組織的に弱体化させてきた。2020年にはすでに、英紙「ガーディアン」が、インドの「公的機関、すなわち、裁判所、メディアの大部分、捜査機関、選挙管理委員会などは、モディの政策に同調するよう圧力をかけられている」と書いている。他のいわゆる“非自由主義的”民主主義国家と同様、インド政府は歴史教科書の文言を自分たちの考えに合わせて変えている。大学であれ学校であれ、印刷メディアであれ、オンラインメディアであれ、政府の信条に賛同しない者は、片隅に追いやられている。

 モディ首相は、ヒンドゥートヴァ(Hindutva)政策を追求している。それは、ヒンドゥー・ルネサンス、すなわち、非ヒンドゥー教徒を差別する均質的なヒンドゥー教社会の創出である。ヒンドゥートヴァという概念は、1923年に提唱され、今やBJPによって積極的に宣伝されているナショナリストのイデオロギーである。このようなアイデンティティー政治の概念によれば、インドはヒンドゥー教国家ということになっている。インドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル外相の言葉によれば、「国内政策および外交政策において、インドは自国の文明の力を反映させることを望んでいる。だからこそ、インドの名称は今日では、サンスクリットでインドを表す“バーラト(Bharat)”なのである。このようなイデオロギーは、ガンジーやネルーが掲げる、リベラルで世俗的、そして多文化的なインドという理想主義的な考え方とは正反対のものだ。

 ヒンドゥートヴァは、現実に影響を及ぼしている。例えば2019年、議会は新たな市民権(国籍)法である市民権改正法を可決した。この法律は、2014年までにパキスタン、バングラデシュ、アフガニスタンから入国した難民に対し、インドへの受け入れを認め、国籍を与える早道である。同法は、アジアにおける全ての宗教の信者に適用されるが、イスラム教は対象外である。その結果、イスラム教徒は自動的に、かつ公然と国籍を剥奪されることになった。おそらくインドで最も有名な現代作家であるアルンダティ・ロイは、この法律について「1935年のニュルンベルク法の一種」と述べた。ニュルンベルク法は、ナチスによってドイツで制定され、「血統証明書」の提出を義務付けるものだった。

 批判者らはインドにおける民主主義の死を懸念しているが、モディは2018年の世界経済フォーラム(ダボス会議)で、インドの民主主義は不確実な世界における“安定の力”であると主張した。2023年の世界における報道の自由度ランキングでインドは、ロシアやトルコのような国と並んで底辺レベルの161位となった。国境なき記者団によれば、インドにおける報道の状況は「問題あり」から「非常に深刻」に変化した。年次調査によって民主主義と独裁主義における傾向を測定しているフリーダム・ハウスは、10年間で最も自由度が低下した国のグループにインドをリストアップした。それによりインドのカテゴリーは、「自由」から「部分的に自由」に格下げされた。

 反対勢力は組織的に抑圧されており、特にイスラム教徒が多数を占めるカシミールでは、5年前から州政府がデリーの管轄下に置かれている。デモ隊は、デリーの見解ではテロリストとされ、軍によって残忍な取り締まりを受けている。ニューデリーの政府は、報道を検閲し、インターネットや電話の接続を何週間も遮断した。2019年には何千人もの野党政治家やジャーナリストが投獄され、その多くは現在も収監されている。

 数十年にわたって政権を担い、ネルー王朝によりファミリービジネスのように運営されてきた野党・国民会議派は、隅に追いやられている。その大きな理由は、現状に甘んじ、非常に腐敗したやり方で権力にしがみついてきたからである。20を超える政党から成り、国民会議派が主導する今日の野党連合が、今回の選挙で勝利する見込みがあるかは疑問である。多くのインド人は、自らを行動の人として演出し、貧しいチャイ売りから首相へと立身出世を遂げたモディを選択肢とみなしている。

 モディ政権の10年間でインド経済は急成長を遂げ、インド政府は、世界の政治で重要な役割を果たしていることを自意識強めに主張している。インドは今や、世界第5位の経済大国であり、年7%にものぼる高い成長率を誇る。だからこそ、インドは、パートナーとして西側の関心を特に引いているのである。モディは常に西側のパートナーを安心させるすべを心得ており、「インドにはいかなる差別も絶対に存在しない」と請け合っている。1年前に訪米した際は、批判的な質問に対して自信たっぷりに回答した。「民主主義は、われわれの精神である。民主主義は、われわれの血管を流れている。われわれは民主主義を生きている」。

 モディのワシントン訪問中、バラク・オバマ元米大統領が、なぜ米国はモディのような独裁者の政策に対してもっと批判的にならないのかと尋ねられたとき、彼は「問題は複雑だ」と言い、米国の大統領が考慮に入れるべき金融、地政学、安全保障上の利益について言及した。言い換えれば、民主主義的価値がどうであれ、問題は中国なのであり、 アジアで中国に対抗する勢力として、インドは不可欠なようだ。

 しかし、インドは、単にロシアや中国に対抗する仲間として西側に取り込まれるつもりはない。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻の後、米国とEUは、インドが対ロシア制裁に加わらないと知って驚愕した。インド軍は、数十年にわたって主にソ連とロシアから兵器を調達しており、引き続きロシアとの協力に依存している。制裁発動後にロシアの輸出が困難になったため、インドはロシアから原油を安く買うようになった。

 モディ政権は多角的な同盟政策を追求しており、それはインドの伝統的な非同盟政策と調和する。インドのシンクタンク、オブザーバーリサーチ財団の代表サミール・サランは、今日の世界は自己利益によって形成されていると主張し、「国家間の有限責任パートナーシップ」を口にする。一方では、中国への対抗勢力を西側とともに形成することはインドにとって大きな利益となる。なぜなら、インドと中国の間には領土紛争が依然として存在しており、インド洋における中国の活動は長年にわたりインド政府にとって苛立ちの種となっているからだ。それと同時に、インドはグローバル・サウスの代表格になりたいと考えており、それは2023年9月にニューデリーで開催されたG20サミットでも明らかになった。このような多角的同盟政策の概念があるからこそ、デリーは調停者の役割を果たし、ある時は米国やEUと連携して行動し、別の場面ではロシアやグローバル・サウスの側につくことができるのである。それは政治的な綱渡りであるが、それによってインドは調停役を果たすと同時に、自国の世界における役割を強化することも可能になるのである。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際紛争研究センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF: Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会メンバーである。