Peace and Security in Northeast Asia 文正仁(ムン・ジョンイン)  |  2022年11月07日

米国との経済安全保障同盟は韓国にとって最善の利益か?

Image: Ekaterina_MinaevaShutterstock

 この記事は、2022年11月4日に「ハンギョレ」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

懸念があるにもかかわらず、韓国政府と企業部門は基本的に米国を「全面受け入れ」している。

 尹錫悦(ユン・ソンニョル)韓国大統領の外交政策は、韓米同盟の強化を中心にしている。同盟再編の主軸となっている原則は、拡大抑止の強化、より高頻度かつ高強度の合同軍事演習、朝鮮半島に米国の戦略資産を常時配備することに重点を置いた軍事同盟、安定したサプライチェーンの確保と先端技術における協力を基盤とする経済安全保障同盟、そして、自由、人権、民主主義を広めることを目指す価値同盟である。

 軍事同盟と価値同盟については、韓国では過去にも保守政権が提唱したことがあるが、経済安全保障同盟はかなり目新しい概念である。しかし、われわれは、点滅する赤信号に警戒するべきである。

 韓国政府は、米国との経済安全保障同盟を強化しようと懸命になっている。韓国は、インド太平洋経済枠組みの発足段階から参加した国のひとつであり、また、半導体分野では「チップ4」イニシアチブなどの協力体制も展開している。韓国は、米国との経済安全保障協力にいっそう力を入れており、それはサプライチェーンだけでなく先端技術や防衛産業などにも及んでいる。

 民間部門での協力は、それよりはるかに顕著である。ジョー・バイデン米大統領が5月末に訪韓した際の「セールス外交」や、米国との経済安全保障同盟を重視する尹政権の姿勢に背中を押され、サムスン電子は、今後20年間に250兆ウォン(約26兆円)を投じてテキサス州に11の半導体工場を建設することを発表した。

 それだけではない。ヒュンダイ自動車も、6兆3,000億ウォン(約6,600億円)を投じてジョージア州に電気自動車とバッテリーを製造する工場を建設する計画を発表した。SKグループの崔泰源(チェ・テウォン)会長は、7月26日にバイデン大統領とビデオチャットを行い、半導体、バイオテクノロジー、グリーンエネルギー分野における29兆ウォン相当(約3兆円)の投資計画を明らかにした。また、LGグループは、ホンダとの合弁会社によりオハイオ州に新たなバッテリー工場を建設する計画を決めている。

 韓国政府や企業部門のこのような動きは、一定の批判にさらされている。主な懸念は、これほど多くの韓国の資本と技術力を米国に移転することにより、韓国のハイテク産業が空洞化する恐れがあるというものだ。こういった懸念があるにもかかわらず、韓国政府と企業部門は基本的に米国を「全面受け入れ」している。

 しかし、その後の展開は実に厄介なことになっている。ヒュンダイは近頃、米国のインフレ削減法に振り回される羽目になった。同法の下では、北米以外の地域で生産された電気自動車、あるいは中国などの「懸念される外国」から供給された主要鉱物やバッテリーを使用した電気自動車を購入する消費者は、国による手厚い助成措置の対象から除外される。

 半導体部門では、輸出入規制などによって中国を封じ込めようとする米国の措置により、韓国企業は思わぬ巻き添え被害をこうむっている。韓国の半導体産業は、輸出全体の60%、原材料輸入の60%を中国と香港に依存しており、米国のこのような措置は必然的に大打撃となる。

 米国はサムスン電子とSKハイニックスに対し、ケースバイケースの許可申請を認めてはいるが、それでもなお不確実性はぬぐえない。さらに、米国の急激な金利引き上げは韓国経済の基盤を揺るがしているが、韓国は、ウォン・ドル相場を安定させる為替スワップ協定に関する米連邦準備制度理事会との議論において、何の成果も得られていないようだ。

 問題は、米国の対応が一時的な現象ではないということだ。経済部門における「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」の発想がトランプ政権の置き土産というだけに留まらず、米国の対外経済政策の基本原理となっているという事実に目を向ける必要がある。それはバイデン政権だけでなく、今後の政権についても同様である。

 バイデン政権が10月12日に発表した「国家安全保障戦略」報告書を見てみよう。報告書では、中国との競争で優位に立つための産業政策や、労働者と中小企業を保護するための「公正」な貿易が強調されているが、「自由」貿易は報告書の末尾で形式的に触れられているのみである。

 また、シカゴ国際問題評議会(Chicago Council on Global Affairs)が近頃発表した米国の外交政策の優先順位に関する世論調査の結果も精査するべきである。最優先課題は依然として米国本土の物理的防衛(30%)であるが、国際貿易における米国の経済的利益の確保(20%)が民主主義の価値観の普及(15%)や潜在的侵略国の抑制(9%)より優先順位が高いと見なされていた。

 こういったすべてのことは、米国の主流の考え方が保護主義に傾いていることを示唆している。それは、米国の国内政治情勢における大きな変化である。

 最近ワシントンで行われた会議で、ピーターソン国際経済研究所のマーカス・ノーランド副所長は、今や米国議会で自由貿易を擁護する政治連合を見いだすことは容易ではないと私に語った。労働者の利益を擁護し、グローバリズムと自由貿易に反対する勢力が支持を獲得しつつあると、彼は嘆いた。

 米国が保護主義に向かって突き進む一方で、韓国は開放的な通商政策を維持していることを考えると、両国間で経済安全保障同盟を結ぶことは、本当に互恵の協定たりえるのだろうか?

 韓国政府は、軍事同盟と価値同盟を維持するために喜んで経済的損失に耐えるということか?そのような損失に対し、国内の政治勢力からはどのような反応が出るだろうか?

 1980年代後半、米国が韓国に通商開放を迫って圧力をかけた結果、激しい反米感情を引き起こしたことを思い出す。つまり、米国との経済安全保障同盟は、韓国にとって必ずしもありがたいものではないということだ。これは、尹政権が真剣に検討するべき問題である。

文正仁(ムン・ジョンイン)は、韓国・延世大学名誉教授。文在寅前大統領の統一・外交・国家安全保障問題特別顧問を務めた(2017~2021年)。 核不拡散・軍縮のためのアジア太平洋リーダーシップネットワーク(APLN)副会長、英文季刊誌「グローバル・アジア」編集長も務める。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。